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V アイガー東山稜登攀 -5-

1924年、著者の寄付によりミッテルレギ (標高3354m) に小屋が建てられる。

(swissinfo.ch)

雪崩

 この夏のある日、村にフェーンが吹き荒れた。フェーンというのは気温の高い南の強風である。地中海沿岸に吹くシロッコがアルプスを越えるのだという人もある。氷雪の峰々を越して吹き下ろす気温の高い風は強い。村ではどの家も火の元に注意し、街頭での喫煙は厳禁である。
 またある日、私は村の北側の山麓を散歩していた。この日は稀れな蒸し暑い日であったが、谷を隔てて立つメッテンベルグの山腹に引っ切り無く幾条もの雪崩が落ちた。滝のように懸る雪崩を眺めているとき、急に寒冷な北風が吹き出した。すると忽ちにして雪崩は全部止まってしまった。雪崩の落ち出す雪線以上の高所にも、寒風が吹き渡り積雪が引き締ったためであろう。このような珍しい現象に出遭ったことはその後にもない。
 雪崩の研究は進んでいるが、それにしても現場で誤りなく予知することは難かしい。雪質、積雪と地表の状態、季節、気温、地形、発生の刺戟など複雑な要因のため予知できる場合が少ない。そのためアルプスの登山は主として夏期に集中されている。このことは雪崩を避ける意味が大きい。スイスでは、雪崩の常道の標識の入った地図も販売されている。冬期の登山は、雪崩に対して、万全と見做されているアレッチ氷河でスキーツァーをする位に止まる。
 山案内人たちは困難な岩壁や氷壁には驚かないが、雪崩に対しては注意深い。殊に登山中、新雪に遭った場合は、極度に神経を使う。アレッチホルンに登り、ルッチェンタールに下ったときのことであるが、恰も新雪の後とて、大小の雪崩の跡を過ぎて漸く雪のない村道に出た。この村道は幅二〇〇メートル位の谷川に沿うて山腹についていた。対岸はゆるい丘陵に過ぎないが、道には約一〇メートル間隔にコンクリートの鍵形の穴が作られてあった。対岸の見えない奥の山から、川を越えて落下する雪崩は、この待避所を必要とするほど急激なものだと聞いた。この谷には、昔ながらの風習を保つ村落があり、パンは共同釜で焼いていた。またこの谷は、緊急時以外にば自動車の乗り入れを禁止していた。自動車は、谷の静安を乱すという理由であった。
 スイス山村の人々は、雪崩の恐ろしさをよく知っている。雪崩は冬だけのものでなく、高所では年中発生するし、氷河も始終崩れ落ちるのを知っているから注意深いのも当然である。戦後わが国の登山は昔と違って四季を分かたず行われる。正月休暇前後の登山などは一般化しているといっても過言でなかろう。そのため、登山事故の中でも雪崩に因るものが少なくない。雪国の人たちや猟師は雪の恐さをよく知っているが、一般登山者は雪の山の経験は浅い。浅いために雪の恐さを軽視しがちとなる。冬期シベリアの発達した高気圧が東進しながら日本海の水蒸気を捉え、脊梁山脈に豪雪を降らす。この雪量は世界でも珍しい多量のものといわれる。降水量の多いわが国の山岳は、侵蝕が甚だしく、渓谷は急峻なものが多く、雪崩は発生し易い状態である。その上に、冬期卓越した偏西風は日木海側に悪天候を齋らし、高所は吹雪となる。であるからわが国の冬期登山は、本質的に夏季登山の単なる延長ではない。完全な装備と勝れた技量と体力とをもってしても、この自然の理法に逆うことはできない。
 アルプスの登山は前述のように、夏期に行われる。またヒマラヤの登山も、四月から六月初旬までの、冬の季節とモンスーンとの間か、モンスーンの終った冬の到来前の十月から十一月の間に行われる。何れも高所の気象条件の最も安定したときを狙うのである。しかるに、わか国の冬期登山は、気象条件の最も困難な時期である。であるから高度とか地形が、アルブスやヒマラヤより登山に容易であっても、天候の点も、同様に容易であろうと即断してはならない。慎重を要する訳である。
 アルプスの夏の盛りは短く、八月下旬ともなれば秋風が吹き出す。この頃私の宿で珍しい会合があった。どのような連絡でそうなったかは覚えていないが、服部広太郎、坂村徹、纐纈理一郎の植物学諸先生に動物学の川村多実二先生と兄、智雄と私が一緒に数日を送った。毎日、この一行は弁当をもって山麓を散歩したり、氷河を訪ねたりして美しい風景を楽しんだ。ある雨の日に、食堂の一隅を占領して俳句の運座を開いた。みんな俳句には素人なので、互いに批評しながら天狗振りを発揮し、大いに談笑して半日を過した。この句集を一冊に綴じて、川村先生が村の景色を水彩で描いて表紙にした。その題名が『雪崩』とあった。昼夜を分たず聞える氷河雪崩の印象であったろう。後日、同宿の西洋人から、男だけであんなに楽しそうなのが不思議だと聞かれたが、日本人は男だけで子供のときから育っているので、男友達の世界をもっているのだと答えた。いつでも男女の組合せの西洋人には判りかねることのようであった。
 九月に入ると山麓に雪が下りて来た。放牧の牛も里に連れ戻し、農家は家畜の冬籠りに備えて草の二番刈りに忙しくなる。静かになったアルプにはヘルブストツァイトローゼが一面に咲く。この花は夏の終りの花で、春のクロカスに似て幾分大きく紫の花をつける。クロカスもこの花も家畜は食わない。と言えば、ヒマラヤに行ったとき高所にヤクを放牧していたが、サクラソウが一面に咲いていた。ヤクはこの草を食べない。それぞれに選択があるらしい。

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