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スイス直接民主主義の伝統「住民総会」って何?

チューリヒ州郊外の自治体バッサーズドルフ。毎夏、村の中央広場で住民総会を開き、村の重要事項を投票で決める。写真は2017年7月に撮影
チューリヒ州郊外の自治体バッサーズドルフ。毎夏、村の中央広場で住民総会を開き、村の重要事項を投票で決める。写真は2017年7月に撮影 Thomas Kern / SWI swissinfo.ch

スイスの多くの自治体では選挙で選ばれた議会が存在せず、有権者による住民総会(Gemeindeversammlung/assemblées communales)が自治体の予算や条例などの重要課題を投票で決める。どんな仕組みなのか。

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住民が一つの場所に集まり、自分の住むまちに直接関わる重要事項を話し合って決める。「直接民主主義」の象徴とも言える制度だ。

政治学者フィリップ・ロシャ外部リンク氏は「集会型民主主義は一般的に、コミュニティにおける民主主義組織の形態として最も古く、最も直接的なものだと一般に考えられている」と説明する。根底にあるのは、対等な人々が対等な立場で向き合うという理念だ。

スイスの全2121自治体(2025年初時点)のうち、住民総会がある自治体はスイス国内で1650を超える。政治課題の是非を決めるのは選挙で選ばれた地方議会ではなく、有権者自身だ。スイス有権者のほぼ半数が自分の住む自治体の総会に参加し、投票で賛否を決める。

村でも都市でも

住民総会を持つ自治体の規模は、人口数十人の小さな村から人口約3万人の都市ラッパースヴィール・ヨーナまで様々だ。

多くの自治体では年2回、有権者の自宅に招集通知が議題一覧や予算書などの資料とともに届く。

集会当日、住民は自治体のホールや体育館に集まって議論し、挙手で決定を下す。希望があれば秘密投票にすることもある。

慣習は地域ごとに異なる場合もある。人口2万2000人のチューリヒ州ホルゲンでは、起立して賛成を示す。元町長の言葉を借りれば「ホルゲンでは、自分の意見を堂々と示す」。

スイスの政治制度の基盤には「広義の民兵制(Milizsystem/système de malice。以下・民兵原則」がある。制度の解説はこちらの記事へ。

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米国やドイツのタウンミーティング

住民総会はスイスの政治制度の特徴の1つで、国際的な注目を集める。最近では米誌ナショナル・ジオグラフィックがグラールス州の「ランツゲマインデ(青空集会)」を特集した。しかし、地域の有権者が1カ所に集まり直接民主制の下意思決定を行うという仕組みは、スイスの専売特許ではない。

政治学者ミヒャエル・シュトレーベル氏は、住民総会が戦後ドイツでも普及していたと指摘する。ドイツ基本法は住民総会を地方議会の代替として認めている。現在もシュレースヴィヒ・ホルシュタイン州の約25の村が、何らかの形でこの住民総会を維持しているという。

またシュトレーベル氏は、タウンミーティングと称する米国の一部地域でみられる集会にも「一定の類似点がある」と指摘する。「これは米国の一部の自治体で行われている市民集会で、有権者が地方政治のさまざまな側面について決定を下す。その決定は時に拘束力を持つこともある」

住民総会がある自治体の有権者は皆投票カードを持つ
住民総会がある自治体の有権者は有権者カードを持つ Keystone / Gian Ehrenzeller

「握手で終わる」民主主義

「この制度から他の地域が学べることは?」――米AP通信は2024年、バーモント州のタウンミーティングに関し、こんな見出しのルポルタージュ記事を配信した。参加者は率直に意見をぶつけ合い、最後には隣の人と握手して終わる。

スイスでも多くの人が、住民総会を意見交換と和解の場と見なしている。住民が地域の実権を握る政治家と直接対峙できるほか、対立する政治陣営の有権者がひざを突き合わせて対話する場にもなる。

シュトレーベル氏は「私の経験では、直接参加の機会こそ非常に重視されている。そこに長き伝統という特性が加わる」と話す。「住民総会には明確な権限と責任範囲がある。それがゆえに決定も拘束力を持つ」

ドイツ語圏でなお根強い人気

「有権者が地元政治にじかにフィードバックを与えられる住民総会は、直接的な政治参加手段とみなされている」とシュトレーベル氏は語る。自身もソロトゥルン州都の住民として、地元の総会に参加している。

ロシャ氏は、住民総会の存在意義は「熟議(ディリベレーション)の機会」にあると強調する。投票とは異なり、総会では強い意見だけでなく疑問点も口にできる。「異なる見解を恐れずに表明できる文化」がそれを下支えしているという。

住民総会は特にドイツ語圏の州に多い。フランス語圏のジュネーブ州やヌーシャテル州では地方議会の設置が義務づけられている。ドイツ語圏では住民総会の仕組みを支持する人が多く、地方議会設置に関する近年の住民投票はほとんどが否決されている。

参加率は低いが…

制度の支持者は多いが、実際に参加する人はそれほど多くない。
住民総会への出席率は、一部の大規模自治体で10年前にはすでにわずか0.8%に低下している。一方、独自の組織形態を持つ小規模自治体では45%近くが参加した。 政治学者アンドレアス・ラドナー氏(故人)の2016年の推計によると、全国で毎年約30万人が住民総会に出席していた。すべての住民総会に関する最新の統計は存在しない。

空席が目立つ住民総会
空席が目立つ住民総会 Thomas Kern / SWI swissinfo.ch

シュトレーベル氏が個々の自治体を分析したところ、「参加率は一けた台だった。これらは地方議会設置を議論していた自治体だ」という。

その一方で、「住民総会は実際の参加率にかかわらず、政治的意思決定の場、直接民主主義の場として理解されている」と話す。

ロシャ氏も「参加率が低くても、住民総会の決定は概して広く受け入れられる傾向にある」と話す。

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少数による決定、帰化拒否、サッカー場の芝生問題

住民総会を支持しない人たちは、この参加率の低さによる弊害を批判する。つまり少数の出席者が全住民の利益を決めてしまう、あるいは行政側が、自らに有利な投票結果へ導くために動員をかけることができてしまう、という指摘だ。

多くの自治体では、帰化(市民権の付与)の是非も住民総会で決める。しかし日曜に芝刈りをしている、日常的にジャージを着ているなどの理由で帰化申請が否決され、人種差別や恣意的判断だと批判を浴びるケースに発展することも少なくない。

参加率の低さを利用して、特定の利益団体が特定の住民総会に動員をかけることもしばしば話題になる。こうした動員によって、自らの利益のために地域の予算を繰り返し振り分けることが可能になる。例えば高額な人工芝サッカー場の新設などだ。
シュトレーベル氏は「よく知られた現象だ。特定のグループが強く動員して勝利する場面を私自身も見た」と話す。
ただし、それが全体としてどの程度頻繁に起こっているかは不明だ。

「こうした一方的な動員を緩和する一つの方法は、住民総会の決定を最終的に住民投票にも付す」仕組みだとシュトレーベル氏は言う。実際に、一部の自治体はこうした規則を設けており、一定額以上の支出を伴う決定は住民投票を義務付けている。

ロシャ氏は自身の研究で、こうした否定的な例とは対照的に、住民総会には「公共善の道徳」が根付いていると指摘する。「特に大規模自治体においては、出席者が欠席者に対する責任を負う」。つまり投票では単なる自己利益ではなく、共同体全体の利益を見据えた行動がみられるという。

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編集:Marc Leutenegger、独語からの翻訳:宇田薫、校正:ムートゥ朋子

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