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国民投票が公正であるために必要なこと

投票所でベビーカーを押す母親
2024年3月、ベルンで投票するスイス人女性。投票自体も大切だが、公正な国民投票にはその前後段階も極めて重要だ Peter Klaunzer / Keystone

国民投票は有権者の声を直接反映する点で極めて民主的な手続きだが、独裁国家に悪用されるケースもある。近い将来に憲法改正を国民投票にかける日本が、公正な投票のために注意すべきポイントは何か。

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国民投票は独裁者に好まれる制度だーー。スイス・アーラウ民主主義センター(ZDA)の政治学者ロビン・グット氏はそう指摘する。グット氏は、ZDAで非民主主義・反民主主義政権がどのように国民投票を活用しているかを研究している。

グット氏によれば、国民投票は定期的に行われる選挙とは異なり、テーマや議題、実施時期を容易に決められることが独裁者に好まれる理由だ。同時に、独裁政権やその政策を正当化する手段にもなる。

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独裁者は、国民投票の実施をわずか数日前に突然告知し、国民に不意打ちをかけることもできる。一方、欧州評議会の諮問機関であるヴェニス委員会は「民主的な国民投票のための適正実施規範外部リンク」の中で、意見形成のための「絶対最小限」の期間として、国民投票の告知から投票日までは1カ月が必要だと明確に示している。

「適正実施規範」を基準に

規範の作成に携わった法学者レジーナ・キーナー氏は「投票の公正さは、投票日に自由な投票が行われたかどうかだけで決まるのではない」と強調する。国家は自由な意見形成を尊重し、またそれを保護する責務がある。そのためには賛否双方が投票前に「平等に意見を表明」し、「公共メディアで適切に発言」できることが不可欠だという。

キーナー氏は、適正実施規範は「国家が法の支配に基づく民主主義国家であるかどうかを判断するための基準」として活用できると話す。

1. 普通選挙権が必要。すべての社会集団、特にマイノリティが、平等にこのプロセスに参加できる必要がある

2. 自由な意見形成と、投票運動における双方の平等な扱い

3. 秘密投票でなければならない。影響力や威圧的な行為があってはならない

4. ルールに基づく枠組み

5. 投票の質問は明確かつ公平でなければならない

6. 投票の組織と監督は、公平かつ独立でなければならない

7. あらゆる陣営の国際的および地域の監視者は、投票と開票を監視するためのあらゆる手段を可能な限り利用できなければならない

8. 不正があった場合、法的手段で効果的に防御できる手段が必要

しかしナポレオン以来、権威主義的な支配者たちも世界中で繰り返し国民投票を実施してきた。21世紀においてはモロッコ王室、トルコのレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領、そしてロシアのウラジーミル・プーチン大統領などがその例だ。こうした国民投票はしばしば非民主的だと批判される。

しかし、国民投票が不公平だったという非難は、自由民主主義国家でも巻き起こる。スイスでは、投票情報の内容が偏向的だったとして、訴訟が起こされることが珍しくない。

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2016年のイギリスのEU離脱(ブレグジット)をめぐる国民投票後、国内ではその結果が不公平であり、「英国民の真の意思ではない」との批判外部リンクが一部から上がった。

独裁政権における国民投票は民主主義をもたらせるか?

したがって、民主主義における国民投票はそれだけで公正になるわけではない。だがそもそも独裁政権における国民投票が公平であるはずがない。

グット氏は「非民主主義国における国民投票には常に問題がつきものだ」と強調する。公正な国民投票の基盤は、民主主義、法の支配、そして社会的自由だからだ。集会の自由、表現の自由、そして報道の自由は不可欠であり「これらの前提条件がなければ、世論を形成する自由なプロセスは生まれない」という。

スペインの政治学者セルヒオ・ベラスコ氏とアルベルト・ペナデス氏は研究論文外部リンクのなかで、トップダウン型の国民投票は「独裁政権のための手段外部リンク」だと指摘している。しかし、研究では独裁政権下で行われた国民投票が民主化のきっかけとなった事例も挙げる。

例えば、1976年のスペインでは独裁者フランシスコ・フランコの死後、国民投票が行われ、数十年にわたる独裁政権から民主主義への移行が始まった。最たる例は1988年のチリで、独裁者アウグスト・ピノチェトが長年野党を弾圧していたにもかかわらず、国民投票で独裁政権の終焉を賛成多数で可決した。

