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ロボットから人間を考える

- ローザンヌ工科大学のAI ( 人工知能研究者 ) フレデリック・カプラン氏とAiboの原型になった犬ロボット swissinfo.ch

ソニーコンピューターサイエンス研究所でロボット犬、アイボ (Aibo)の人工知能開発に7年間携わったロボット工学者、フレデリック・カプラン氏(32歳)が 日本と西欧におけるロボット観の違いを語る。

テクノロジーにかかわりながら、社会について、人間について考えることができるのでロボット工学を選んだという。ロボット工学を通して西欧社会と日本社会の違いを考察する。

 12歳の頃からロボットにかかわる仕事を夢見ていた。限界を超えるオブジェを造りたいという願いが強かった。このカプラン氏の夢は実現し、パリのソニーコンピュータサイエンス研究所で働き始め、Aiboの開発に携わった。現在はローザンヌ工科大学 ( EPFL ) のクラフト研究所で新しくできるラーニングセンターのためのロボット家具を開発中だ。

swissinfo : 日本と西欧のロボット観の違いについて本 ( 『飼い馴らされたロボット』 ) を書かれた理由を教えてください。

カプラン : ソニーのロボット犬Aiboのプロトタイプを、研究するために東京からパリのソニー研究所に持ち帰り、デモンストレーションをしたのです。その時、メディアや人々の反応の日本との違いに気付きました。それがこの本を書く基になりました。

日本ではロボットに対して拒絶感はなく、熱意を持って受け入れられました。これに対して、フランスではこのようなロボットは「危険」とか「子供に悪影響」などと言われ、理性的でない、感情的な拒絶反応が多かったのです。

多くの人はこの差を、テクノロジーが日本人にとても重要だからだと言いました。私はそうではなく、西欧では人間性にかかわる哲学的問題として捉えているのに対して、日本人は単なるテクノロジーと思っているのではないかと思いました。

swissinfo : 西欧では何故、ロボットを恐れるのでしょうか。

カプラン : 西欧ではロボットは「人間とは何か」を定義にかかわるのです。

例えば、チェスがあります。長い間、知性において人間より機械の方が劣るという認識がありました。そして、チェスで機械の「ディープ・ブルー」が人間の世界チャンピオンに勝った時には「これは計算の問題だから良い例ではなかった」、「勝ち方が馬鹿みたいだ」と片付けました。

そこで、次に機械と人間の違いは「感情のあるなしだ」と定義を立てました。すると、感情に似たものを備えたAibo のようなロボットが出てきて、光で感情表現もするようになりました。すると、今度は「それは感情ではない」と言い出した。認識についても同じです。ロボットが何らかの認識を示すと「それは認識ではない」と言い出すのです。差異の定義をまた変えるのです。

このように新しいテクノロジーが人間に近いものを造り出すと不安になるのです。

swissinfo : 西欧ではロボットの進歩を受け入れられないということでしょうか?

カプラン : 人間の定義がロボットに対立するものとして捉えられています。これは根深く、聖書までさかのぼります。まず、神は第1段階で人間の像を作ります。これは陶芸家のような人間のテクノロジーです。第2段階で、その像に息を吹き込みます。人間をつくるには人のテクノロジーと神のテクノロジーの両者が必要ということです。

人間の定義は「機械 ( テクノロジー ) プラス何か」なのです。しかし、その「何か」がはっきりと分かっていないために、新しい機械が現れると常に「人間とは何か」という哲学的問題にぶつかるのです。このため、ロボットが進歩するたびに人間との差異を定義し直すのです。

swissinfo : それでは何故、日本でロボットは積極的に受け入れられるのでしょうか。

カプラン : 明治維新の「和魂洋才」という言葉がありますね。テクノロジー ( 洋才 ) は和魂を脅かすことはないのです。テクノロジーは殻のように外を守るもので、中身に影響を与えないと日本人は考えているのです。

日本の漫画を見てもこれが現れています。『グレンダイザー』や『マジンガーZ』などでも巨大ロボットを操縦するのは人間で、機械と統合することはありません。神道でも人間が造られるというエピソードがありません。ですから、日本ではロボットは西洋のように哲学的な深い意味は与えられていないようなのです。

swissinfo : あなたのお書きになった本では日本の自然観とロボット観を比較していらっしゃいますが。

カプラン : 日本では自然に似せて造った人工的なのものは美しく、ポジティブなのです。日本庭園の美しさもそうです。ですから、ロボットが人間に似ていても問題はありません。

ところが、西欧では「フランケンシュタイン・コンプレックス」に現れるように神話や伝説で人間が人工のものを造ろうとすると必ず、大問題が起こります。神に助けを乞う場合は辛うじて大丈夫ですが。ギリシア神話でもピグマリオンがそうです。

swissinfo : スイスはロボット大国と聞きますが。 

カプラン : ロボットの分野はソフトウエアやコンセプトでは欧米が強く、欧州でもスイスはリーダー格といえます。18世紀に世界で最初のオートマトン ( 自動人間 ) を造ったのはジャック・エドローズというスイス人です。プログラムによって様々な手紙を書くというロボットの元祖で、素晴らしいものです。スイスの時計製造技術からくる緻密さ、正確さが役立ち、人材に恵まれていたのでしょう。

先に述べた、『フランケンシュタイン』も著者の英国人、メアリー・シェリーが19世紀、レマン湖畔を散歩しながら生まれたものです。本の主人公ヴィクター・フランケンシュタイン博士もジュネーブで生まれています。

日本はハードウエアの分野と、他の国では生まれ得ないプロジェクトを開発するところに強さがあります。西欧では産業が役に立たないものを開発するという発想はありません。日本には西欧にはない自由があるのではないでしょうか。Aiboは日本でなければ生まれなかったでしょう。

swissinfo : 未来のロボットの居場所はどこにあるのでしょうか?

カプラン : ロボットの未来は「見えないロボット」にあると思っています。例えば、ロボットと呼びたくないような物、テーブルやランプなど家具にロボット工学が組み込まれるようになるでしょう。人間に似ていないことで抵抗がなく、やりやすいのではないかと思っています。これが私がローザンヌ工科大学に来た理由です。

いま、開発しているテーブルは自らの環境を把握し、反応するものです。例えば、円卓会議で誰かが会話を独占すると赤いランプで示したり、こちらが話し掛けたら振り返る画面などです。

「チリテクノロジー」と呼んでいるのですが、奉仕するよりも「刺激する」ロボット、我々の行動に変化を与えるロボットを追及しています。SF小説に現れるようなロボットマシンよりも、このようにしてロボットが家庭に侵入していくのではないでしょうか。

swissinfo 聞き手、 屋山明乃

人工知能 ( AI ) の大御所、ルーク・スティールズ教授のもとで博士課程を修了し、ソニーのコンピュータサイエンス研究所で7年間勤務。日本とフランスを行き来した。

ソニーの研究所ではロボット犬、Aiboが物を識別したり、名前を覚えたりする、自ら学習する能力を備える開発に携わった。

著書には『ロボットにおける言葉の誕生 ( la naissance d’une langue chez les robots / 2001年 ) 』、『飼い馴らされたロボット ( Les machines apprivoisées / 2005年 ) 』などがある。

現在はローザンヌ工科大学 ( EPFL ) のクラフト研究所で家具ロボットの開発に携わる。

神に代わって人間やロボットといった被創造物を創造することへの憧れと、その創造物によって創造主である人間が滅ぼされる恐れ。

キプロス島の王がガラテアという理想の女性を彫刻し、アフロディテが彫像に生命を吹きいれ、ピグマリオンが妻として迎える。

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