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ネスレのメルトダウン

たとえネスレの取締役会がポール・ブルケ会長を追放したいと思っていたとしても、スイスの法律改正によりそれは難しかっただろう
たとえネスレの取締役会がポール・ブルケ会長を追放したいと思っていたとしても、スイスの法律改正によりそれは難しかっただろう Keystone / Jean-Christophe Bott

ネスレの年次「オール・イン」全社会議が17日に開かれたが、それは気まずいものとなった。この厳格さで有名なスイスの大企業は、わずか2週間の間に最高経営責任者(CEO)と会長の両方を失うというスキャンダルに見舞われたのだ。

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しかし、ポール・ブルケ会長が自身の早期退任を発表してから24時間後、最大27万7000人のネスレ従業員に向けてバーチャルで発言した際、彼はいつも通り強気な姿勢を見せた。

「彼は陽気に振る舞おうとしていた。まるで大したことではないかのように」とある従業員は語る。「彼は『未来は今だから辞めることにした』と言ったが……誰もその言葉を信じなかった」

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FT

ローラン・フレイシェCEOが就任1年で直属の部下と秘密の関係を持っていたことが明らかになり、この159年の歴史を持つ大企業は揺れた。粉ミルクやミルクチョコレートの製造を先駆けて成長し、いまや世界最大の食品・飲料企業としてキットカットやマギーの固形スープ、ピュリナのペットフードなど数千のブランドを抱える。

この一件に対する取締役会の対応は、スイスの企業社会を愕然とさせた。スイス証券取引所における最大手企業であり、国内最大の銀行UBSをも上回る時価総額のネスレは、長年にわたり母国で象徴的な存在として扱われてきた。

「ネスレは象徴、スイスの象徴だ。だからこそ、このショックが大きい」と、IMD世界競争力センターのアルトゥーロ・ブリス所長は語る。「スイス社会はこの種のことに関して非常に保守的だ。我々はフェラーリのように富を見せびらかすことはない。同様に、プライバシーも個人的な関係にまで及ぶ」

一方で、社の業績不振に不満をくすぶらせていた投資家たちは、ネスレのガバナンスにかみついた。合意形成を優先して監視をおろそかにする「なれ合いの文化」が、取締役の長期在任や惰性を生み出し、ユニリーバやクラフト・ハインツといった競合がコアブランドへの集中やリターン改善に向けてより急進的な手を打つ中、ネスレは後れを取っている、と。

新しい経営コンビ――ネスプレッソのトップであるフィリップ・ナヴラティル氏がCEOに、そしてZaraの親会社インディテックスを率いた元会長パブロ・イスラ氏が会長に――の就任は、ある程度の安心感をもたらすかもしれない。

だが、多くの人々は、もはや従来通りにはいかないと考えている。ネスレの株価は2022年の120フラン(約2万1000円)から、現在は70フラン強まで下落した。売上成長もインフレに疲れた消費者が高騰する価格に抵抗したことを受け、ポスト・コロナの好調から失速。同社の純負債も2020年以来ほぼ倍増している。

ネスレの混乱は、多国籍コングロマリット・モデルに対する世界的な再考を反映している。過去10年以上にわたり、ユニリーバやP&Gといった消費財大手から、GE、シーメンス、東芝といった技術系コングロマリットまで、株主の圧力により事業縮小や分割を余儀なくされてきた。

論理は同じだ。市場はもはや、あらゆる異なる事業を横断して持続的な成果を出せる経営陣など存在しないと疑っている。スイスの国民的企業であるネスレはこれまでその論理を拒み、世界最大の食品企業として25万人以上の従業員と75カ国に工場を持つ「包括的なアイデンティティ」に固執してきた。

「単に大きすぎるのではないか」と問いかけるのはジェフリーズのアナリスト、デイヴィッド・ヘイズ氏だ。「物理的に、組織がすべてをコントロールできる限界はあるのではないか」

士気低下の背景

スイスの穏やかな夏の間、ネスレ本社(レマン湖畔にそびえる壮大な建物)では、フレイシェ氏の私生活をめぐる噂が飛び交った。

憤慨した従業員たちは、グループの内部通報窓口「Speak Up」を通じて、この生え抜き幹部が愛人と疑われる同僚を優遇していると訴えた。

経営陣は調査に踏み切ることにした。しかし事情に詳しい人物によると、63歳のフレイシェ氏は告発を全面的に否定したという。最終的に取締役会は、この噂は裏付けが取れないと結論づけた。

これらの苦情が出てきた背景には、ここ数年の社内動揺による士気低下が関係している。

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ネスレCEOを解任に追い込んだ内部通報システムとは

このコンテンツが公開されたのは、 スイスの食品大手ネスレのローラン・フレイシェ氏は、「直属部下との恋愛関係」を理由に最高経営責任者(CEO)の地位を追われた。発覚のきかけは、内部告発ツールだった。

もっと読む ネスレCEOを解任に追い込んだ内部通報システムとは

フレイシェ氏は昨年8月、マーク・シュナイダー氏の後任としてCEOに就任した。シュナイダー氏はヘルスケア出身で、健康・フィットネス向けサプリなど新規事業を通じてネスレの活性化を試みたが、就任7年の後半には成長鈍化に直面した。

シュナイダー氏は、1世紀ぶりに外部から招聘されたCEOだ。従業員によれば、彼の強引な経営スタイルが、合意重視のネスレ文化と合わなかった。

フレイシェ氏は正反対の存在と見なされた。約40年の社歴を持つ生え抜きで、ネスレの価値観を体現し、見過ごされがちなブランドに再投資することを約束していた。

会社を立て直すため、フレイシェ氏は少なくとも25億フランのコスト削減計画を進めており、マッキンゼーのようなコンサルタントも起用していた。従業員はリストラを心配していた。

