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スイスで進むジェンダー医療研究 「分断」批判に負けず

診察する女性医師
女性患者は男性よりも診断が遅れることが多く、薬の副作用が報告される割合も高い Keystone / Christian Beutler

ジェンダー医療は世界的に注目を高めつつあるが、資金不足と政治的反発が大きな障壁として立ちはだかる。それでも歩みを止めないスイス人医師たちの原動力は何か?首都ベルンで開かれた国内初のシンポジウムを取材した。

カロリン・レルヒェンミュラーさんは昨年、スイス初のジェンダー医療の正教授に就任した際、スイスインフォに「マスコットにはなりたくない」と語った。チューリヒ大学のドイツ人心臓専門医である同氏の目標は、ジェンダー医療を「本格的な学術分野」として確立することだと話した。

レルヒェンミュラーさんは20日、ベルンで開催された第1回スイスジェンダー医療シンポジウムで同じ言葉を繰り返した。「始めは先駆者がいることが重要だ。だがジェンダー医療が存続するためには、個人に依存してはならない。制度化される必要がある」

ジェンダー医療は、健康と疾病が性差やジェンダー(社会的性)の影響を受けることを認識し、生物学的側面と社会文化的側面を研究、医療実践、教育に統合することを目的とする新たな分野。

性は染色体やホルモン、解剖学的構造などの生物学的特性を指す。これらは例えば疾患の発症や薬物の代謝に影響を与える。ジェンダーは社会的・文化的役割やアイデンティティを指す。例えば人々が医療を求める方法、症状が伝えられたり認識されたりする方法、個人が日常生活で直面するリスクやストレス要因の種類などに影響を与える。

出典:チューリヒ大学

その目標に向けて多くの目標が達成されている、とレルヒェンミュラーさんはスイスインフォに語った。現在、スイスにはジェンダー医療学会が設立され、ジェンダー医療に関する国家研究プロジェクトが進行中。心臓病学における性差とジェンダーを考慮するためのガイドライン草案も作成されている。

しかし世界に目を向けると、ジェンダー医療は逆風に直面している。ドナルド・トランプ米大統領は就任以来、職場や研究分野におけるダイバーシティ(多様性)やインクルージョン(包摂)に対し、全面的な攻撃を仕掛けてきた。

米保健・科学当局は何百ドルものプロジェクトへの資金援助を打ち切り、ジェンダーの多様性に関するウェブページやガイダンスを削除した。製薬会社も圧力を受け、多様性や公平性、包摂に関する主張や目標を後退させた。

レルヒェンミュラーさんは直接的な影響は受けていないが、「世界最大の公的資金提供者が大幅な削減を行うと、それは誰にとっても問題だ」とスイスインフォに語った。

ジェンダー医療の推進者は多く、レルヒェンミュラー氏女は楽観的だ。「多くの米国専門家が、前より熱心に欧州との連携を求めている」。またスイス政府がこの10年、指導者層にジェンダー医療の推進を働きかけてきた結果、「スイスはこの分野で存在感を増している」という。

それは10月20~21日にスイスの首都ベルンで開催された「第1回スイスジェンダー医療シンポジウム」でも明らかだった。学会、産業、公的部門から約280人が参加し、うち12%はスイス外からの参加だった。

研究資金の壁

スイスのジェンダー医療分野には課題が山積する。米国の政治的逆風に加え、資金調達の道はごく限られている。

スイス国立科学財団(SNF/FNS)は2023年末、「ジェンダー医学と健康」に関する初のプログラムを開始した。年間総予算4700万フランのうち、1100万フラン(約21億万円)を充てた。研究者389人から約140件の提案が提出されたが、予算の都合上、採択されたのは19件にとどまった。

「寄せられた提案の数こそが、スイスでこのテーマに関心を持ち研究できる人材がいる証だ」。シンポジウムでレルヒェンミュラーさんはこう語った。「実行するための資金だけだけが足りていない」

チューリヒ動物園が象の飼育施設に2年間で5700万フランを費やしたことを考えれば、5年間で1100万フランなど微々たる額だ。「これほど複雑で重大な課題に対して、支出額があまりにも少なすぎる」。バーゼルで女性の脳財団外部リンクを設立した医師兼神経科学者のアントネッラ・サントゥシオーネ・チャダさんはこう嘆く。「女性に関する研究は1世紀分遅れている」

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科学財団のプログラムは、他国に遅れを取ってきたスイスにしては前進と言える。ローザンヌ大学一般医学・公衆衛生センター(Unisanté)が国内初の試みとして、医学部に性・ジェンダーが健康に及ぼす影響に関する科目を導入したのは2019年になってのことだった。アメリカやドイツ、スウェーデンに大きく遅れた。

分断しないジェンダー

レルヒェンミュラーさんによると、今も最大の課題は人々にジェンダー医療を理解してもらうことだという。  

「ジェンダーという言葉は一部の人々にとって分断的な言葉かもしれないが、医学の文脈における言葉の意味を理解していないからだろう」

ベルン大学病院(インゼルシュピタル)のグイド・ベルディさんのような外科医にとって、特に肝臓移植の場合、性別とジェンダーへの配慮は非常に現実的で、命を左右することになる。

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例えば、男性患者ではアドレナリンがより速く放出されるため、手術中に血圧が低下した時に保護する機能を持つ。一方、女性は主要「ストレスホルモン」であるコルチゾールをより長時間分泌し、治癒を促す。女性が手術後の回復が早い理由を説明できる可能性がある。

こうした男女差は、解剖学的特徴だけでは説明できない。ベルディさんはベルンでのシンポジウムで、女性は手術の実施時期が遅れがちで、最先端の手術法が提供される機会も少ないと説明した。「患者の性別は手術への反応を決定し、ジェンダーは治療のタイミングと方法を規定する」。生物学的要因と社会的要因を考慮することで、患者一人ひとりに合わせた個別化されたケアが保証されると主張した。

性別とジェンダーについては、年齢層によって異なる点などまだ理解されていないことが多く、さらなる研究が必要だとベルディは訴えた。

スイスの先駆者たちは、「ジェンダー医療」が政治的にデリケートな用語であることを認識している。シンポジウムを恒例イベントとすることで、医療専門家だけでなく政治家やビジネスリーダーも参加する場としたいと考えている。

ジェンダー医療国家プログラム運営委員会の委員長を務めるキャロル・クレールさんは、「アメリカの現状を見ると、スイスでのジェンダー議論は反発を引き起こすリスクがある」と強調した。「分断させないための努力が必要だ」

編集:Virginie Mangin/sb、英語からのDeepL翻訳:ムートゥ朋子

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