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エネルギーも地産地消 太陽光から水素を作り続ける「人工の木」

パラボラ型の鏡
連邦工科大学ローザンヌ校(EPFL)に設置された試作機は1日当たり約500グラムのグリーン水素を生産できる © Lionel Caloz 2022

未来のエネルギー、グリーン水素のコストと輸送の問題を一気に解決し、普及を加速させるかもしれない高効率ソーラー水素システムを、スイスのスタートアップが開発した。来年2月に国内企業で実証実験を開始するが、水素への転換を模索する他国の企業も関心を寄せている。

スイス連邦工科大学ローザンヌ校(EPFL)のキャンパスに、直径7メートルのパラボラ鏡が空に向けて設置されている。人目を引くこの物体は電波望遠鏡のようにも見えるが、集めているのは宇宙からの電波ではなく太陽光だ。その太陽光を使って、装置内の反応器で水から水素と酸素を作っている。

EPFLの再生可能エネルギー科学工学研究所のソフィア・ハウッセナー准教授は、同ソーラー水素(太陽光を利用した水素製造)システム全体の実証実験はこれが初めてだと話す。実験室の装置とは異なり、実証実験用のシステムには水素の持続的な生産に必要な機能が全て搭載されている。

水素は燃焼しても二酸化炭素(CO2)を出さない上、再生可能エネルギーを貯蔵する電池にもなり得る。解決すべき課題は、地下資源の天然水素の場合は、採算が取れる採掘・利用法を見つけることであり、合成水素の場合は、再生可能エネルギーから十分な量の水素を現実的なコストで生産できる方法を開発することだ。11月30日〜12月12日にドバイで開かれている気候変動枠組み条約第28回締結国会議(COP28)でも、水素は主要テーマの1つになっている。このシリーズでは、水素の可能性と限界、未来のグリーン燃料の探求における科学・産業界の役割について探る。

システム名は「アルブ(Arb)(ラテン語で「木」の意)」。太陽光から水素を作る「人工の木」だ。その基幹技術の特許権はEPFL発のスタートアップ「ソーハイテック(SoHHytec)」が有する。同技術により、未来のエネルギーと期待されるグリーン水素の普及のネックとなっている問題のうち①高額な製造コストと②輸送の難しさを解決できるという。

アルブの利点は、水素を利用する場所の近くで安価に製造できることだ。現在世界で生産されている水素の96%はメタンや石炭などの化石燃料由来の原料外部リンクから作られるグレー水素だが、アルブの技術を使えば、グレー水素と同程度の低コストでクリーンな水素を生産できる。

ソーハイテックは、同技術で300万フラン(約5億700万円)を超える資金を調達した。主な出資元は、再生可能な水素で二酸化炭素(CO2)排出量の削減を目指す金属・鉱業、エネルギー、ロジスティクス(物流管理)分野の民間企業だ。そして10年間に及ぶ研究開発を経て「人工の木」で本格的に水素を製造する準備が整った。

「人工の木」が水素を作る仕組み

アルブは、パラボラ鏡で反射させた太陽光を、焦点位置に設置した反応器外部リンクに集める。反応器の中は光電気化学セル(PEC)と呼ばれる装置であり、集積した太陽光を利用した光電気化学反応で水分子(H2O)を水素分子(H2)と酸素分子(O2)に分解する。この化学反応の過程は、木や植物が行う光合成の仕組みと似ている。

水素生成の反応器
パラボラ鏡の焦点位置に設置された反応器。ここに太陽光を集め、集積した太陽光を利用した光電気化学反応で水を分解し水素を作る SoHHytec

アルブはパラボラ面が常に太陽に向くように回転し、太陽光を最大限に集める(下の動画を参照)。外部電源に接続すれば、曇天や夜間でも水素を製造できる。

同システムの特徴は、熱と、反応過程で発生する酸素を回収できる点だ。熱は建物の暖房や産業用機器の加熱に使える。酸素は廃棄物と思われがちだが、病院で呼吸不全の患者の治療などに利用できる。