しかし、ベラスコ氏とペナデス氏がいう「制度的自殺」を権威主義体制が起こすことは例外的だという。両氏は結論として、独裁者は国民投票を利用することで権力を長く維持できると指摘する。投票後は権力機構からの抵抗は少なくなり、野党の動員力も弱まる。

タイとバングラデシュの国民投票

2026年には、独裁制と自由民主主義のはざまにある2つの国、タイとバングラデシュで国民投票が実施された。2016年にタイで行われた前回の国民投票は、投票情報の質が悪く、国民全員に情報が届かなかったことで、学術界から批判を受けた。アーラウ民主主義センターのグット氏は、当時の更なる問題として、脅迫と誤情報を挙げる。

2026年のタイの国民投票の質問は「あなたは新しい憲法を支持しますか?」というもので、簡潔だった。グット氏によると、これは国民投票にふさわしい質問だ。

だが批判すべき点の方が多い、とグット氏はみる。その理由は、数多くの改革案をまとめて投票する手法だったからだという。グット氏によると、複数の提案を一括にまとめたものに投票することは、国民が実際に何に賛成しているかが不明確になるという問題がつきまとう。

手本はアイルランド

国民投票が公正であるためには、ルールが最初から賛成派・反対派双方にとって明確でなければならない。投票手続きを含め、信頼できる「法の支配」が確立している必要がある。

「投票はルールに基づいて行われることが重要だ。憲法または法律でその手続きが規定されていなければならない」とグット氏は話す。スイスではこれは「比較的規制されている」が、国際的には、独裁国家に限らず、そうではない例がいくつかある。

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グット氏は拘束力のない国民投票に批判的だ。「市民として投票に行くなら、自分の投票が何かしらの影響を与えることを期待できるべきだ」。拘束力を持たない諮問的国民投票の結果が政治家の意向に沿わない場合、それは無視されやすくなる。もし政治家の意向に沿った結果だったなら、それは既に決定された計画への支持だと解釈する。これらはどちらも国民投票が本来の役割を果たしていない。

グット氏はアイルランドの国民投票を模範的な事例として挙げる。アイルランドでは、中絶合法化のようなデリケートな問題を市民評議会がまず深く検討し、その議論と公的な勧告を経て国民投票が行われる。

イタリアの国民投票も問題があるという。国民投票が有効となるには高い参加要件が設定されているためだ。ただし2026年3月の憲法改正に関する国民投票は例外で、このような定足数は設定されていない。その他の国民投票は例外的な場合を除きほとんど効果はない。

参加要件が理由で多くの市民が投票に行かなかった場合、彼らは反対だったのか、それとも単に関心がなかったのか、それはわからずじまいになる。

国際法と直接民主主義

スイスの国民投票は、国際法の強行規範に違反してはならない。さもなければ、多数派が少数派の権利を剥奪することに賛成票を投じる可能性があるからだ。グット氏は「奴隷制導入の是非を問う投票はできない」と話す。しかし、国際法はスイスの国民投票実施において障害となる可能性がある。スイス連邦議会はイニシアチブ(国民発議)の条文を審査するが、議会は「投票の対象事項に関して寛容だ」という。そのため、例えばミナレット建設禁止イニシアチブ(国民投票で可決)や、時効廃止イニシアチブのときのように、国民投票で可決された後に実行に移す段階で政治が課題に直面することがある。

スイスでは有権者なら誰でも一定数の署名を集めることで、政策案を国民投票に持ち込むことができる。有権者自ら編み出した政策案を国民投票にかける「イニシアチブ(国民発議)」と、議会の法案について国民の最終判断を問う「レファレンダム(国民表決)」がある。 

グット氏は、民主主義国でも、多くの政治家が国民投票を煩わしく感じていることは当然のことだと考えている。しかし、公正な国民投票を行うためには、政治家がその決定を歪曲して実施しないことが重要になる。

しかし、民主主義国における国民投票は、代表制政治の対極にあるものではない。コペンハーゲン大学のアリス・エル・ワキル助教授が指摘するように、国民投票と国民発議は、政府や議会の活動と絶えず相互に影響しあっている。「民主主義においては、いかなる制度的主体も『最終決定権』を持つことは決してない」とエル・ワキル氏は説明する。「決定は下されるが、議論は常に続く」

投票日が終われば、次のステップが待っている。したがって、誰もが常に参加する機会を持つ必要がある。民主主義とはプロセスなのだ。

編集:Balz Rigendinger、独語からの翻訳:宇田薫、校正:ムートゥ朋子

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