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ベーストンネル建設 計画から完成までの民主的な長い道のり

NEATと書かれた鉄道の標識
25年前の今日、国民投票でアルプス縦断鉄道計画が承認された RDB/Ex-Press/David Adair

世界最長の鉄道トンネルを列車が時速200キロで駆け抜けるようになって1年。だが、同トンネルの建設を含むアルプス縦断鉄道計画が国民投票で承認されたのは、25年も前の今日、1992年9月27日だった。そこからトンネル掘削をスタートさせるまでには、直接民主制を誇るスイスらしく長い年月がかかった。

 ヨーロッパの中央に位置するスイスは、大陸の南北をつなぐ交通の要所となってきた。だが国土の約6割を占めるのは、標高4千メートル級の山を含むアルプスの山塊。人とモノは、遠い昔には足で、馬で、駅馬車で、そして最近では車やトラックで峠を越えてきた。もっと厄介だったのは鉄道だ。急な勾配では列車が空転し、歯車式は小型列車しか運べない。

 ではトンネルを掘るしかない。そうして19世紀にできた最初のゴッタルド鉄道トンネルは、「世紀の工事現場」と呼ばれた。山塊の1千メートル下を通る全長15キロのトンネルの入口は標高1100メートルにある。そのため列車は、急な勾配をできるだけ緩やかにしたループ線を含む、険しい路線を通って入口まで上らなければならなかった。そのようなことから、交通量の増大と技術の発達に伴い、平地に入口を持つ新しいトンネルを作ろうと考えるのは当然のことだった。

五つのルート

 山塊の基底を通るゴッタルドベーストンネルの第1計画が出されたのは1961年。その9年後、政府の委員会が計画概要を承認した。だがここはスイス、連邦制と直接民主制の国だ。スイス政府は、当時のフランスのように単に公共工事計画を発表して着工すればいいわけではなかった。フランスの高速列車TGVの鉄道敷設を進めるTGV計画では、74年に政府が承認、その7年後には高架橋17カ所、橋780カ所(トンネルは無し)、全長389キロが今日の約20億ユーロをかけて完成された。

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アルプスのトンネル建設 最初の一歩は国民投票

このコンテンツが公開されたのは、 1992年9月27日、スイス国民が政府の大型建設プロジェクト「アルプス縦断鉄道計画(NEAT/NLFA)」を承認。計画の一つ、ゴッタルドベーストンネルは2016年末から運用が開始された。 (仏語からの翻訳・由比かおり)

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 だがスイスでは、フランスのように簡単にことが運ばない。アルプス縦断鉄道計画ではまず、各地方を納得させるために、五つの新鉄道ルート外部リンクが検討された。例えば、ローザンヌに住む人にとっては、隣のヴァレー州ではなく遠いスイス東部のグラウビュンデン州にトンネルができてもあまり利益にはならない。その逆も然りだ。88年に計画を受け取った政府は、2年後に決定を出した。採用されたのはヴァレー州のレッチュベルクルートと、スイス中央部のゴッタルドルートの二つだった。

 その結果、フランス語圏と中央地域は満足し、敗者となった東部地域にはゴッタルド線へのアクセスの改善が約束された。

エコロジストとトラック運転手

 政府にとってアルプス縦断鉄道は、旅行者だけではなく、貨物を積んだトラックやトレーラーをそのまま専用の貨車に載せて目的地まで輸送するピギーバック輸送などが可能で、さらにヨーロッパの輸送網に適合していなければならなかった。政府は91年に計画を承認した。

 だが政府の決定に対して3団体がレファレンダム提起を試みた。騒音を懸念して地下にトンネル入口を作るよう求める、北側入口周辺のウーリ州住民の一部と、建設費が膨張し将来ガソリン税が値上げされるのではないかと危惧した輸送業者などだ。

 また、緑の党も費用の膨張を恐れて反対した。前ローザンヌ市長を務めたエコロジストのダニエル・ブレラ下院議員外部リンクは、「どう見ても財源が不確かだった。スイス連邦鉄道や政府が、二つの大型トンネルを救うために多くの小さな駅を廃止する可能性は大きかった」と当時を振り返る。緑の党は必要な署名数を96人上回る5万96人の署名を集めてレファレンダムを成立させた。だが92年9月27日に行われた国民投票では、賛成63.6%で政府の決定が支持された。

 99年7月5日、レッチュベルクで最初の発破が行われ、アルプス縦断鉄道計画の中枢の一つ、レッチェベルクベーストンネル外部リンクが8年後に開通。一方、ゴッタルドベーストンネルは2016年6月1日、欧州の首脳陣が出席して全長57キロの世界最長鉄道トンネルの開通式典が催された。

波及効果

 費用に関しては、反対派の主張は正しかった。当初150億フラン(約1兆7270億円)と見積もられていたアルプス縦断鉄道建設費は、現時点で240億フランに上る。だが、92年9月の国民投票結果は、ブレラ氏でさえ予測できなかった波及効果をもたらした。「レファレンダムが提起され、鉄道トンネルへの市民の関心が高まり、その有用性が明確になった。これがトラック輸送を鉄道輸送に切り替えることを求めた2年後の『アルペン・イニシアチブ』が可決される助けとなったことは確かだろう」(ブレラ氏)

 そして、「アルペン・イニシアチブ」の可決には、「経済団体エコノミースイス外部リンクが、予想に反してトラック通行税を支持したことも一助となった。結果的には波及効果でより良い財源が確保できることになった」と話す。

 貨物の鉄道輸送が広く支持されるようになり、政府は90年代末にトラック通行税の導入外部リンクに踏み切った。輸送業者などが反対し、98年9月27日の国民投票にかけられたが、賛成57%で承認された。今ではヨーロッパ各国がスイスに追随している。

 トラック通行税が導入された結果、アルプスを通過するトラックの数は、記録的数字となった2000年の140万台から14年には100万台を切るまでに減少。それでも、アルペン・イニシアチブが目指し、憲法に明記された年間目標の65万台までは程遠い。

まだ時間がかかる

 スイスのアルプス縦断鉄道計画は、全てが完了したわけではない。レッチュベルクベーストンネルには2本の単線トンネルが建設されるが、その片方は現在3分の1が使用され、残りの3分の2はまだ掘削が終わっていない。そして、チェネリベーストンネル(15キロメートル、ベリンツォーナ-ルガーノ間)が完成するまでは、ゴッタルドベーストンネルを通った列車が、アルプス縦断鉄道計画で約束された所要時間の短縮を実現することはできない。

 更なる工事費の増加と、より早く、より環境にやさしくアルプスを通過する方法をめぐって、これからも議論が交わされそうだ。

(仏語からの翻訳・由比かおり)

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