
ガザ停戦、人道状況は改善するか

パレスチナ自治区ガザ地区で停戦が発効し、長らく崩壊の瀬戸際に立たされていた人道支援活動の進展が1つの焦点となっている。同地区の人道状況の経緯と現状をまとめた。

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パレスチナ自治区ガザ地区は今、全域が廃墟と化している。病院は燃料や医薬品を断たれ、住民は家や避難所を繰り返し追い立てられてきた。恒久的な戦闘終結に向けた停戦交渉は長らく暗礁に乗り上げていたが、10月に事態が急転。ガザを2007年から実効統治する武装勢力ハマスとイスラエルの間で、停戦と人質解放に関する合意が成立した。外交交渉での予期せぬ飛躍的前進を受け、双方の合意履行に注目が集まっている。
危機のきっかけは、2023年10月7日のハマスによるイスラエル攻撃だ。イスラエル当局によると、ハマスは音楽祭会場などを急襲し、1195人を殺害、200人余りを人質としてガザに連れ去った。それから2年を経ても48人が解放されず、上記の合意成立時点で生存者は20人とみられていた。
イスラエルは襲撃への報復としてガザへの軍事行動を開始した。ハマスの軍事・統治能力の破壊と人質解放、自国領へのさらなる攻撃の阻止が狙いとしている。
これ以降の武力衝突では、ガザ紛争史上最も多くの死者と最も壊滅的な被害が出ている。ハマス傘下のガザ保健省によると、2023年10月以降のパレスチナ人の死者は6万7000人を超えた。
イスラエルはこの間、自らの行動は国際法に準拠し、自衛権の行使にあたると一貫して主張してきた。
在ジュネーブ国連機関は侵攻開始から間もなく、ガザに深刻な食料欠乏が迫っており、餓死が広まる恐れがあると警告した。国際援助団体は、イスラエルが病院や人道支援従事者、助けを求める民間人への攻撃を繰り返していると非難。支援物資の搬入を妨げないよう訴え続けている。
ジュネーブを拠点とする主要組織と活動内容
南アフリカは2023年12月、ガザにおけるイスラエルの行為をジェノサイド(集団殺害)とする訴えを国際司法裁判所(ICJ)に起こした。
また、国連のパレスチナ被占領地域に関する独立国際調査委員会は9月16日、イスラエルがガザ地区のパレスチナ人にジェノサイドを行ったと結論付けた。
イスラエルはジェノサイドを否定する一方、外国人記者がガザに入って実情を伝えることや、事実を調べることを禁止。その結果、代わりに人道支援従事者や地元記者らがこの役割を担っている。
記者会見する国連調査委員会のナヴィ・ピレイ委員長
食料不安から食料欠乏へ
早期警報
今回の紛争で家を追われたパレスチナ人は、2023年12月までに190万人外部リンクに上った。国連世界食糧計画(WFP)が当時実施した食料安全保障状況の評価によると、過去30日間に10日以上、空腹を感じながら就寝した避難世帯は全体の半数を占め、11月の停戦時の3分の1から急増していた。
援助の遮断
イスラエルはこの紛争が始まってから2回、ガザに向かう支援物資を全面的に遮断した。1回目はハマスによる攻撃直後の数週間、2回目は2025年3月上旬から5月19日までだった。
世界食糧計画外部リンクと国連食糧農業機関(FAO)の推計によると、ガザ住民が最低限のカロリーを得るには月6万〜6万2000トン前後の食料が必要だ。しかし、スイスインフォがイスラエル政府の統計外部リンクに基づき月次の食料搬入量を分析したところ、紛争開始から2025年9月までの24カ月間のうち、この基準を超えたのは13カ月だけだった。
食料価格の上昇と農地の荒廃
ガザ地区は他の紛争地と異なり、住民が食料を育てることが実質的に不可能だ。地区内の農地のうち、実際に耕作できる土地は1.5%にとどまる。紛争が始まってから主食の価格は上昇している。
国連による援助体制の崩壊
国連は2025年初めまでガザでの人道活動を主導し、食品、医薬品、水、避難所を大規模に提供する支援体制の基盤となっていた。具体的には、国連人道問題調整事務所(OCHA)が調整役となり、国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)が物資配送の大半を担ったほか、世界保健機関(WHO)や国連食糧計画、国連児童基金(ユニセフ)が追加的な支援を提供した。
しかし、この体制は2025年3月に崩壊した。イスラエルがガザへの物資搬入を全面的に差し止め、国連の外国人職員のガザ入りを禁止したためだ。その後、米・イスラエルが後ろ盾となった「ガザ人道財団(GHF)」などの代替ルートに限って搬入が再開されている。
UNRWAの活動停止
UNRWAは国連主導の体制の中心として学校、診療所、避難所の運営や食料配給を担い、170万人余りを支えていたが、イスラエルは1月下旬、同機関にハマスの要員が紛れ込んでいるとして活動を禁止した。同機関はこの主張について、根拠を欠き、具体的証拠もないと否定している。
これにより、他の機関が代わりに活動を拡大する必要が生じ、新たなアクターが台頭する余地ができた。
ガザ人道財団
ガザ人道財団は米デラウエア州で2月に登記された組織で、人道支援物資の配送を引き継ぐことを役目としている。5月に正式に始動したものの、発足当初から物議を醸してきた。
例えば、同財団は2月にジュネーブ支部を開設し、国際組織としての体面を整えたが、法的要件を満たさないとしてスイス当局が7月2日に解散させている。
同財団は5月末、軍が管理する食料配給所4カ所の運営を始めた。複数の人道団体によると、過去の停戦時に行われた国連調整下の人道支援では物資配給拠点が約400カ所設けられたが、新体制ではこれが激減。国連統計によると、その影響は飢餓の急増として顕在化している。
配給所が「死の罠」に
国連当局者や非政府組織(NGO)、パレスチナ人団体は、ガザ人道財団は救援活動を政治的に、さらには兵器として利用し、支援対象者の尊厳を奪っていると非難している。UNRWAのフィリップ・ラザリーニ事務局長は6月、食料を受け取りに行った住民らがイスラエル軍の銃撃で多数死傷する事件が相次いだことを受け、同財団の配給所は「死の罠」だと発言した。また、ガザで活動する医師らは、配給所周辺で死傷者が出ていることにいち早く警鐘を鳴らしていた。
国境なき医師団(MSF)がガザ南部で運営する医療施設2カ所は6月7日〜7月24日、ガザ人道財団の配給所から負傷者1380人を受け入れた。このうち174人が銃で撃たれ、28人がすでに死亡していた。国境なき医師団は現在の配給体制を「仕組まれた殺害外部リンク」と呼び、この死傷者数は実態のごく一部にすぎないと強調している。
ほかにも、ガザ南部ハンユニスの配給所では7月16日に雑踏事故が発生し、パレスチナ人20人が死亡した。ガザ人道財団は、事故の責任はハマスにあると主張。同財団の活動をおとしめようとするハマスの行動パターンの一部だと説明した。

