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気候変動の脅威 崩れゆくアルプスの岩が落とす影

カンデルシュテーク上方の「シュピッツァー・シュタイン」と呼ばれるとがった巨大岩の一帯。ここから落石が発生するのは珍しいことではない。だが専門家は不安定化が加速していると警告。一因は永久凍土の融解だという Office for Forests and Natural Hazards, Canton of Bern

国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)の狙いは、参加国がより野心的な気候変動対策に取り組むのを確実にすることだ。だが、もはや手遅れのケースもある。ベルナーオーバーラント地方に位置する人気のアルペンリゾート、カンデルシュテーク。この村の暮らしは、シュピッツァー・シュタイン(ドイツ語でとんがった石、という意味)と呼ばれる巨大岩の一帯が崩落する脅威にさらされている。

このコンテンツは 2021/10/31 07:00

エメラルドブルーに輝く山間湖の中央で、2人の観光客がボート漕ぎに苦戦している。湖畔からロビンさんが叫ぶ。「押すんじゃなくて、引くんだ」

ロビンさんは若手の貸しボート屋だ。ふっと微笑み、たばこを深く吸い込んだ。毎年、何千もの人々がカンデルシュテークの上に広がる山々と、この壮麗なエッシネン湖を訪れる。だが、今日は静かな秋の朝だ。ボートを借りる人、冷たい湖で軽く泳ごうという人は少ない。

カンデルシュテークの上に位置するエッシネン湖で貸しボート屋を営むロビンさん swissinfo.ch

早朝の陽光が、雄大に広がる3千メートル級の山々の峰を照りつける。突然、パンッパパパパーンと爆竹のような音が湖に響き渡る。離れた山の斜面から巻き上がる土煙を観光客らが目を細めて不安そうに見つめる。

ロビンさんは「あれはシュピッツァー・シュタインからの落石だ。今のは小さい岩がいくつか落ちてきただけだが、上司の話では、昨夜午前2時頃にとても大きな落石があったそうだ」と語る。

岩が崩れ落ちてエッシネン湖に衝突したら、貸しボート業がだめになってしまうかもしれない。しかしロビンさんは、その点はさほど心配していない。気がかりなのはカンデルシュテークの村だ。シュピッツァー・シュタインの崩落で起こりうる地滑りや泥流、洪水の想定経路の途中に、この村があるからだ。

カンデルシュテークとシュピッツァー・シュタインのグーグルアースのアニメーション映像(30秒)

トブラローネのような形をしたシュピッツァー・シュタイン(標高2974メートル)には災害の脅威が潜む。2017年にグラウビュンデン州ボンド村を襲った土砂崩れは、上流のチェンガロ山で発生した岩石の移動が引き金だったと考えられている。ここでは、その5倍ものスケールの岩石が移動しつつあるのだ。最悪の場合、2千万立方メートルの石灰岩と泥灰土――ピラミッド8つ分に相当する――ががれきや水を伴ってカンデルシュテークに流れ込み、村と住民らを飲み込む可能性がある。

COP26 グラスゴー会議

国連気候変動枠組み条約締約国会議の第26回年次サミット(COP26)他のサイトへが10月31日〜11月12日にスコットランド・グラスゴーで国・政府高官、専門家、運動家らを集めて開催される。2015年のパリ協定では、世界的な平均気温の上昇を産業革命以前に比べて2度より十分低く保つと共に、1.5度に抑える努力を追求することで約200カ国が同意した。同サミットには同協定に署名した参加国が出席。より踏み込んだ気候変動対策を協議する。

スイスは全ての国に平等に適用される規則を追求する。焦点を当てる分野は3つある。まずは排出削減量のダブルカウントの防止だ。次に投資額の増加、特により貧しい国での気候変動対策に優先投資する。そして2050年までの気候中立実現に向けた戦略策定を全参加国に求める。

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融解が進む永久凍土

COP26(インフォボックスを参照)の主要テーマでもある気候危機が、スイスアルプスを徐々に変動させている。気温が上昇し、氷河が解け、永久凍土が融解することで山の斜面が不安定になる。連邦環境省環境局はスイス国土の6~8%が不安定化していると見積もる。永久凍土ゾーンの下流地域はこの先数年の間に地滑りや泥流が発生する確率が高まっている。

シュピッツァー・シュタインの岩と凍結した土の写真 Office for Forests and Natural Hazards, Canton of Bern

COP26では、永久凍土とそれがアルプス地域に及ぼす脅威について具体的には議論されないが、気候変動が関与する壊滅的な災害にコミュニティがどう適応すべきかについて、より広い範囲で協議される。各参加国には、気候変動の影響に適応するための取り組みや今後の計画、また支援が必要な分野をまとめた「適応報告書」の提示が義務付けられている。

スイスの長期気候変動への適応戦略他のサイトへでは、12の主要事項に焦点が当てられている。上昇する地滑り、泥流、熱波、干ばつのリスク制御も含まれる。

永久凍土の温暖化傾向他のサイトへはスイスアルプス全域で観測されている。永久凍土監視ネットワーク(PERMOS)は過去20年間に渡り、30カ所の永久凍土の状態を監視し記録してきた。観測結果は現状の厳しさを示す。永久凍土の温度は標高の高い多くの地域で記録的レベル他のサイトへに達した。活動地盤層(夏季に融解する表層地盤)の厚みや岩石氷河の移動速度も同様だ。

swissinfo.ch

シュピッツァー・シュタインからの落石は珍しくない。しかし、過去10年の間に、ここの一部で不安定化が進んだ。脆弱なエリアは広がり、むき出しになった岩盤には大きな亀裂が生じている。原因は複数ある。融解する永久凍土他のサイトへはその一因で、山上部側面の不安定さを増大させたと考えられている。温度上昇が氷を解かし、それによって生じる水が岩盤の下層部分に浸透することで、不安定化が引き起こされるのだ。

