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ナチの略奪絵画、チューリヒの銀行で見つかる                      

エルサレムに展示されているピサロ作、『モンマルトル大通り、春』もナチが略奪した作品が返還されたものだ

(Keystone)

スイス司法当局はチューリヒ州立銀行の金庫から印象派の巨匠などの少なくとも14点の名画を発見。ヒトラーの側近で、美術品蒐集家ヘルマン・ゲーリング元国家元帥のためのコレクションだった。

チューリヒ検察省はドイツとリヒテンシュタインの依頼を受けて、ナチの絵画収集家だったブルーノ・ローゼが所有していた絵画を押収した。

 この事件を報道したスイスのドイツ語圏週刊誌キャッシュによると、金庫からはドイツのルネッサンス画家アルプレヒト・デューラー、フランスの印象派カミーユ・ピサロ、クロード・モネ、アルフレッド・シスレー、オーギュスト・ルノワールやオスカー・ココシュカ、ヤン・ファン・ケッセルなどの名画14点が見つかった。それぞれ数百万ユーロ の価値のある作品と推定される。

ローゼのコレクション

 キャッシュと南ドイツの日刊紙ジュートドイチェ・ツァイトゥングの調査によると、事の発端は悪名高い美術史家ローゼに関する調査がドイツとリヒテンシュタインで同時に始まったことにある。

 ローゼは第2次世界大戦中、ヒトラーの側近であったヘルマン・ゲーリングの美術コレクションを集めるために、ヨーロッパ中のユダヤ人の美術品を押収した。戦後、ローゼは10年間投獄されたが、その後消息が途絶えていた。ローゼは調査が始まった後に今年の3月、95歳でミュンヘンで死亡している。

ことの発端は恐喝

 絵画発見の引き金となったのはドイツのユダヤ系出版社社長サムエル・フィッシャーの姪が訴訟を起こしたことによる。1938年にフィッシャーが所有していたピサロ作の『マラケ河岸、春 ( Le quai Malaquais, Printemps ) 』がナチに略奪された。フィッシャー一家は戦後、この絵画を取り戻そうと躍起になったが消息がつかめなかった。

 ところが今年1月、チューリヒで2人のディーラーがフィッシャーの姪に接近し、ピサロの絵画の写真を見せたうえ「本来の18%の価格で売り渡す」と申し出てきた。この男の1人がミュンヘン出身だったため、フィッシャーの姪はミュンヘンで告訴したことから、ドイツで調査が始まった。

 ジュートドイチェ・ツァイトゥング紙によると、このピサロの絵画は500万ユーロ(約8億2000万円)と推定され、ディーラーが求めた額は90万ユーロ(約1億5000万円)ということになる。

リヒテンシュタインとの繋がり

 リヒテンシュタインではある信託会社の告発を受けて司法当局の調査が始まった。この信託会社が管理を任されていた芸術 ( Schoenart ) 基金の目録にある美術作品が盗品ではないかと疑ったからだ。この基金が実はローゼのもので、絵画は1978年からこのチューリヒ州立銀行の本社の貸し金庫に預けられていた。

略奪品か?

 ジュートドイチェ・ツァイトゥング紙によると、ミュンヘンのディーラーはピサロの絵画について、1950年代に正式にローゼから買い取ったと主張している。ミュンヘンの検察官はこのディーラーは恐喝を否定しており、仲介人の報酬としては当然と口述しているという。

 ミュンヘンのディーラーはローゼの芸術基金を管理する委任状を持っており、これまでも何度も金庫を訪れ、美術品を鑑定したりしていた。ここ数年間で10点以上が銀行から持ち出されたという。司法当局によるとこれらの作品の出所について1点だけは明らかだが、ほかの作品については現在、調査中という。

swissinfo、外電  屋山 明乃 ( ややま あけの )

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ドイツでは昨年末、絵画返還で一騒ぎあった。ベルリンのブリュッケ美術館の目玉商品だった表現主義の画家エルンスト・キルヒナーの代表作『ベルリンの街頭の風景』が、ユダヤ人実業家アフルレート・ヘス氏の子孫に返還されたからだ。この返還はヘス氏が1936年にナチの圧力により『ベルリンの街頭の風景』を手放したことによる。

1933年以降、多くのユダヤ人がナチの略奪を恐れてスイスに財産を移した。幾つかの芸術作品はナチ時代に売りに出されたが、問題はナチの圧力により強制的に手放すことになったかどうかにある。

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