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亡命先で反体制運動を続ける香港の活動家たち スイスにも団体拠点

機動隊にねじ伏せられるデモ参加者
2020年6月12日、香港の銅鑼湾で行われた「香港国家安全維持法」への抗議活動で、デモ参加者を取り押さえる機動隊 Copyright 2020 The Associated Press. All Rights Reserved

中国政府が香港の反政府運動への弾圧を強化してから5年。ある人権団体が香港事務所を閉鎖し、拠点をスイスの首都ベルンに開設した。亡命者を積極的に受け入れているわけではないスイスを選んだ背景には、急速に発展する人工知能(AI)の存在がある。

香港の民主活動家にとって、スイスは中国政府からの弾圧に抵抗するための拠点として意外な場所に思える。

イギリスやアメリカ、カナダにそれぞれ約25万人ずつ、計75万人の香港出身者が暮らしているのに対し、スイスが受け入れたのは1000人余りにすぎない。

香港で市民の政治的権利が剥奪された2020年以降、一部の国は香港市民に特別ビザや優先居住許可制を導入したが、スイス連邦政府はそれに追随しなかった。

それでも人権団体アムネスティ・インターナショナルは今年4月、中国南部にあった香港事務所を閉鎖し、スイスの首都ベルンに新たな拠点を設置外部リンクした。旧事務所は、恣意的な襲撃、逮捕、起訴を可能にする「香港国家安全維持法(国安法)」の施行以来、スタッフの身に危険があり閉鎖せざるを得なくなった。

ベルンを選んだのは、スイスが個人のプライバシーを法的に強力に保護し、政治的安定と法の支配を確立しているからだ。ベルンで「アムネスティ・インターナショナル香港海外支部(AIHKO)」に生まれ変わり、香港市民は亡命先のオーストラリア、カナダ、台湾、イギリス、アメリカなどで活動を続けている。

AIHKO理事を務める元香港立法議員の張超雄(フェルナンド・チュン)氏は、「スイスにはスタッフや支援者、その他の利害関係者の個人情報を保護する強力な法的保障がある」とスイスインフォに語った。スイスは強固な法制度と安定した社会環境を備え、「市民社会団体、特に私たちのような人権擁護団体が支障なく活動できることを保証してくれる」

AIの脅威

あらゆる権利団体にとって、厳格な情報保護法のある法域を選ぶことは重要度を増している。政府、テック企業、犯罪組織によるデータ収集の増加に加え、データ保存費用の急落と人工知能(AI)による巨大データセットの分析により、収集された情報は永久に保存され、効果的に処理される可能性がある。

メディアの独立・自由を推進するトムソン・ロイター財団は昨年、「データ保護~慈善団体と非政府組織のためのガイド外部リンク」を出版した。中国は究極の監視国家であり、国内外で監視能力を行使し、反政府勢力を危険にさらしている。

データプライバシーについては、欧州連合(EU)の「一般データ保護規則(GDPR)」が世界標準になりつつある。非加盟国のスイスも2023年からGDPRに準拠し、スイスの機関はシステムやサービスに安全対策を組み込む必要がある。事前の同意なしに必須でないデータを収集することも禁じられている。

対照的に、ドナルド・トランプ米大統領は3月、情報を一元化し、政府機関内の情報共有を安易にするための大統領令を発令した。国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチはこれに対し、現在のアメリカのプライバシー法は1970年代へと時代を逆行するもので、「現代のデータ保護のニーズを満たしていない」と批判した。

カナダの電子プライバシーに関する法律強化の取り組みは、政党間の対立で行き詰まっている。イギリスでは法整備の簡素化を盛り込んだデータ利用・アクセス法が今年成立したものの、実際には保護水準を弱めているという批判に直面している。オンラインの自由を擁護する欧州最大のネットワーク、ヨーロピアン・デジタルライツ(EDRi)は、EUに対しイギリスの保護措置の「後退」に追随しないよう求めた。

監視の証拠

AIの発達は、中国のような非民主主義国家に新たな監視手段を与えている。これに伴い、法的なデータ保護はさらに正当化される可能性がある。

生成AIのChatGPTを開発する米オープンAI(サンフランシスコ)は2月、中国の団体が同社の大規模言語モデル(LLM)を利用し、西側諸国のSNS上の反体制的な投稿を自動収集・報告するAIツールを開発したと発表外部リンクした。オープンAIがこうした活動の証拠を入手したのは初めてのことだった。同社は、中国の反体制派を批判する英語の投稿を生成するために、他のアメリカ製技術も利用されているのを確認したと指摘した。

香港から逃亡した活動家たちが亡命先で反政府組織を設立したことを受け、中国政府は海外の人権擁護活動家への攻撃を強化している。活動家らは繰り返し嫌がらせや攻撃を受け、香港に残る家族も迫害されている。