食料不足が最悪のレベルに
国際機関21組織が共同運用する「総合的食料安全保障レベル分類(IPC)」の評価委員会は8月22日、ガザの食料状況は5段階中最低の「惨事/食料欠乏(Catastrophe/Famine)」外部リンクに該当すると報告外部リンクした。一方、イスラエルはこの評価を拒絶し、報告書の取り下げを要求している。
世界保健機関によると、ガザでは年初から9月末までに子ども108人を含む411人が栄養不良に関連して死亡した。
必需品の供給は依然不足
イスラエル国防省傘下の占領地政府活動調整官組織(COGAT)によると、ガザに搬入される食料・燃料は3〜5月の全面差し止めが解除された直後もごく少量にとどまっていたが、8月に増加した。9月にも、伸びは弱まったものの増加が続いている。
しかし、搬入量が足りない支援物資は依然多く、需要の大きい避難所設備の不足は著しい。また、料理用の液化石油ガス(LPG)の搬入量は年初からほぼゼロで、給水は8月にようやく再開したものの少量にとどまっている。
病院への攻撃
ガザでは2023年10月の侵攻開始以降、病院が標的となっている。国境なき医師団のパレスチナミッションを率いるレオ・カンス氏は同年、エルサレムに駐在し、ガザ地区での活動を所管していた。カンス氏によると、同地区の医療は従来、イスラエルが課す制限や条件によって逼迫しながらも「活動はできた」という。
しかし、紛争開始後は病院も攻撃対象となり数百人が死亡。イスラエルは病院とハマスのつながりを主張しているが、死者の90%を患者と職員が占めている。
ガザでは医療施設の3分の1近くが破壊され、残る施設も本来の機能を維持できていない。
ナセル病院はガザ南部で唯一、部分的に機能を維持していたが、8月25日に再びイスラエルの攻撃を受け、記者5人を含む少なくとも20人が死亡した。

