総選挙経たバングラデシュ、表現の自由は道半ば 国連特別報告者
バングラデシュで今月、2024年の政変後初の総選挙が実施された。前政権崩壊のきっかけとなった抗議デモで人々が望んだ改革は実現するのか。国連の言論・表現の自由に関する特別報告者、アイリーン・カーン氏(69)に、その重要性を聞いた。
カーン氏がバングラデシュに強い関心を寄せるのは、出身国だからという理由だけではない。「表現の自由が脅かされている時、選挙は特に重要になる」。2024年の政変後初の総選挙から1週間後、ダッカでスイスインフォのオンライン取材に答えた同氏はこう語った。
カーン氏は2月12日の投票手続きが「比較的自由かつ公正」だったことには賛同するが、表現の自由に関してはそれほど楽観的ではない。
過去2年間、ノーベル平和賞受賞者のムハマド・ユヌス氏が率いる暫定政府の下で、何百人ものジャーナリストが拘束された。カーン氏によると「政治的動機に基づく、殺人、テロ、その他の重大犯罪に関する疑わしい容疑」を理由に捜査対象となった人々だ。その多くは、後に非合法化された旧与党アワミ連盟(AL)とのつながりを疑われていた。
だがカーン氏は、政治的見解の表明は、たとえそれが抑圧的な政権を支持するものであっても刑事犯罪に該当するべきではない、と強調する。そして拘留されている人々に対して公正な裁判を行うよう呼び掛けている。果たしてその呼びかけは実現するのか?
カーン氏が「お祭り騒ぎ」と表現した選挙では、バングラデシュ民族主義党(BNP)が議席の3分の2を獲得した。この新政権は、「国民統一」というスローガンを守り、これまで国が欠いてきた自由を保証できるのだろうか?
ドイツからガザ、そしてスイスへ
これらが可能かどうかを、カーン氏は判定する立場にある。長年にわたり世界中の人権侵害を追跡してきたカーン氏は現在、ジュネーブ国際開発高等研究所の研究員として、また国連の「言論・表現の自由に関する特別報告者」として、国際社会と密接な関係にある。2020年に特別報告者に就任して以来、カーン氏はフィリピンからドイツ、ガザに至るまで世界中を駆け巡り、言論の自由の動向を監視してきた。スイスの首都ベルンで演説外部リンクし、スイスの銀行秘密法に基づく刑事罰について懸念を表明したこともある。
バングラデシュにおいては、報道の自由は同国の民主主義にとってさらに広範な問題と密接に絡んでいる。それはシェイク・ハシナ前首相とALのレガシー(遺産)をどう扱うか、という点だ。ハシナ氏は24年の抗議デモで失脚した後、昨年死刑判決を受け、現在はインドに居住している。信用を失った政党(たとえ人気があったとしても)を禁止することは、バングラデシュにとって新たなスタートとなるかもしれない。一方で、「集団懲罰」により分断が深まることへの懸念も出ている。
新首相に就いたBNPのタリク・ラーマン党首が提示した答えを、カーン氏は「不可解」と疑問視する。ラーマン氏は選挙後、ALの運命は「法の支配」によって決まると述べた。「法の支配」は自由民主主義の基盤となるが、バングラデシュの司法への信頼は弱い。カーン氏の見解では、裁判所が長年にわたり政府方針に追従してきた結果、「法の支配」に対する国民の信頼は損なわれている。
特に、拘束されたジャーナリストや文化人をどう裁いていくかは、本当に公約の司法改革に優先順位が置かれているかを見る試金石となるだろう、とカーン氏はみる。「裁判官が適切に対処しなければ、国民の不満は大きくなるだろう」
「偽情報の津波」
表現の自由をめぐる問題は、ジャーナリストへの政治的圧力だけではない。カーン氏をはじめとする国連の専門家は選挙前、バングラデシュはSNS上に押し寄せる「偽情報の津波外部リンク」への備えができていないと警告した。偽情報の多くは、若者やインターネット世代を狙ったものだった。初めて投票することも多く、2024年の大統領選前のデモ運動で重要な役割を果たした世代だ。
この問題はよく知られている。世界中の民主主義国家は、オンラインコンテンツへの対応において、言論の自由と検閲のバランスをどう取るかという問題に直面している。またカーン氏は、どの国も「巨大テック企業と一部の強大な政府との不吉な同盟」に直面していると指摘する。それは世界的な表現の自由に関する問題の核心となる問題だ、とカーン氏は警告する。
カーン氏によると、バングラデシュに偽情報を流したのはボット(自動応答)だけではなく、流されやすい若い有権者の認識を操作しようとした海外インフルエンサーも加担した。ネット上の言説が、物理的な暴力にまで発展したケースもあった。2025年12月には、学生リーダーの殺害をめぐってネット上で憶測が飛び交った末に、ダッカの2つの新聞社が放火されるという事件があった。国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチはこの事件を「オンラインとオフラインの暴力の危険な融合」と非難外部リンクし、テック企業がヘイトスピーチに対して十分な対策を講じていないと批判した。
カーン氏はこの点について、ダッカ当局に対応を勧告する予定だ。だが小国が大きな影響力を持つことは期待できないことも認識している。「EU(欧州連合)、アメリカ、大手テック企業の間で何が起こるかが、バングラデシュにおける表現の自由の範囲を決定づけることになるだろう」
複雑な改革憲章
多くのバングラデシュ国民にとって表現の自由より重要なのは、貧困と個人的な視点だろう。若者は仕事を必要としており、EUの選挙監視団が報告外部リンクしたように、女性は「政治的空間が限られている」。
ラーマン新首相が新たなスタートを切るわけではない、との指摘も多い。ラーマン氏は父親が大統領、母親が首相を務めた、いわばレガシー(遺産)を持つ人物だ。現地メディアによると、カーン氏自身も首相の妻の従妹という縁故を持つ。英BBCは今回の政権交代を「ハシナ首相率いるALとBNPの間で何十年も政権を回してきたバングラデシュ政治の一環に過ぎない」と伝えた。NGOトランスペアレンシー・インターナショナルはBNPが政権を握っていた2001~06年にかけて、繰り返し同国を「世界で最も腐敗した国」として非難した。
カーン氏は、バングラデシュの民主主義は新内閣が制度改革を実行するかどうかにかかっている、と指摘する。選挙と並行して実施された国民投票で、有権者はユヌス政権下で交渉された改革リスト「7月憲章」を可決した。だがこの憲章は投票前から、多くの改革を二択に狭めているとして批判されていた。カーン氏も「理解するのが複雑」だったと指摘し、BNPが憲章の実施時期・方法を明示していないことを懸念する。
2024年の抗議デモの中心にいた若い世代をはじめ、有権者は選挙結果の検証を望んでいるだろう。カーン氏は、多くの有権者が真に望んでいるのは新政権が「説明責任」を果たすことであり、それは信頼に足る議会審議と自由な報道機関による監視を意味する、と述べた。
編集:Benjamin von Wyl/ac、英語からの翻訳:ムートゥ朋子、校正:宇田薫
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