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スイス政府 段階的な脱原発を決定

2034年以降、スイスで稼働する原発はなくなるかもしれない Keystone

5月25日、スイス政府は今後新しい原発の建設を行わない方針を明らかにした。しかし、現存の原発5基の即時停止はなく、すべての原発は寿命を迎えるまで稼働を続ける。

脱原発による電気供給量の減少は、省エネの推進、水力および再生可能エネルギーによる電力量の増大で補う予定だ。

 原発の寿命を50年とすると、最初に寿命を迎えるのはアールガウ州のベツナウ ( Beznau ) 第1原発で2019年。その後2022年にベツナウ第2原発とベルン州のミューレベルク ( Mühleberg ) 原発が、2029年にソロトゥルン州のゲスゲン ( Gösgen ) 原発が、最後に2034年アールガウ州のライプシュタット ( Leibstadt ) 原発が廃止される見込みだ。

歴史に残る日

 スイス政府の試算では、脱原発にかかる費用は年間20億フランから40億フラン ( 約1877億円から3754億円 ) 。脱原発の方法を定める法律を2012年に連邦議会へ提出する意向だ。

 ドリス・ロイタルト環境・エネルギー相は、今後のエネルギー政策に関する記者会見の場で次のように述べた。

「スイスの未来の電力供給に関する根本的な決定を下すに当たり、内閣閣僚はおよそ4時間協議した。そして、スイス政府から明確なシグナルを送る必要があるという結論に達した。そういう意味で、今日は歴史に残る日だ」

 6月に開かれる夏季連邦議会で脱原発について協議した後、秋までに法案をまとめ、2012年には審議会に提出したいと考える。

分かれる意見

 この決定に対する政界や経済界の反応はさまざまだ。中道の急進民主党 ( FDP/PLR ) は現世代原発の建設差し止めは歓迎するものの、新しい原子力技術まで完全にシャットアウトすることに疑問を投げかける。そのため、10年後に未来のエネルギー政策について国民の意思を問うよう提案している。

 中道右派の国民党 ( SVP/UDC ) はスイス政府の決定に大きく反発。

「電気代の大幅な値上がりや電力不足など、経済界や一般家庭に悪影響を与える恐れがある」

 と批判する。

 一方、ロイタルト・エネルギー相が在籍するキリスト教民主党 ( CVP/PDC ) は

「我が国、我が子どもたち、そして持続的なエネルギー政策にとって有益な、勇気ある決断だ」

 と政府に謝意を表す。社会民主党 ( SP/PS ) および緑の党 ( GPS/Les Verts ) も政府の決定を歓迎しているが、ミューレベルク原発とベツナウ原発を即時停止とせず、全面廃止まで時間がかかり過ぎだと批判している。

 産業界の反応も分かれ、経済連合エコノミースイス ( Economiesuisse ) は「原子力発電に代わる電力をいつどのように確保するか、現時点では分かっていない。いい加減で矛盾した、無責任な決定」とスイス政府を厳しく批判している。また、電力企業協会 ( VSE/AES ) も懸念を表明している。

 喜びを隠さないのはクリーンテクノロジーの推進団体クリーンテック・スイス ( Cleantech Switzerland ) だ。

「脱原発を取り決めることで、持続可能で競争力のある経済体に欠かせない大枠の条件が整った」

 と表明した。

全体的に肯定的な各紙の反応

 翌26日のスイス各紙の反応は、「歴史に残る日」「勇気ある決断」「理性的で首尾一貫している」「スイスの未来に大きなチャンス」など全体的に肯定的なものだった。しかし、度を越しており、楽観視し過ぎだと警告する声も多い。

 例えばローザンヌの日刊紙「ヴァントキャトラー ( 24 heures ) 」は、電気代の大幅値上げなど、この決定が与える影響は多大であり、「無数の未知を抱えた戦略」と表現する。

 ティチーノ州の日刊紙「ラ・レギオーネ ( La Regione ) 」は、政府の決定は力強く、明白な態度を表していると評しながらも

「今日その4割を原発が賄っている電力供給を確保するために、中期的に新しい資源を見つけなければならないことは誰もが承知済みだ」 

 と今後の課題に触れた。

 ジュネーブ州の日刊新聞「トリビューン・ド・ジュネーブ ( Tribune de Genève ) 」も同様の見方だが、福島第一原発の事故後、スイス政府が即座に勇気ある対応をしたことを次のように称賛した。

「世界中があきらめムードで、真の時限爆弾といえる技術にしがみついている中、スイス政府は原発の新築を却下し、段階的な脱原発を提案した」

 

 チューリヒ州の日刊新聞「ターゲス・アンツァイガー ( Tages  Anzeiger ) 」とベルン州の日刊新聞「ブント ( Bund ) 」は、この脱原発政策の先行きはまだ不透明とみる。政府の決定は単なるシグナルであり、「最終的な決定権を持つのは連邦議会と国民」だからだ。

 もう一つのチューリヒ州の日刊新聞「ノイエ・ツルヒャー・ツァイトゥング ( NZZ ) 」は、「政府は確実だったスイスのエネルギー戦略を葬り去った」とかなり批判的だ。

「リスク、そして危機に陥る可能性について客観的な議論が行われなかったことが残念だ。脱原発はただでは行えない。また、その影響を受け入れる覚悟のある人が多数を占めるのかどうかも疑問だ。ここには不確かなエネルギー政策の残存リスクが存在する」

福島第一原発の事故後、EU加盟国の多くで原発に反対する声が大きくなった。しかし、これまで原子力モラトリアム ( 一時停止 ) 命令を下したのはドイツのみ。

加盟27カ国のうち原発を所有するのは16カ国。原子炉は全部で143基あり、発電量全体の3分の1、EU全域の電力消費量の約15%を供給している。

加盟国の多くは過去数年間、気候やエネルギー供給に関する議論の中で原子力エネルギーに重きを置く政策に傾いた。

福島第一原発の大事故後も、根本的な方向転換は行われていない。

唯一ドイツ政府が3月14日、原子力モラトリアムを決定。国内にある17基の原発すべてが安全検査を受け、うち古い原発7基が3カ月間稼働を停止することになった。

一方、フランスでは59基の原発が電力供給量の75%を賄っており、原発を廃止する動きは見られない。

水力:55.8%

原子力:39.3%

その他:2.9%

再生可能エネルギー ( ごみ、バイオマス、バイオガス、太陽光、風力 ) :2%

 ( 出典:連邦エネルギー省エネルギー局/BFE/OFEN )

( 独語からの翻訳・編集、小山千早 )

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