連邦森林降雪国土研究所(WSL)の永久凍土専門家のロベルト・ケンナー氏は「この3年間で、山全体がまさにゆっくりと解けてきていることが観測されている」と言う。

24時間監視体制

ベルン州自然災害部長のニルス・ヘーレン氏は、不安定化が加速していることを問題視する。昨冬の豪雪と今夏の大雨によって、シュピッツァー・シュタインが村のある谷へ向かって移動する速度がさらに速まったという。

同氏は「最も速い地域では年におよそ6~8メートルも移動している。これは極めて速い」とし「アルプスの他の地域や世界中で同様の傾向がある場所を探してみたが、これほどの速度で移動している場所を見つけることは極めて難しい」と話す。

2018年、同氏の専門家チームは多くのレーダー、全地球測位システム(GPS)、カメラ、降水観測機器を備えた24時間の観測体制を整備。岩のあるエリアを注意深く観測してきた。

シュピッツァー・シュタインから谷を挟んで反対側に設置された監視装置の一部 swissinfo.ch

同氏は、2千万立方メートルもの土砂が一度の巨大な地滑りで一気に落ちてくることは考えづらいと言う。しかし、今後5~10年の間に100万〜800万立方メートルの小規模な落石が複数回起こる可能性はある、と予測する。

同氏は「最悪の場合として、『岩屑(がんせつ)なだれ』が村のかなり近くまで迫る、ただし村の中にまでは流れ込まないケースが考えられる。だが、我々が懸念しているのは土石流などの2次災害だ」と言う。岩屑なだれが大雨を伴って肥大化し、大規模な地滑りや泥流、土石流となって、カンデルシュテークの一部をのみこむ可能性があるという。

村の保護措置

村の中心地近くに幅10メートルの土手がある。その側に立つのはカンデルシュテーク村長のルネ・メーダー氏(67)。赤いネクタイが風に揺れている。同氏が指さすのは巨大な金属ネットの設置予定場所だ。ネットを土手に張り巡らせ、シュピッツァー・シュタインの地滑りで落ちてきた岩石や岩屑を受け止めるという。費用は1120万フラン(約12億8千万円)。同事業はまだ途中段階だ。

土手に立つカンデルシュテークのレネ・メーダー村長 swissinfo.ch

人口1300人のこの村で生まれた村長は言う。「これらは小・中規模の災害に対する防護措置だ。だがこれでは前例のない巨大な岩石の崩落に耐えられない。完全に無力だ」

分かれるリスク認識

シュピッツァー・シュタインのすぐ下にあるハイキング道や区画は、小規模な落石や地質学者の警告を受け、閉鎖された。しかし、訪れる人々は驚く様子もなく、ホテル関係者も地元の観光に目立った影響は今のところ見られないと話す。

一方、地元住民の間では危険性に対する認識が分かれる。高齢者ほど懐疑的だ。

高齢者の1人ドリス・ヴァンフルさんは言う。「私は安全だと感じている。もし最初の大きな落石が起きてもこれからは防護措置がある。それがさらに続いたとしても被害は小さいと思うし、住民の防護はそれまでに間に合うはず。被害が出たら再興すればいい」

古くからの地元住民は雪崩や嵐などの自然災害に慣れているとドリスさんは言う。新しく来た人たちが怖がるのは「ボンド村で起きた大惨事のイメージ」があるからだろうと話す。

2017年、スイス南東部のグラウビュンデン州チェンガロ山で発生した地滑りが土砂崩れを引き起こし、下流のボンド村を襲った際のYouTube映像。

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一方、貸しボート屋のロビンさんは防護措置に懐疑的だ。「せきでは底面の幅が足りない、良い案ではないと一部の人たちは言う。私も同意見だ」

「建設禁止」

最新型の監視装置により、現在は48時間前に災害警報が出る。住民と家畜の避難は間に合うだろう。だが住宅やインフラは被害を受けるかもしれない。

地滑りの危険はメーダー村長や多くの地元住民の頭を悩ます問題だ。昨秋、ベルン当局はカンデルシュテークの現状を反映した新たなハザードマップを公開した。同マップでは村役場を含む村のほぼ3分の2が赤またはオレンジ色の危険区域に分類されている。これらの危険区域内では、小規模な補修と増築を除き、新規建設や倒壊した建物の再建築は許されない。

ドリスさんの夫で建築士のペーターさんは「要するに建築禁止。地元のビジネスには大損害だ」と憤る。危険区域を理由に、ペーターさんが申請した5件の建設案件(350万フラン相当)が最近却下された。

シュピッツァー・シュタインとエッシネン湖の方角を望むカンデルシュテークの概観 swissinfo.ch

新しい災害マップの区域分けを巡り、一部の住民が昨年、メーダ―氏に異議を申し出るよう訴えた。マップは大袈裟で保険会社の入れ知恵に違いない、というのが住民らの主張だ。どこまで調整可能なのか、その決定は12月に出る見込みだ。

メーダー氏は「最近は全てにおいて安心・安全を求める傾向がある。しかし、それは無理なことだ」と言う。

カンデルシュテークの住民らは何世代もの間、危険と隣り合わせで生活してきた。問題は「どのリスクを取るか」だ。

メーダー氏は「物的損害だけで済みそうな災害に、一体どれだけ保険を掛けたいかという話だ」と話す。

(英語からの翻訳・佐藤寛子)

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