宇宙科学を芸術品に 中国・スイスがコラボアート
スイス・中国の国交樹立75周年を迎えた今年、文化交流や観光分野で様々な共同イベントが企画されている。北京で開催された科学と芸術を融合したアート展もその1つだ。両国の専門知識を集結し、宇宙に関するデータを形ある芸術作品に作り替えた。
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※本記事の原文(イタリア語)は2025年9月1日に配信されました。
指先1つで100億光年の空間を駆け抜けると、複雑に絡み合あい地球の周りを浮遊する宇宙ゴミの網が目の前に現れる。聞こえてくるのは、宇宙で軌道を旋回する衛星が収集したデータをもとに紡ぎ出される宇宙の音楽。そんな世界を想像してみて欲しい。
今年7月~10月中旬、北京・天安門広場の中国国家博物館で開催された展覧会、「宇宙の考古学:時空の探検外部リンク」は、まさにそんな世界を体験するものだった。
スイス・中国共催の本展は、スイス連邦工科大学ローザンヌ校(EPFL)の協力のもと、北京名門の精華大学天文学部、美術学院の後援を受けて実現した。
宇宙データが形ある芸術に
展覧会の特徴は、宇宙の歴史をたどるインタラクティブで没入型の旅。ここでは天体を、宇宙誕生の瞬間から貴重なデータを閉じ込めてきた「化石」としてとらえている。
宇宙考古学はこうした「遺物」、つまり最も古い天体や構造などを観測・解析して宇宙進化の軌跡をたどり、「宇宙の年代記」の編纂を試みる学問だ。
本展のキュレーターを務めたサラ・ケンダーダイン氏は、 「それは、抽象的なデータセットを可視化し、宇宙をとらえる新たな視点や対象を提供することから始まる」と説明する。EPFLで教鞭をとる同氏は、人工知能(AI)と科学データを融合させる「計算ミュゼオロジー」における先駆的な研究で国際的に評価されている。
その核心にあるのは、古代から人類を魅了し続ける「宇宙の地図化」という願いだ。星図を描くためにその時代ごとに様々な道具が使われ、何千年もかけて膨大な情報と知識が蓄積されてきた。ケンダーダイン氏は、「だがこうしたデータは非常に抽象的で、簡単には理解できない。本展の狙いは、データを形あるものとして提供し、人々が自ら宇宙を探究できるようにすることだ」と述べる。
展覧会は、「道具と技術―宇宙をマッピング」「ビッグデータの星空」「持続可能な宇宙」「未来・恒星間の旅行」の4つのテーマに分かれた、展示ブース8つで構成。来場者がインタラクティブなデジタル展示や動く彫刻作品、未来的なデザイン作品の間を自由に見て回れるようにした。
展覧会の初日、来場者たちは驚きと興奮に包まれていた。博物館業界で働く帳さんは、「リモコンを操作すると各国が各年代に排出した宇宙ゴミが見られる」と興奮気味に話した。
弁護士の魏さんは、過去の遺物を現代の言葉に見事に翻訳する展示手法に感銘を受けていた。「芸術、歴史、天文学が一体となっている。ここに来てとても刺激を受けた。子どもを連れてまた来るつもりだ」と話した。
「中国はより詩的」
この展覧会はもともと、3年前にEPFLで開催外部リンクされたものだった。その後中国で巡回しており、上海天文博物館、広東科学センターを経て、現在の北京開催が4カ所目になる。
ケンダーダイン氏によれば、この展覧会では中国が重要な役割を果たした。西洋の展示はより教育的・解説的なアプローチを取る傾向があるのに対し、中国の表現はより詩的であると説明する。
「この展覧会には素晴らしい詩的な感覚が漂っていて、それが大きく貢献している。上海への巡回が決まった時、中国のアーティストに参加して欲しいと考えた。自然なことだった。中国の科学・天体物理学分野は高く評価されているだけではなく、宇宙やデザイン産業にも実力がある」
展覧会の主な目的の1つは、人類の宇宙探究の歴史を多角的な視点から紹介することだ。 中国の宇宙探査の歴史は非常に古く、最初の天文記録は動物の骨に刻まれている。展示された遺物の中には南宋時代の天文図碑もある。2部に分かれた上部には1434個の星を描いた星図、下部には天体の運行理論や季節の周期、暦の計算に関する解説文が刻まれている。
この卓越した作品は、欧州の同時期(1127年)の星図よりはるかに体系的で、限りなく完全に近いとされている。コンピューター比較による現代の天文学的解析でも、星の位置描写が現代の星座表と驚くほど正確に一致することが確認された。
スイスと中国の協力を強化
この展覧会の成功には、EPFLの実験的博物館学研究所(eM+)と天体物理学研究所(LASTRO)が、中国の大学や科学機関と直接協力したことが大きく貢献した。
本展の共同キュレーターを務める北京・精華大学美術学院教授、石丹青氏は、「当学院では学生の芸術演習と科学研究を結び付け、芸術と宇宙技術が完璧に相互作用する作品を生み出してきた。そこでは古代、現代、未来といったコンセプトが1つに融合している」と述べる。
会場を訪れていた北京大学勤務のYungfengさんは、「来場者がこの展覧会を通して宇宙の過去、現在、未来についてどのような識見を得て、それを持ち帰るのかを見るのは興味深い。スイスと中国の学生や教師による様々なプロジェクトを見られることにもワクワクする」と話した。
新型コロナウイルス感染症のパンデミック下では、スイス・中国間の往来も困難になった。停滞した両国関係は、その後もコロナ以前の水準には戻っていない。だが、今後は協力関係の強化が期待されている。
在中国・スイス大使のユルグ・ブリ氏は 展覧会初日の式典で、「今後は新たな交流を促進し、将来はさらなる協力関係を築いていきたい」と述べた。
「文化も科学も、現場からの真のボトムアップな主体性が求められる分野だ。それを主導する役割を担うのがアーティストであり、大学であり、科学者たち、そして民間企業でもある」と続けた。「ここ中国にアーティストや科学者を集めプロジェクトを支援することで、より多くの接点を作り出し、それが将来のより密接な協力関係につながることを期待している」
編集:Daniele Mariani, Eduardo Simantob 英語からの翻訳:由比かおり 校正:ムートゥ朋子
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