
スイス、中絶費用が全額健康保険適用に コッソリ?議会通過

スイスでは2027年から中絶費用が健康保険で全額カバーされる。関連法案が連邦議会で大きな議論もなく「コッソリ」と可決された理由とはーー。

おすすめの記事
「スイスのメディアが報じた日本のニュース」ニュースレター登録
医療制度のための「コスト抑制パッケージ2」。2025年3月に議会で可決されたこの名称に、健康保険会社の支出増を示唆する文言は見当たらない。賛否の分かれる中絶に関する重要な変更が含まれていたと想像する人はいなかっただろう。
中絶費用の免除に関する項目は法案に最初から含まれていた。しかし、事前審議した保健委員会で異議が出なかったため、連邦議会でもこの点について明確な議論が行われないまま可決された。スイス政界では珍しい出来事だ。
8月末、独語圏の日刊紙ターゲス・アンツァイガーが報じた外部リンクことで、初めて大きく注目された。
20年前に中絶が合法化
スイスでは2002年の国民投票で、妊娠12週までの中絶の合法化が可決された。「期限規制」とも呼ばれるこの規定は02年10月1日に施行。「自身が困難な状況にあると妊婦が書面で申請し」、妊娠12週以内に有資格の医師によって中絶が行われた場合は刑法上の処罰の対象外となった。
現行法では、妊娠・出産の医療費が全額保険適用されるのは妊娠13週以降だ。今回の法改正で、この保険適用が妊娠開始時からとなる。中絶も含まれる。
これは、社会政策上の大きな変更を意味する。経済的に困窮する若い女性は、月々の保険料は安く、その代わりに自己負担額が高い保険モデルに加入していることが多い。スイスでは中絶(薬による中絶含む)は500~3000フラン(約9万円〜56万円)と比較的高額だ。
中絶費用を払えない低所得の女性たちは民間の支援団体や、社会福祉に頼るしか選択肢がなかった。
左派は歓迎、保守派は失望
左派政党は、この変更には大きな意味があると強調する。社会民主党(SP/PS)のマティア・マイヤー共同代表は「フェミニズムにおける画期的な出来事」と表現した。
保守系からは怒りの声が上がる。超保守派・連邦民主同盟(EDU/UDF)のアンドレアス・ガフナー下院議員は独語圏の日曜紙ゾンタークス・ツァイトゥングの取材に「無料中絶について知った時には時すでに遅しで、議会での議論を強制する動議を出せなかった」と語った。
また別の地域紙では、ある読者が「なぜ健康保険料を支払うすべての人がこの忌まわしい制度に資金援助をしなければならないのか理解できない」と訴えた。
リベラル支持者の一部も、メディアの読者コメント欄で不快感を示した。特に、「軽率な行動」をとった高所得者の中絶費用もカバーされることに不満をあらわにした。
医療費の支出増には原則反対する球審民主党(FDP)でさえこの措置には反対していない。FDP女性部会長で小児科医のベッティーナ・バルマー下院議員もターゲス・アンツァイガーに対し「細胞をほとんど破壊しない中絶は、永続的な負担と危機をもたらす出産よりも賢明な選択肢だ」と述べ、この決定を支持した。
リベラルな慣行、低い中絶率
12 週という期限は、世界で最も進歩的な国々と比べれば依然として保守的だ。これは、米研究機関がまとめた世界各国の状況を見てもわかる。
たとえば、スペインとフランスでは通常14週まで、デンマークとスウェーデンでは18週まで、ニュージーランドでは20週まで中絶が認められている。
カナダでは、連邦法では期限を設けていないが、実際には制限がある。通常、病院は特別な場合に限り妊娠後期の中絶を行っている。
フランス、デンマーク、カナダなどは、中絶が健康保険で全額カバーされる。一方、ドイツやオーストリアでは、原則自己負担となる。
日本では母体保護法により、妊娠22週未満の中絶が認められている。

おすすめの記事
欧州の中絶事情 多くの国で権利の保障まだ遠く
スイスの中絶事情は?
国際比較では、スイスは中絶件数が最も少ない国の1つだ。2015年から2019年のデータを用いた大規模な国際調査では、スイスとシンガポールが、女性1000人あたりの中絶件数が年間5件と最も少なかった。
学校での性教育が義務付けられていること、またスイスの購買力や避妊薬の入手が容易であることも一因だと考えられる。
連邦統計局の最新統計によると、国内の妊娠中絶率はここ数年で大きな変化はない。特に15歳から19歳ではその割合が著しく低い。
独語からの翻訳:宇田薫

おすすめの記事
社会

JTI基準に準拠
swissinfo.chの記者との意見交換は、こちらからアクセスしてください。
他のトピックを議論したい、あるいは記事の誤記に関しては、japanese@swissinfo.ch までご連絡ください。