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溺死の絶えないスイス河川 安全に泳ぐには?

Ein Mann schwimmt
スイスでは水難事故による溺死の80%以上を男性が占めている。世界平均はおよそ75%。女性に比べると男性の溺死リスクは3倍になる Peter Schneider/Keystone

インドネシアのリドワン・カミル大統領候補の子息、エメリル・カン・ムムタズ氏がベルンのアーレ川で水浴中に溺死した。5月末に世界を驚かせたこの事故で批判も起きている。スイスでは水域での遊泳などは利用者の自由であり、禁止する代わりに予防に重点を置いている。その理由をスイス人命救助協会(SLRG)のレト・アベヒェリ会長に聞いた。

swissinfo.ch:スイスではこの10年の年間溺死者は平均で46人、そのうちの80%以上を男性が占めています。世界的に見ても男性の溺死リスクは女性の3倍です。その原因は何だと思われますか?

レト・アベヒェリ:おそらく危険に身を投じる頻度の違いによるものでしょう。世界中で男性の方が頻繁に、そしておそらく集中的に溺水リスクに身をさらしていると推測されます。職業(漁師、船員など)でもレジャー(危険な飛び込み、水辺や水上、水中で飲酒状態)でもリスクが高いのです。

スイス人命救助協会レト・アベヒェリ会長
スイス人命救助協会レト・アベヒェリ会長

swissinfo.ch:スイスでは溺死者の14%が外国人ですが、全人口に占める外国人の割合は25%を超えています。統計をより正確に見た場合、旅行者、外国人または移民の背景を持つ人の危険には偏りがあるでしょうか

アベヒェリ:おっしゃるとおり、溺死者の14%はスイスのパスポートを持っていませんが、それがスイス在住で外国籍の人なのか、旅行者なのかははっきりしません。

けれども、全体に占める(非スイス人の)割合が高くないことは明らかです。大半はスイスで育ったスイス人男女であり、スイスの水辺を子どもの頃からよく知っている人たちです。

それでも地元民でないがために溺れる特殊事情があります。例えば、地域の水辺を知らない場合もありますし、水泳の授業や水の安全授業が制度として根付いているスイス人ほど水泳が上手ではないことなどが考えられます。いずれにしても多くの死亡事故は防げたはずですし、溺死から人を守るための行動規範もあります。   

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swissinfo.ch:行動規範とはどのようなものでしょう?

アベヒェリ:それまで川で泳いだことがない人は同伴者を見つけることです。同伴に慣れていて全面的にサポートしてくれる人を探すといいでしょう。一般に、川では決して一人で泳がず必ず同伴者と共に水に入り、例えばスイムブイのような浮力のある着脱可能な物を身につけることが必須です。SLRGは6項目の水浴規則と6項目の河川規則を定めています。

swissinfo.ch:知らない人が多いですが、川に入ってもいい場所と悪い場所がありますね。

アベヒェリ:その通りです。川には入水ポイントと上陸ポイントがあり、実は上陸ポイントの方が重要です。あらかじめ情報を集めておき、さらに岸辺から確認しておくのが最善策でしょう。各ポイントにはたいてい標識が設置されています。

スイスではオンラインでも標識付きの水泳地図が入手できます。入水ポイントから見て最後の上陸ポイントではなく最初の上陸ポイントを目指すことが重要です。それ以降の上陸ポイントは安全のための予備と考えましょう。最初の上陸ポイントで陸に上がれなかった場合でも、2番目、3番目のポイントがあります。必ず水に入る前に調べておくことです。すでに述べたように、このような経験はベテランスイマーと同行することで得られます。ただ泳げるというだけでは不十分です。旅行者が豊富な経験や土地勘なしで、あるいは経験が乏しい仲間とだけで川で泳ぐのは危険きわまりないのです。

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swissinfo.ch:アーレ川のような河川は一年中遊泳可能でしょうか?

アベヒェリ:それも重要な注意点でしょう。水量、つまり流速と水圧を考える必要があります。流れが強く水圧が大きいと危険です。経験も関係してきます。情報は観測所のポータルサイトで確認できますし、このサイトにはヒントやコツなども書かれています。

このような情報確認は泳ぐ前にやっておくべきですが、一度も川で泳いだことのない人がこの種の情報を確認してもあまり意味がありません。経験者と一緒に泳ぐことが大切です。

swissinfo.ch:流れる河川の中でうまく泳ぐ方法はどこで学べるでしょう?

アベヒェリ:各都市に情報サイトあります(例:ベルン外部リンク)が、ここでも慎重かつ正確に調べる必要があります。こういうことは一朝一夕に学べることではありません。ある程度時間をかけなければならないのです。一般に初心者は流れの強い区間は避けるべきです。できれば少しずつ慣れていって、河川の性質に精通するとよいでしょう。十分な練習と事前準備を習慣にすることで、流れが強い区間でもリスク計算と評価が可能になります。

スイスでは、十分な経験のない人が川で泳がないよう再三警告されている。さまざまなポータルサイト外部リンクが用意されているほか、スイス赤十字社外部リンクが水浴ルール/河川ルールや各種予防キャンペーンについて詳細な情報を12カ国語で提供している。

また観光ウェブサイトのBern.ch外部リンクは、水泳熟達者以外はアーレ川で泳いではならないと警告している。ベルン市はさまざまなパートナー団体とともに、アーレ川の危険について市民に知らせる「Are you safe?外部リンク」キャンペーンを実施している。このキャンペーンは特にアーレ川で泳いだりゴムボートで川下りする観光客や新住民のような非地元民に焦点を合わせている。

swissinfo.ch:インドネシア大統領候補の子息が溺死したことでアーレ川に批判の矛先が向けられました。そもそもスイスの河川が危険なのでしょうか?

アベヒェリ:このような外からの反応は理解できます。世界でも河川で泳ぐ国はスイス以外にほとんどありませんからね。河川での水泳はこの国で発達した文化的な技能ですが、世界的にもほとんど知られていません。他国では河川を輸送路として利用しているだけで、人が泳ぐことはないようです。

swissinfo.ch:それでインドネシアの女性たちから川を封鎖せよという要求が来たのですね?

アベヒェリ:外部から見ると、いったいなぜ川で泳ぐことが許可されているのかと疑問に思うのでしょう。けれどもスイス人命救助協会(SLRG)の理念は予防です。たとえ禁止したところで人は溺れるし事故も起こります。SLRGのモットーは河川や湖沼でレジャーを楽しむ人々の安全スキルを強化することなのです。

swissinfo.ch:それはいかにもスイスらしいモットーですね。自己責任が重視され、個人のリスクよりも万人の自由が尊重されています。

アベヒェリ:その通りです。海外の仲間と交流していると優先順位がわれわれとは全く違うことに気づかされます。また他国では監視強化や禁止によって第三者や国家に責任を委ねることが多いようです。スイスでは行動予防に焦点を当てています。スイスにはこの方式が合っていると思います。国際比較でもスイスの溺死率は低いのです。

スイスでは水難事故による溺死者の80%以上が男性だ。世界平均はおよそ75%。女性に比べると男性の溺死リスクは3倍になる。男性の若い成人だけを見るとリスクは9倍にも上る。ハイリスクの理由として、水に触れる機会が多い、危険をいとわない、アルコールや薬物の摂取外部リンクなどの社会文化的条件が考えられる。

2019年には全世界で外部リンク推定23万6000人が溺死しており、世界最大の公衆衛生問題の1つとなっている。溺死は世界の全地域で1〜24歳の死因10位以内に入っている。

編集:Marc Leutenegger、独語からの翻訳:井口富美子

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