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多言語文化のスイスとエスペラント語

エスペラント語ができなくてもある程度楽しめるよう、付録にはエスペラント語のポスター、歴史的写真、切手、パンフレットなどが載っている。 swissinfo.ch

今年出版された1000ページ以上にまとめられたエスペラント語史『Universalaj Lingvoj en Svislando 』を読める人は少ない。「世界の言語になる」というエスペラント語の野望はいまだにかなえられていない。

このコンテンツは 2007/08/27 15:26

しかし、著者のアンドレアス・キュンツリさんは数ある人工言語の中でも「人類の歴史に残る言語になるだろう」と語る。

人工的に作られたエスペラント語の発達とその歴史をまとめるのに14年間かかったという執筆者のキュンツリさんは、執筆に当たり数百人にも上るエスペラント語支持者「エスペランティスト」を取材した。世界エスペラント語協会創立者でスイスの代表的画家フェルディナンド・ホドラーの息子へクトール・ホドラー氏や、精神科医でアリの研究家であるアウギュスト・ホレル氏など有名人にも会った。

エスペラントがぺらぺら

1979年、ルツェルンでエスペラント語の第64回国際会議が開催された。外国語に興味を持っていたキュンツリさんもこの会議に参加し、エスペラント語という人工言語の世界に入った。「国際会議には、いつも2000人は参加します。参加者はエスペラント語をぺらぺら話します。いい気持ちですよ」と言う。

エスペラント語はいまでも、国境や文化を越え世界の言語になろうという目標を掲げている。ラテン語を源泉とした、やさしい単語とやさしい文法を基本とする人工言語だ。新しい単語は、基本の言葉に前置詞と後置詞をつけて作られる。たとえば「美しい」はBelaだが、「醜い」はmalbelaとなる。

エスペラント語がポーランド人、ルドヴィコ・ラザロ・ザメンホフに創案されて今年で120年になる。人工言語としては世界で最も話されており、中国、日本、ブラジルでのエスペランティスト人口は絶対数で見ると際立っている。共産圏崩壊以前はポーランド、ハンガリー、ブルガリアなどで人気があった。

ゲーテ、シェークスピア、聖書など世界の名作から探偵小説までエスペラント語に翻訳されている。週刊誌、月刊誌も発行されている。「スペイン東部で話されるカタロニア語やアイスランド語の本をエスペラント語で読みました。ドイツ語では翻訳されていないので」とキュンツリさんはエスペラント語の長所を強調する。インターネット上でもエスペラント語での交流があり、キュンツリさんは「毎日エスペラント語でメールを書く」のだという。

世界の共通言語になるという目標

スイス国際放送 ( 現スイスインフォ ) は約50年間にわたり、毎週3回、エスペラント語の放送をしていた。このような古き良き時代をキュンツリさんは懐かしむ。「東欧や海外でエスペラント語放送は聴かれていたのです」。共産圏の崩壊により1992年に放送は廃止となった。エスペラント語が掲げる「世界の共通言語」になる目標はいまだに達成されていない。キュンツリさんによれば、政界、経済界内でのロビー活動がないからだという。

将来もその可能性は少ないだろうと彼は悲観的だ。「エスペラント語は中立的な言葉として世界に導入されるチャンスを逃したのです。1920年代に国際連盟でもエスペラント語を世界言語とするかという議題が話されましたが、フランスなどの反対に合い、討議されなくなりました」とキュンツリさんはその歴史を振り返る。

EUも無関心

「欧州連合 ( EU ) も27カ国と拡大しましたが、エスペラント語を導入するという話は聞かれません」とキュンツリさん。1つの言葉に統一されたなら、翻訳や通訳の経費が大きく削減されるはずなのだが。「EUは多言語文化のドクトリンが実践されているので」という。

ベルン教育高等学校のエンリケ・ロス教授も「一般にはエスペラント語は重要視されていません。エスペラント語に限らず人工言語は、社会に認められにくいのです。話す人が親しみを感じないので、使われないのです」と分析する。

ジュネーブ大学のフランソワ・グラン教授は言語と経済の関係が専門だが、エスペラント語は多言語文化の中で補助的な役割をすることはあっても、代替としての言語になることは難しいとみる。英語が世界の言語になりえたのは「権力と影響力」の賜物だとグラン教授は指摘する。

一方ロス教授は、エスペラント語が世界の言語にならずとも素晴らしい言語だと言う。「120年も生き続けたのですから。しかも現在も世界の言語になるという夢を持ち続け、努力する人たちがいるのです」

swissinfo、ガビ・オクセンバイン 佐藤夕美 ( さとう ゆうみ ) 意訳

エスペラント語とスイス

1887年ユダヤ系ポーランド人の眼科医ルドヴィコ・ラザロ・ザメンホフにより創案された。匿名エスペラント語博士で世界の言語であるエスペラント語を紹介する本を発行した。
スイスでは1903年にエスペラント語協会が創立された。5年後、世界エスペラント語協会 ( Uniuversala Esperanto-Asocio ) がジュネーブに創立された。中立国にその協会があることは理想的だというのが理由だった。現在はオランダのロッテルダムにある。
1950年中旬にはラ・ショードフォン市図書館に、人工言語センターが設立された。
1947〜1992年までスイス国際放送では、エスペラント語放送があった。

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