通常のグリーン水素は、太陽光や水力で発電したエネルギーを使った水の電気分解で製造する。この従来方式と比べ、太陽光をそのまま化学反応に利用するアルブの水素製造法は効率が高く、熱や酸素も含む、太陽光から抽出する全てのエネルギーを考慮すると、太陽光からのエネルギー変換効率は8割近いとソーハイテックは主張する。

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1日で車1台分

アルブで製造した水素はそのまま利用できる。ソーハイテックの共同設立者のサウラブ・テンブルネ氏によれば、アルブの水素は純度99%以上で、かつ反応器内で圧縮されているため、すぐに利用可能だ。試作機の1日当たりの水素製造量は約500グラム。電気自動車が約70キロメートル走行できるエネルギーに相当する。

光化学反応を利用したグリーン水素製造法は数十年前から存在する。だがコストや輸送などの様々な問題が実用化への壁となっていた。グリーン水素について15年以上研究を続けているカナン・アカー助教(オランダ・トゥエンテ大学、化学工学)はswissinfo.chに対し、アルブ方式は持続可能なエネルギーの問題解決に向けた大きな足がかりとなるとし、「現地で生産可能なため、長距離輸送が要らなくなり、便利で将来的に性能を広げやすくなる」とメールで回答した。

アルブの耐久年数はおよそ20年と見積もられている。水素の生産量を増やすには、パラボラ面の直径を長くするか、「人工の木」の本数を増やせばよい(以下の動画を参照)。

国内外の企業に売り込み

アルブの最初の導入実験は来年2月、スイス南西部ヴォー州エーグルにある鉄鋼企業ツヴァーレン&マイヤーで開始される。同社の金属加工工場の横に、直径9メートルのパラボラ鏡を持つ「人工の木」を5本設置し、いわばアルブの小さな「森」を作る。1本当たりのパワーは約20メガワット。同社のクリスチャン・シャルパン副社長によると、このアルブ5本で同社の水素需要の約2割を賄えると見込まれ、熱は給湯に、酸素は地域の病院に提供するという。

ソーハイテックは同技術の輸出にも取り組む。例えば米カリフォルニア州にアルブ1000本を設置したパークを建設する計画がある。これで年間2400トンの水素を製造できる。1日当たりの走行距離500キロメートルのトラック150台分の燃料に相当し、大型輸送へのグリーン燃料供給が可能となる。

テンブルネ氏は、集積した太陽光のみを利用する同社の技術を導入すれば、米国でのグリーン水素価格は、メタンから作るグレー水素外部リンクと同程度の1キロ当たり2.5ドル(約370円)まで下がるとみている(スイスのグリーン水素の価格は現在、同13〜23フラン)。ツヴァーレン&マイヤーはアルブが製造する酸素も購入する予定だが、酸素を買いたい病院が近隣にあれば、水素のコストを更に下げられる。

ソーハイテックはインドの協力企業とも話し合いを進めている。例えば、トラックや列車のディーゼルを水素利用に置き換えたい化学メーカーや運輸業などの企業が関心を示しているという。

導入に適した条件

この種の技術が成功するかどうかは導入条件次第だと、アカー氏は指摘する。例えば、ソーラー水素システムの効率と実現可能性は、地理的・気候的条件によって大きく左右されるとし、「太陽放射照度の高い地域ほど、より多くの恩恵を受けるが、日照が不安定な地域ではうまく機能しない可能性がある」とコメントした。

アルブシステムの導入には、既存の工業インフラを適合させる必要がある。従って、企業側は、設備投資に係る費用を考慮し、計画を慎重に検討すべきだとアカー氏は言う。

今のところソーハイテックは産業部門への導入に注力する。関心ある企業は同社インフラに投資したり、水素を定額で購入する長期契約を結んだりできる。

一方、住宅への導入も将来的には可能かもしれない。現時点では住宅地での水素利用はまだ珍しく、自治体による規制も厳しい。だがテンブルネ氏は「戸建用の小型のパラボラ鏡を裏庭に設置し、家庭で使うエネルギーと熱を生産する未来は想像できる」と思い描いた。

編集:Sabrina Weiss、英語からの翻訳:佐藤寛子

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