AIHKOの邵嵐(ジョーイ・シウ)理事は、香港当局から「外国または外部勢力と共謀」して国安法に違反した容疑で指名手配され、100万香港ドル(約1980万円)の懸賞金がかけられている。邵氏は1月、「偶発的な出来事に備えた生命保険や、死亡した場合の葬儀・埋葬費用の補償」を提供するという内容のメールを受け取ったことを明らかにした。「明白な脅迫手段だった」と語る。

香港警察は5月、アメリカを拠点とする民主化運動団体、香港民主評議会(HKDC)の郭鳳儀(アンナ・クォック)事務局長の家族に狙いを定め、郭氏の父親と兄弟を逮捕した。容疑は「関連する逃亡者が所有または管理する資金、その他の金融資産、または経済資源を直接的または間接的に取り扱おうとした」というものだった。

反体制活動家が海外でも標的に

劉珈汶(カルメン・ラウ)氏は2021年にイギリスに移住し、香港開発委員会の上級国際アドボカシーアソシエイトとして働く。だがイギリス警察は今年8月、劉氏に活動自粛を求め、抗議活動などの公共の集会への参加を控えるよう促した。英紙ガーディアンによると、劉氏に関する情報提供や本人を当局に連行した者には10万ポンド(約2000万円)の報奨金を出す、という手紙が近隣住民に送られた。

2020年に中国政府が地方政府の反対を無視して国安法など反政府運動を事実上禁止する法律を制定した後、こうした香港の活動家らは故郷を離れざるを得なくなった。

たくさんのマイクを向けられる男女
2019年8月、香港の地方法院前で取材に応じる民主活動家の周庭(アグネス・チョウ)氏(左)と黄之鋒氏。周氏は20年に「無許可集会を扇動」した罪で収監された後、カナダに亡命。黄氏は今も収監されている Copyright 2018 The Associated Press. All Rights Reserved

その発端は、香港市民を中国本土の裁判所で裁くことを可能にする「逃亡犯条例」改正案だった。香港市民は改正案の撤回を求めて抗議活動を行ったが、やがてより広範な民主的権利を求める闘争に発展した。

その当時、国安法の定義があいまいだったためアムネスティ・インターナショナルの香港事務所のスタッフの間で「どのような活動が刑事罰につながるかは分からない」という懸念を引き起こした。香港事務所は大公報などの親中国の香港メディアから批判を浴びた。事務所スタッフは外国勢力と共謀しており、香港の不安定化を狙う西側諸国政府の代理人として描写された。

このため、アムネスティは2021年、香港事務所2カ所の閉鎖を余儀なくされた。そして、閉鎖したのはアムネスティだけではない。

英リーズ大学政治国際学部のマイケル・モー元博士研究員外部リンクによると、2020年6月の国安法施行以来、58以上の香港の民間社会団体が解散した。アムネスティ外部リンクは、100以上の非政府組織やメディアが閉鎖・撤退したとみている。

報復の脅威

アムネスティのように、多くの同様の団体が香港外に設立されている。アメリカの香港民主評議会や、イギリスの香港ウォッチなどがその例だ。世界的なネットワークを拡大し、在外香港市民の組織と連携。香港における人権侵害を記録し、国際的な議論を呼ぼうと奮闘する。

亡命中であっても中国の影響力を恐れる活動家は多い。スイスインフォがこの件について取材を申し込んだ人々の大半は、インタビューを拒否した。

匿名を条件に応じた活動家の1人は、「今は海外在住の香港人にインタビューするのにふさわしいタイミングではない」と語った。「多くの人が沈黙を守り、目立たないようにしている。家族全員が海外に移住した人だけが、ようやく声を上げている」

中国とその国家主義的な先導者たちは、そうした恐怖心を煽るための手段を尽くしてきた。

英BBCは5月、香港出身の親中派活動家、鄧德成(イネス・タン)氏がスイスに移住してメディア企業の設立を目指していると報じた。鄧氏は国安法違反の疑いで数十人を当局に告発してきた人物だ。スイスインフォは、スイス国内で該当するメディアを見つけることができなかった。BBCによると、鄧氏はジュネーブの国連欧州本部を定期的に訪問し、香港問題に対する中国の見解を伝える会議で講演を行っている。

スイスに亡命中のジェームズ・サン氏(仮名※)は、「スイス在住の中国人や香港人が、ここで民主化運動に関わっている香港人の名前や情報を収集し、国安法違反で私たちを非難しているのではないかと心配している」と打ち明ける。サン氏は2019年、チューリヒの中国領事館前で行われた逃亡犯改正案への反対運動「香港に連帯」に加わったことがある。

サン氏は、今ではSNSで香港の政治について語らなくなった。だがAIHKOのような人権活動の海外拠点の開設は、香港の人々の意見を結集し、強化する機会だと捉えている。

「私は永遠に沈黙し続けたくない」

※スイスインフォの取材に応じた人物の身を守るため、本人の要望により仮名を使用しました。

編集:Tony Barrett /vm/sb、英語からの翻訳:ムートゥ朋子、校正:大野瑠衣子

※安全上の理由で、本記事の筆者は匿名にしています。

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