スイス、ウクライナ難民政策でEUと足並み乱す
スイス連邦政府は11月から、ウクライナ避難民に発行される特別在留資格「S許可証」について、受け入れ対象地域に制限を設けた。指定7地域からの避難者はS許可証が取得しにくくなる。しかし、一部の専門家は、この地域分けが必ずしも実態を反映していないと指摘する。
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スイス政府は欧州連合(EU)に追随し、ウクライナ避難民に対する特別在留資格「S許可証」の発行を2027年3月まで延長した。しかしEU近隣諸国と足並みを違えたのは、受け入れ対象地域に制限を設けたことだ。EUは地域区分なく保護を認めている。
今月1日に施行された新たな制限措置では、帰還が「安全」「安全でない」地域に分け、連邦移民局(SEM)は「安全」地域からの難民申請を厳格化する。
「安全」地域のヴォリニ、リウニ、リヴィウ、テルノーピリ、ザカルパッチャ、イヴァーノ・フランキフスク、チェルニウツィの7地域からの避難者は、申請が却下される可能性がある。ただ、すでにS許可証を保持している人と、その家族の許可証が剥奪されることはない。
ノルウェーが先行
EU非加盟のノルウェーは今年1月、スイスに先立ちウクライナ人向け一時保護規則を改正し、安全帰還地域の対象を広げた。
ノルウェー司法・公安省はスイスインフォの取材に対し、2024年9月以降「十分に安全な地域」から入国するウクライナ人には集団一時保護資格を付与せず、個別の難民申請を義務付けていると説明した。
同省顧問のラヒラ・チャウドリー氏は、地域の安全評価は移民局(UDI)が実施し、評価には同国の出身国情報センター「ランドインフォ外部リンク」など独立した情報源を活用していると説明した。ランドインフォは出身国情報を多様な情報源から収集、ノルウェー移民当局に提出する責任を負う。
同氏は「安全地域リストは情勢次第で変わる可能性がある」とし、今年1月に14地域に拡大されたと述べた。同省はこの措置について、2023年末のウクライナからの避難者数が他の北欧諸国全体の流入数を上回り、「ノルウェーへの流入を管理可能かつ持続可能な状態に保つ」ことが目的だったと説明した。その後数は減少しているものの、「この措置による単独効果は定量化できない」とした。
「安全地域」への批判
キーウ経済大学院社会科学・人文科学研究科のイワン・ゴムザ教授はスイスインフォに対し、安全地域とそうでない地域に区分する論理は説得力に欠けると語る。
同氏は、ザカルパッチャ州とチェルニウツィ州は比較的安全な地域であるとはいえ、最近ではロシアの攻撃を受けていると説明した。
ロイター通信によると、2025年8月にはザカルパッチャ州ムカチェヴォにある米国系企業にロシアがミサイル攻撃を仕掛け、15人が負傷。前月にはチェルニウツィで夜間の大規模攻撃があり、ドローンの破片により民間人2人が死亡した。
ゴムザ氏は、リヴィウ、リヴネ、イヴァーノ・フランキフスクを安全地域と分類することには疑問があると指摘する。「これらの都市は定期的に攻撃やエネルギー供給の混乱に見舞われている。こうした線引きを正当化するのは難しい」とし、スイスの政策は必然的に不公平と見なされると警告した。「2023年には居住地域に関係なくEUへの入国が許可されていた。これからは入国を希望する一部の人々に門戸が閉ざされることになる」
ノルウェー、ウクライナへの財政支援を拡大
ノルウェー政府はウクライナ難民への一時保護措置を厳格化した代わりに、ウクライナへの財政支援を当初計画の500億クローネ増の総額850億クローネ(約205億円)に増額した。防空システム、砲弾、ドローンの調達費、防衛産業との協力によるウクライナの海上能力強化などの軍事支援に充てられる。
さらに、ノルウェーは北欧およびバルト諸国による共同イニシアチブを主導。ウクライナ軍旅団への装備提供のほか、人員訓練を率いる。
ノルウェーのイェンス・ストルテンベルグ財務相は4月、「ロシアのウクライナ侵攻は欧州にとって分水嶺となる出来事であり、欧州の平和と安全に対する深刻な脅威だ」と述べた。「ロシアの侵略戦争は依然続いており、ロシアは急速に軍備を増強している。したがって、ノルウェー議会の全政党が支援の増額を承認したことを大変喜ばしく思う」と述べた。
スイスの支援は難民に重点
スイスの支援はノルウェーとは異なり、ウクライナ人の受け入れ・統合に大部分が当てられている。ウクライナ自体への直接支援はごく一部だ。
スイスでS許可証を取得すると、様々な恩恵と支援を受ける権利を得られる。医療へのアクセス、経済的支援、民間ホスト宅での宿泊、ジュネーブなどでは州から住宅提供が受けられる。
子どもは学校に通うことができ、大人は語学コースに参加できる。許可証保持者はスイスでの就労権も有し、シェンゲン圏内を自由に移動できる。S許可証を発行した州には、統合支援策として連邦政府から年間1人あたり3000フランが支給される。
スイス政府は10月8日、ウクライナ避難民へのS許可証発行を少なくとも2027年3月4日まで維持することを決定した。ただし、2025年11月1日以降、S保持者がウクライナに一時帰国できる期間は「半年ごとに15日」に短縮される(現行は「四半期ごとに15日」)。
キール世界経済研究所のウクライナ支援トラッカーによると、スイスはウクライナに42億7000万ユーロを拠出。ほぼ全額が難民関連費用に充てられ、難民関連支出を除くと支援額は9億3000万ユーロにとどまる。
ノルウェーの支援額は64億9000万ユーロ(難民支援は含まない)に上る。難民支援だけで37億5000万ユーロを拠出している。
EUは統一的な保護を維持
EUは6月、ウクライナから逃れてきた人々に対する一時保護指令を2027年3月4日まで延長した。ポーランドのトマシュ・シェモニャク内務大臣は、EUの立場について「ロシアが無差別空爆でウクライナの民間人を恐怖に陥れている。EU はウクライナ国民との連帯を表明し続ける。我々は今後1年間も、何百万人ものウクライナ難民に保護を提供し続ける」と述べた。
ゴムザ氏は、スイスとノルウェーがEUの政策に影響を与えることができるかどうかは疑わしいが、一部の加盟国が両国に倣い、ウクライナからの難民受け入れに年齢や性別などの制限を設ける可能性はあると述べた。
編集: Reto Gysi von Wartburg/ts、英語からの翻訳:宇田薫、校正:ムートゥ朋子
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