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北朝鮮の食糧事情再び悪化

北朝鮮の一村 Reuters

北朝鮮には今のところ1995年のような食糧難はみられない。しかし、多くの国民が再び飢餓に苦しみ、国家は新たな危機に直面しているようだ。6月27日、連邦外務省開発協力局(DEZA/DDC)の北朝鮮担当官がニューヨークで報道陣に語った。

このコンテンツは 2011/07/02 15:30
リタ・エムヒ, swissinfo.ch

カタリーナ・ツェルヴェーガー氏は2006年から首都平壌にある開発協力局の事務所の所長を務めている。

ツェルヴェーガー氏は、外界から隔絶されたこの国各地を数週間にわたって訪問した際、国民が再び深刻な栄養失調に苦しんでいる事実を認めた。国際的な食糧援助はここ数年間で恒常的に減少しており、多くの国が一時的に援助を打ち切るか、数を減らしている。これは、金正日政権に対する支援を拒んでいるためだ。

「食糧を求めて草の根っこを掘り出したり、草やほかの食べられそうな植物を探したりする人がますます増えている。あるいは、木を切って開墾した土地にトウモロコシやジャガイモを植えようとする人たちの姿もある」と、27日のニューヨーク国連本部で開かれた話し合いの後でツェルヴェーガー氏は語った。

都市と地方の格差

都市と地方の間には「溝」があるとツェルヴェーガー氏は言う。特に、平壌を除く都市部では食糧難が問題になっている。「そこでの人びとの生活は非常に厳しいものだ。というのも、植物を栽培できる土地がないからだ」

「飢餓はまだ誰の目にも分かるほど進行していない」。それには専門家の目で見る必要があるという。状況は極度に寒かった昨年の冬に悪化した。その上、畑にはほとんど雪が積もらなかったために、春の収穫はさらに打撃が大きく、多くのジャガイモの苗が霜にやられた。

また、化学肥料不足で北朝鮮の農業事情は一段と困難なものになった。特に韓国が援助を打ち切ってからは悪化が目立つ。化学肥料や燃料を提供しているのは今のところ中国だけだ。

スイスの援助プロジェクト

スイスはイタリアと並んでヨーロッパで唯一、北朝鮮で2国間支援プロジェクトを行っている。人道支援のほか、農業分野での協力、北朝鮮国外での教育プログラムを実施している。「これらのプロジェクトは、北朝鮮の人びとを孤立した世界から少しでも抜け出させ、新しい考えに触れさせる機会になっている」とツェルヴェーガー氏。

こうした中、現在、北朝鮮の一団がバーゼル大学で欧州統合について学んでいる。プログラムの一環として、参加者はストラスブール(Strasbourg)やブリュッセル(Bruxelles)を訪れたり、ジュネーブの国連事務所や赤十字国際委員会(ICRC)を訪問したりする。

雨だれ石をうがつ

北朝鮮の人びとがこうしたプログラムやコースに参加してもその新しい知識をすぐに実行に移すことはできないだろうと、スイス側は考えている。「未知のものとの接触から何かが残り、それが将来的に新しい展望を開く一助になるだろう」と、ツェルヴェーガー氏はスイスの考えを語る。

海外教育プログラムのほかに、スイスは平壌で小規模なビジネススクールを開設した。ここでは経営学のコースで学び「『ミニ』MBA(経営学修士号)のようなものを取得できる」という。受講生はコースの最後に修了試験を受け、グループ制作を終えて終了証書を手にする。

お腹を空かせた子どもに政治は関係ない

北朝鮮には当然ながらまだやるべきことがたくさんあり、改善されるべき点は数多いとツェルヴェーガー氏は指摘し、「遅かれ早かれ、国の内側から変化は必ず起きるはずだ。しかし、それには時間とかなりの忍耐が必要とされる」と強調する。

北朝鮮と国際社会の政治的な緊張関係は援助活動の妨げになっている。しかし、「お腹を空かせた子どもに政治は関係ない」ということを決して忘れてはならず、援助は続けられなければならないと、ツェルヴェーガー氏は考えている。

今後数カ月の間に北朝鮮が新たな飢饉に陥るかどうかは分からない。慢性的な食糧不足の状態がいつ切迫したものに変わるかを予測するのはおよそ不可能だ。困窮した人びとへの食糧配給量が引き下げられた地域もある。それは一日に必要な栄養を下回るレベルだという。