夏の間、金融ブログサイト「Inside Paradeplatz」にフレイシェ氏のスキャンダルが報じられ、苦情が相次いだ。取締役会は外部弁護士を雇い、2度目の調査を開始した。

「問題はそこで悪化した。取締役会は何が起きているのか知らされていたのに、早期に対応しなかった」

フレイシェ氏と部下の関係は、経営陣の間では「公然の秘密」だったと現・元ネスレ幹部はFTに語る。なお、フレイシェ氏は社内結婚だが、妻は出会った当時は直属の関係ではなかった。

今回の関係が2度の調査を経てようやく明らかになったことにより、株主はブルケ氏が調査を誤ったのではないかと疑念を抱いた。その後数日間、株主は会社に対し、ガバナンス上の不備を正すよう圧力を強めた。

先週FTの取材に応じた複数の株主は、ブルケ氏を批判。昨年シュナイダー氏を解任した時に辞任すべきだったと主張した。 投資家はシュナイダー氏に不満を抱いていたが、ブルケ氏の監督も不十分だと言う。「取締役会はシュナイダー氏に対抗する重しであるべきだった」と、フォントベルのアナリスト、ジャン・フィリップ・ベルチー氏は語る。「問題は、取締役会が事態を知らされていながら、十分に早く対応しなかったことだ」

しかし、たとえ取締役会がブルケ氏を追放したいと考えていたとしても、スイスの法律改正によりそれは難しかっただろう。

2013年に可決された「ミンダー・イニシアチブ(国民発議)」によって、上場企業の取締役会は自らの会長を任免する権限を失った。さらに2020年の会社法改正で、取締役や会長の任命・解任は株主のみが行えると確認され、任期の自動更新もなくなった。

「これが会長交代の計画を難しくした」とあるネスレ関係者は語る。

今年4月の株主総会で、ブルケ氏は再び取締役に再任されたが、株主の反対は強まっていた。6月、ネスレは次回総会でブルケ氏が立候補しないことを発表し、副会長のイスラ氏を後継者に指名した。

「つまり、パブロ・イスラ氏が次期会長として指名されたものの、まだ行動できない状態だった」とその関係者は言う。

フレイシェ氏スキャンダルが表面化し投資家が疑念を抱き始めると、ブルケ氏は退任に踏み切ったと、事情に詳しい2人は語った。

ブルケ氏の退任は16日に発表され、名誉会長の称号が与えられた。

新しい「フォーミュラ」?

この企業スキャンダルは、ネスレ、ひいては消費財業界全体にとって転換点となる可能性がある。

過去数日間、投資家やアナリスト、アドバイザーたちは「新しいネスレ」のあるべき姿を議論してきた。

ある意見では、会社をスリム化し、成長の遅い菓子類や冷凍食品といったカテゴリー、あるいはポートフォリオに適合しない事業――たとえばスキンヘルスや、美容大手ロレアルに対する大きな持分――を売却すべきだという声が上がった。

この「フォーミュラ」は、消費財業界で繰り返されてきた手法だ。ユニリーバ、レキット、ダノンなどの多国籍企業はカテゴリを切り離し、より集中した高成長ポートフォリオを形成してきた。

フレイシェ氏はブルケ氏の支持を受けて、この流れに抵抗した。フレイシェ氏は、世界最大の食品・飲料企業であることにこそ価値があると信じていた。「正直、小さくなるメリットは見えない」と彼は5月にFTへ語っていた。

いまや旧勢力が去り、識者たちはネスレがついに業界の流れに従うかどうか注目している。

「新しい経営コンビの下で、重要な決断をできるだけ早く下さねばならない」と、ネスレ大株主であるフロスバッハ・フォン・シュトルヒのシニアアナリスト、カイ・レーマン氏は語る。また各事業カテゴリの長期的成長見通しを「徹底的に分析」するよう求めた。

フォントベルのベルチー氏は、イスラ氏の優先課題として、ノンコアかつ不振の資産売却や、「長年のガバナンス不全を踏まえた」取締役会の刷新を挙げる。

他方で、変化より継続を重んじる企業文化に言及する声もある。CEOを会長に昇格させる慣習は独立性を弱め、保守的な姿勢を助長するというのだ。

「人々は近すぎる関係になり得る。CEOと会長の関係がそうだったように」と、ザンクト・ガレン大学のヴァレンティン・イェンチ助教(企業法)は語る。「新しい人を入れることで、この種の問題を軽減できる」

このアプローチはいまや変わった。イスラ新会長は業界外でキャリアを築き、インディテックスで17年間CEOおよび会長を務めた人物だ。一方ナヴラティル氏は、業界では比較的無名の存在だ。

しかし、2人をよく知る人物は、49歳のナヴラティル氏は「起業家的精神」と「俊敏な考え方」をもたらすだろうと話す。イスラ氏が2005年以来初めての独立取締役会長となったことで、ネスレのガバナンスは「良好な状態にある」という。

「オール・イン」会議で、ナヴラティル氏はブルケ氏に続いて社員に初めて語りかけた。自らを「家族を大切にする男」であり、「透明性を重視する」と自己紹介した。

ネスレは家族であり、「困難な時代を乗り越えるのに必要なのは家族だ」と締めくくった。

Copyright The Financial Times Limited 2025

英語からの翻訳:宇田薫

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