
どうすれば財政に自分の意見が反映される?スイスに見る「財政民主主義」のエッセンス

せっかく選挙で票を投じても、国や地域の財政に私の意見が反映されていない――そう感じたことのある有権者は少なくないのではないだろうか。スイスの財政民主主義を知れば、その実感を取り戻すヒントになるかもしれない。

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消費減税、高校無償化、防衛費の増額幅……7月の参院選では、歳入やその使い道に直結する争点が複数あった。これらを判断材料に投票先を決めた有権者は、自分の意思がその1票を通じて日本の財政に反映されることに期待を込めただろう。
国や地方の財政を民主的手段で決める、という原則は「財政民主主義」と呼ばれる。間接民主制をとる日本では、国民に選ばれた議員が国会で予算を編成することが財政民主主義の支柱とされている。

民意と財政の乖離
だが議会を通すだけで財政が民主的にコントロールされていると言えるのか。茨城大学の掛貝祐太氏(33)は、世界最大の政府債務を抱える日本だが、「実は他の国に比べ、世論は国家予算を削り、財政赤字の縮小を求める声が強い」と指摘する。つまり、国民の声と予算との間に乖離が生じている。
この乖離はなぜ生じるのか?そんな問題意識から、掛貝氏が今年3月に出版した「財政民主主義の地平~スイスの自治・多様性・直接民主主義」は、財政民主主義を実質的なものにするための要素を探った。
掛貝氏は「財政民主主義のない民主主義は、絵に描いた餅だ」と強調する。民主主義の原理が単なる建前やお題目を超えて、経済的実態を伴って保障されるためには、財政民主主義が必要となる」。その手本として分析したのが、本の副題の通りスイスだ。
財政赤字も回避
財政を民主的に決めれば、ポピュリズム(大衆迎合主義者)がはびこり、歳出は膨張していくのではないか――そんな懸念に対して、スイスは良い意味での手本と言える。
掛貝氏は著書で、スイスの1990年代半ばの財政改革も研究した。不動産バブルの崩壊を機に財政赤字に陥っていたが、売上税から付加価値税への移行、債務ブレーキ制度の導入、赤字額の削減目標などの改革により、黒字財政への修正に成功した。掛貝氏によると、当初は「小さな政府」を目指す新自由主義的な改革が提案されたが、複数の国民投票を通じてラディカルな提案を修正していき、同時に増税や財政規律に対する国民の理解が深まっていった。
「スイスでは国民投票でも自治体レベルの住民投票でも、世帯ごとにパンフレットが配られ、財政に関する情報が周知される」。掛貝氏はこうした積み重ねが、国民の財政に対する理解を深めるうえで重要な役割を果たすとみる。
「民主主義そのものが債務危機を招くのではなく、民主主義の形骸化が債務危機をもたらす」
スイスの財政民主主義
民主主義の形骸化を防ぐための要素は何か?掛貝氏は著書で、財政民主主義の確立にはまず「参加」と「熟議」が必要だと論じ、この2点でスイスが特に優れているとみる。
スイスのイニシアチブ(国民発議)やレファレンダム(国民表決)を通じた国民投票は、「参加」による財政コントロールの代表だ。スイス有権者なら誰でも一定数の署名を集めることで国民投票を実施し、市民が自ら考案した政策を実現させたり、議会の決定を覆したりできる。
例えば2024年3月の国民投票では、労働組合の提起した年金支給額の増額案が、政府・議会の反対を押し切って可決された。今年11月には超富裕層への相続税を連邦レベルで課す案が国民投票にかけられる。
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地方レベルではさらに参加色が強い、と掛貝氏は指摘する。約8割の基礎自治体は予算を「住民総会(タウンミーティング)」で予算案を承認している。アーラウ市など、一定額の支出を上回る予算は住民投票にかけることを義務付ける自治体も多い。地方レベルの予算も選挙で選ばれた議員に白紙委任されている日本とは対照的だ。
だが単に多数決で決めるだけでは、少数派の民意は反映されない。そこで話し合いや協議を含む「熟議」が必要となるが、スイスはこれを実現する制度も備えている、と掛貝氏は紹介する。典型的なのは、スイス連邦内閣(政府)が法案を議会に提出する前に、州・自治体や政党、関係団体など利益関係者にヒアリングする「事前聴取」制度だ。
日本にも請願や陳情、パブリックコメントといった「参加」「熟議」の仕組みはあるが、「実際には機能していない」と掛貝氏はみる。地方では住民投票を提起することも可能だが、実施するかどうかは議会の判断に委ねられ、投票結果にも強制力はない。「一定の署名が集まったら必ず投票を実施する、というやり方を、日本にも取り入れていいのではないか」
参加・熟議の限界
だが参加や熟議にも限界はある、と掛貝氏は続ける。話し合いを重ねても利害対立を解消できるわけではないからだ。実際、ドイツ語圏のソロトゥルン州オルテンでは、市議会が可決した増税案にレファレンダムが出されたことで、2019年予算が凍結される事態を招いた。
民意が望ましい財政を実現できるとも限らない。オプヴァルデン準州では2005年、富裕層ほど減税額の大きくなる所得税改革案が州民投票で可決された。
同州に住む富裕層が増えれば州財政は豊かになるが、国全体で見れば州間の競争激化という弊害を生みかねない。掛貝氏は、参加や熟議によって「州内での利害の統一化は図られたといえるが、それはスイス全体の利害の統一にはつながっていない」と指摘する。
そこで歯止め役になったのは、「マイノリティによる異議申し立て」だった。労働党のジョセフ・ジシャディス氏が、新税制は「各人の貢献能力に応じた納税額」を求める連邦憲法に違反するとして、他の州民とともに異議申し立てを起こした。他州の住民だった同氏は原告適格を認められなかったが、住民の訴えは翌年認められ外部リンク、新税制は無効となった。
「合意形成を目指す対話だけを民主主義ととらえると、その中で出た異論が排除されてしまう。異議申し立ては正規のルートではないようにも見えるが、むしろ民主主義の重要なパーツの1つだ」、と掛貝氏はみる。「スイスには社会運動に積極的にコミットする文化があり、違憲抗告が実現する下地となった」という。
「日本ではデモをする人に対して無関係を装ったり、やっても意味がないと思われたりすることが多い」
「政治に影響力」実感
実際、これらの制度を備えるスイス人は、「自分の声が政治に反映されている」という実感を持っている。欧州社会調査(ESS)の最新2023年調査外部リンクによると、スイスで「政治制度は自分のような人々が政治に影響を与えることを可能にする」と考える人の割合は欧州28カ国中トップだった。
こうした実感を持てるのは、国際的には例外的な存在だ。米ピューリサーチセンター外部リンクが北米・欧州や日本など19カ国(スイスは含まない)を対象にした調査外部リンクでは、スウェーデンを除く18カ国で「自国では自分のような人々は政治に影響を与えることができない」と考える人が過半を占めた。
編集:Benjamin von Wyl、校正:宇田薫

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