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医薬品会社にも不況の波 求められる対策

タミフルの空のカプセルを点検するロシュ ( Roche ) 従業員 Keystone

経済危機がついに医薬品業界にまで及んだ。厳しい経済状況から各国で医療制度の見直しや経費削減が行われている。

スイスの医薬品大手ノバルティス ( Novartis ) とロシュ ( Roche ) の報告によれば、2010年の業績は比較的堅調だったが、今後苦しい展開が予想されるという。世界的な景気後退でアメリカ、日本、ヨーロッパ諸国は医薬品業界への厳しい対応を余儀なくされている。

不況を切り抜けるには

 ロシュの見込みでは、ヨーロッパとアメリカの医療制度改革により売上高は2010年と2011年合わせて10億フラン ( 約862億円 ) の打撃を被るという。また、昨年は日本の価格引き下げにより約3億フラン ( 約258億円 ) の単発的な売上の落ち込みにつながった。

「今後、医薬品業界を取り巻く状況は一変するだろう。これは、ほとんどの医薬品会社にとって2~3%の価格引下げを意味する」

 と、サラシン銀行 ( Bank Sarasin ) のアナリスト、デイビッド・ケーギ氏は言う。

 共にバーゼルに本社を置くノバルティスとロシュは、セールスとマーケティングを主な対象に数千人規模の雇用削減計画を始動した。ロシュは昨年11月に4800人 ( 全従業員の6% ) の解雇を発表した。しかし、この2社には異なる戦略もある。ノバルティスは昨年アルコン社 ( Alcon ) を買収しアイケア部門への事業拡大を狙う一方で、ロシュは引き続き主力生産ラインを強化する。

薬剤品質の向上

 コンサルタントグループの「パトリック・ベルガー (  Patrick Berger )」 が昨年行った医薬品業界の最高責任者に対する調査によれば、回答者の67%が大型新薬による収益にはこれまでほど期待しないと答えた。

 しかし、ロシュのCEO ( 最高経営責任者 ) セベリン・シュヴァン氏は異なる見解を示している。企業はむしろ、より効率性の高い医薬品の生産に集中し、今後さらに厳しくなる規制や緊縮財政路線の政府の期待に応えるべきだという。

「この先成功するためには、患者のニーズに合った本当に効く薬を開発して、患者の寿命を延ばし生活の質 ( QOL ) を向上させること。これが決め手になるだろう」

 とシュヴァン氏は語る。

 「医療制度への圧力が増す中、こうした患者に真の利益をもたらす製品にのみ市場は関心を示すようになるだろう。本当に価値のある薬であれば、社会はそうしたものにお金を払い続けるだろう」

「有効な方策」

 こうしたロシュの方向性は正しいとアナリストのデ イビッド・ケーギ氏は見ている。それは、たとえ糖尿病治療薬タスポグルチド ( Taspoglutid ) の開発が中止され、アメリカからは乳がん治療薬アバスチン ( Avastin ) の使用を承認されなかったという事実があってもだ。

「ロシュのバイオ医薬品は、一般の低分子薬以上にジェネリック薬 ( 後発医薬品 ) 産業がコピーしにくいことから、これは有効な方策だ。革新的かつ分化したバイオ医薬品の幅は広く、特定の製品が失敗してもうまくやっている」

 さらに、ロシュは一般にあまり知られていない診断医療分野を重要視している。患者の病気の早期発見、治療のモニタリングを行う製品の開発だ。ロシュは皮膚がんの一つである悪性黒色腫に薬物治療と診断治療を組み合わせた方法を本格展開する計画だ。この最も悪性度の高いがん患者の63%は診断後1年以内に死亡するというが、ロシュはこの数字を劇的に改善できるかもしれないと希望を持っている。

注目を浴びる診断薬

 現在、ロシュの診断医療ビジネスは同グループの売上の5分の1 を占める程度だ。しかし、診断医療部門が記録した昨年の売上成長率8%は医薬品の売上を遥かに上回ると部長のダニエル・オデイ氏は指摘する。

 各国が緊縮財政策を取っている今、早期段階で病気を発見し、治療の効果を測る能力はこれまで以上に重要な役割を果たすだろうとオデイ氏は言う。

「 ( 国は ) 治療を受けるべき本当の患者は誰なのか、どのような治療法か、最善の結果とは何なのかを決定する必要があるだろう。こうした厳しいマクロ経済的環境の中でも診断医療分野は伸びている」

 「個別化医療」という言葉が近頃よく聞かれる。これは、それぞれの患者のニーズに合った治療法を適用しようというものだ。こうした流れから、保健当局は効果のない治療法を速やかに除外していくだろう。

「薬を投与されている患者の平均5割がまったく効果を見せていないことが分かっている。さらに悪いことに、この5割の患者の中には副作用が認められる人もいるようだ。社会への負担は甚大で、このままの状況を続けることは不可能だ」

 「個別化医療が実現する可能性は非常に高く、これを診断医療なしで実現することは不可能だ。今後5年から10年の間に医療を取り巻く状況は変わるだろう」

 と、オデイ氏は医薬品業界の未来を語った。

先週発表されたロシュ社 ( Roche ) の報告によると、2010年の通期の利益は前年比4%増の88億9000万フラン ( 約7664億円 ) と、2009年の85億1000万フラン ( 約7336億円 ) から増加。

売上高は前年比3%減の474億7000フラン ( 約4兆円 ) 。これにはフラン高に加え、インフルエンザ治療薬タミフルの売上減少、コストの見直しが影響した。

診断医療部門では4%の売上成長を記録 ( 為替相場の影響を除外すれば8% ) 。

ロシュはコスト削減策を明らかにし、2011年は18億フラン ( 約1552億円 ) を節減する予定。

2010年の1株利益は10%増6.60フラン ( 約569円 ) 。

ライバル企業ノバルティス ( Novartis ) の2010年の売上高は前年比14%増の506億ドル ( 約4兆3623億円 ) 。

通期の利益は前年比18%増の99億7000万ドル ( 約8595億円 ) 。しかし、第4四半期の営業利益はインフルエンザワクチンの売上高の減少で6%減。

ノバルティスではロシュよりも多くの医薬品の特許期限が迫っており、今年の売上

は低く見込まれている。

( 英語からの翻訳 中村友紀 )

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SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

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