変化の兆しはない

食糧事情が一層厳しくなる一方で、小さな変化の兆しも見られるとツェルヴェーガー氏は言う。「ここに長年居る私には変化が分かる。だが、この変化は非常にゆっくり現れているため、北朝鮮に1年ぐらい居ただけでは気付かないだろう」

特に平壌には明らかに変化の兆候があるという。「車の数が増え、カラフルな洋服を着ている人たちも増えた」。また、市場も再び開かれるようになり、消費財もいくらか目にするという。ある程度の人びとはそれなりにお金を持っており、さらに、今日では携帯電話もあり、コミュニケーションが容易になった。

とはいえ、コミュニケーションがまだ非常に限定的であることは、ツェルヴェーガー氏も認めるところだ。北朝鮮国民はいまだに外国に電話を掛けることができない。また、北朝鮮国民の暴動に関しては、国営メディアは一度も触れたことがないという。

農業支援プロジェクト

スイスによる農業支援プロジェクトの主要課題は生物学的害虫駆除だ。特に、トウモロコシやキャベツが対象となっている。そのほか、完全に伐採されて土壌が侵食されてしまった傾斜地の地盤の安定を目的としたプロジェクトもある。

このプロジェクトはいわゆる「ユーザーグループ」を作って進められ、参加者は地盤を安定させる方法や農地を開拓する方法を学ぶ。こうして栽培された食物は参加者自身で消費したり、市場で販売したり、物々交換したりしてもよく、それが参加の動機につながっている。

カタリナ・ツェルヴェーガー氏の略歴

北朝鮮における人道援助および開発分野における国際的な第一人者。2006年末から開発協力局協力事務所の所長として平壌に住む。

それ以前、1995年まで、キリスト教関係の人道支援団体カリタス(Caritas)のプロジェクトリーダーとして繰り返し北朝鮮を訪問。カリタスの活動には1978年以来、香港で従事。

人道活動を評価され、2005年、韓国の池学淳(チ・ハクスン)基金から公正と平和に寄与したという理由で表彰された。池学淳氏は1970年代、韓国の民主主義のために先頭を切って闘ったカトリック司教。

2006年、ツェルヴェーガー氏は北朝鮮の人々のために長年行ってきた努力が認められ、一般人に与えられる最高の賞をローマ法王庁から受賞、「大聖グレゴリーの女人(Dame of Saint Gregory the Great)」の称号を受け取った。

2011年11月以降、カリフォルニア州スタンフォード大学のコリア研究プログラム(KSP)で1年間助成金を受けながら研究に従事する予定。

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減少する食糧援助

各国から寄せられる寄付金が減少していることから、国際連合(UN)の国連世界食糧計画(WFP)が困窮者に配布する救援物資は、ここ数年間減少する一方。

2008年:約13万6000t

2009年:6万5000t

2010年:5万5000t

2011年(6月まで):1万1000t

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北朝鮮における開発局協力(DEZA)の活動

北朝鮮におけるスイスの支援活動は1995年、飢饉の際の人道支援から始まった。

その後スイスは人道支援から開発援助に活動を広げ、1997年首都の平壌に協力事務所を開設。

支援の中心は農業計画および伐採された傾斜地の安定化と植林に向けたプロジェクト、外国における教育プログラムなどの国外活動の支援。

開発協力局の2国間支援プロジェクトの予算は、2010年で863万フラン(約8億3200万円)。うち366万フラン(約3億5300万円)が2国間開発協力に、497万フラン(約4億7900万円)が人道援助に費やされた。2011年の年間予算は530万フラン(約5億1100万円)に縮小。内訳はそれぞれ200万フラン(約1億9300万円)と330万フラン(約3億1800万円)。

北朝鮮における開発協力局の特別計画は、連邦議会の決議により2011年末に終了する。人道援助は引き続き行われ、平壌の事務所も残る。

開発計画は2011年末までに他国もしくは北朝鮮の協力機関に引き継がれる。

現在、事務所ではツェルヴェーガー氏以外にスイス人2人と現地社員7人が働いている。2012年以降の体制はまだ不明。

(出典:開発協力局)

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