物資搬入と事実の記録
人道支援従事者がガザに入って活動することには、厳しい制約がある。国連人道問題調整事務所によると、支援団体が活動できる領域はガザ全体の約12%にとどまる。
支援機関は2つの使命を果たそうとやりくりを続けている。1つは、できる限り多くの場所に支援物資を届けること。もう1つは、国連の専門家らがジェノサイドと非難し、国内外の報道機関のほとんどが現場から伝えられない人道危機を記録することだ。
立ち入りと物資配送を阻む壁
今のガザで人道活動に従事するというのは、支援を届けるべき住民が繰り返し移動を強いられるなか、命を脅かされ、気が滅入るような困難を強いられながら物資の調達・配送のかじを取るということだ。
支援活動はごく一部しか成功しない。イスラエルは3月18日にガザを急襲し、ハマスとの停戦を破棄して以降、実施が申請された支援の39%しか承認せず、34%を却下してきた。
ガザへの立ち入りに限って言えば、8月に状況が改善したことは明らかだ。
しかし、支援の17%は実行段階に入ってから障害に直面する。イスラエル当局が実施を認めても、現場で移動を止められたり、待たされたりした結果、中止せざるを得ないことがあるからだ。
実際、人道団体は調達・配送や運営、保安といった問題が原因で支援実施申請の10%を取り下げている。
人道的義務と犠牲
この紛争では、ガザに住むパレスチナ人や、ガザ住民を助けようとする人道支援従事者の強靭さだけでなく、人道法の意義そのものが試されている。
国際人道法の規定では、女性と子どもをはじめとする民間人や、傷病者、捕虜、人道支援・医療従事者、記者は敵対行為に直接加わっていない限り保護される。しかし、ガザではこれが守られていない。
国連人道問題調整事務所が引用したガザ保健当局の統計によると、この紛争でパレスチナ人6万7000人余りが死亡し、その半数近くを女性と子どもが占めている。
支援従事者・記者の死亡は最多を更新
ガザでの人道支援活動は極度のリスクにさらされ、2025年にガザで死亡した関係者はすでに2024年を上回っている。
国際人道支援の従事者もガザの状況を西側諸国に伝えることに貢献しているが、現地の出来事を記録するにはパレスチナ人記者の働きが欠かせない。
国際非営利組織(NPO)のジャーナリスト保護委員会(CPJ)によると、紛争開始以降にイスラエルの攻撃で死亡したパレスチナ人記者・メディア職員は少なくとも197人に上る。他の団体が発表する死者数はさらに多く、国境なき記者団は220人、パレスチナ記者連合(PSJ)は250人としている。
2024年の記者・メディア職員の死者数は82人に上り、1992年の記録開始以降で最も多かった。
光明は見えているか
イスラエルは9月15日、ガザ地区の最大都市ガザ市への地上侵攻を始め、要所に戦車と兵士を送り込んだ。
パレスチナ人数十万人が北部から南部に避難する一方、市内にとどまった住民らは爆撃と食料、水、医薬品の不足に直面。支援団体は大規模な強制移住や死傷者の増加、人道危機のさらなる深刻化を警告している。
外交的圧力の高まり
イスラエルがガザ市への攻撃を続ける中、停戦を求める国際的圧力は一段と高まった。国連総会は9月12日、イスラエルとパレスチナの歴史的対立について、双方が主権国家として共存する「2国家解決」を支持するニューヨーク宣言を採択した。採決では142カ国が賛成し、反対は10カ国、棄権は43カ国にとどまった。
2国家解決では、おおむね1967年の第三次中東戦争前の境界線に基づき、ヨルダン川西岸とガザの両地区をパレスチナ国家、東エルサレムをその首都とすることが想定されている。
ニューヨーク宣言はイスラエルの隣に「存続可能」なパレスチナ主権国家を設立することを呼びかけ、即時停戦や人質開放、ハマスの武装解除、人道危機の終結を求めている。
また、英国、カナダ、オーストラリア、ポルトガル、フランス、ベルギー、ルクセンブルク、マルタ、アンドラ、モナコは9月、パレスチナを国家として承認。パレスチナを国家承認する国連加盟国は全体の8割超、約160カ国となった。日本は承認していない。
イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相は、パレスチナへの国家承認は「テロリズムに対する非常識なほうび」を与える行為だと批判。パレスチナ国家樹立は絶対に認めないと断言した。
廃墟と化したガザ
2国家解決をめぐっては、ガザが廃墟と化し、イスラエルがヨルダン川西岸で入植地を拡大している以上、「存続可能」なパレスチナ国家が実現する可能性は低いというのが多くの専門家の見方だ。
国連衛星センター(UNOSAT)によると、ガザでは全建物の80%近い約19万3000棟近くが損壊している。他の国連統計では、地区内の住宅43万6000棟(全体の92%)外部リンク、道路約3500km(同77%)外部リンク、学校の90%余りが破壊されるか損傷を受けている。
また、ガザの上下水・衛生施設の約70%はイスラエル軍の支配区域にあり、大半は民間人の立ち入りが禁じられている。
2023年10月以降のガザ紛争が生み出した瓦礫の量は、甚大な破壊が生じた近年の武力衝突での合計量を上回っている。
状況打開の可能性
米国のドナルド・トランプ大統領は10月9日、双方が段階的な停戦と人質解放で合意したと発表した。停戦は10日から実行されており、13日には生存している人質20人が解放された。また、合意にはガザへの円滑な支援物資搬入を認めることも盛り込まれている。
アントニオ・グテレス国連事務総長は「国連は合意の完全な履行を支援するとともに、持続的かつ人道支援の基本原則に沿った物資配送を拡大する。ガザにおける復旧・再建の取り組みを前進させる」と述べた。
グテレス氏は全ての当事者に対し「占領を終結させ、パレスチナの人々の自決権を認め、イスラエルとパレスチナの住人が平和かつ安全に暮らすことを可能とする2国家解決の達成に向けて前進するため、この重大な好機を捉え、信頼に足る政治的道筋を確立する」ことを呼びかけた。
編集: Nerys Avery、Virginie Mangin、英語からの翻訳:高取芳彦、校正:宇田薫

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