多言語国家スイスで、なぜバイリンガル校は稀なのか
スイスは模範的な多言語国家として広く認識されている。しかし、公立学校で2言語を併用する学級は例外的な扱いだ。ベルンでバイリンガル授業の廃止が決まり、チューリヒ州ではフランス語の授業開始が小学校から中学校に先送りされた。議論が再燃するスイスの多言語教育の現状をまとめた。
スイスで9月、新学年が始まった。ベルンの「クラス・ビラング」(フランス語で「バイリンガル学級」)は、この学年をもって終了となる。同市は2026年の夏以降は継続しない方針を決めた。2019年に試験的に導入されたこの学級では、授業でドイツ語とフランス語が同等に使用されている。このカリキュラムは注目を集めたものの、幕引きとなった。来年の新学期には90人の生徒は通常の学校に戻り、10人の教員は解雇される。
市当局によると、廃止の理由はドイツ語圏とフランス語圏で指導要領が統一されていないことだ。教室も不足しており、専門知識のある教員も足りていない。
「バイリンガル・フォーラム」のヴィルジニー・ボレル代表はスイスインフォの取材に対し、「クラス・ビラング」の廃止は「大きな損失」だと語った。
同氏によると、低学年で2言語を併用する学級の指導には課題が多く、「全てを新しく考案しなければならなかった」。しかし、「クラス・ビラング」はこの6年間で希望の星になり、今では利点のほうが明らかに多いという。「生徒たちは、バイリンガル学級で母語に加えてもう1つの文化に触れ、より開かれた寛容な心を持つようになった」
スイスの「多言語」、現状は?
スイスは国外で、多言語国家として広く知られている。「このために、スイス人は多言語を使いこなす、あるいはバイリンガル学校は確立された制度だという印象が広まり、定着している」と、ベルン教育大学の広報担当者はスイスインフォの取材に語った。
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だが、現実は異なるようだ。「それぞれの地域や文化、言語同士の接点が多くの人の日常生活で際立つことはあまりなく――それがひいては授業内容にも現れている」
スイスの多言語性は法律に明記されており、スイス連邦憲法第70条で4つの公用語が定められている(ドイツ語、フランス語、イタリア語、条件付きでロマンシュ語)。
2010年に発効した言語条例(2022年改正)によって、言語共同体間の交流促進や、グラウビュンデン州におけるイタリア語とロマンシュ語の振興(同州の公用語はドイツ語・イタリア語・ロマンシュ語)、多言語州の支援といった新たな措置が導入された。
ベルン教育大によれば、「言語の多様性とその振興は国の統一と深く結びついている」という。様々な州の間で、時には同じ州の中でさえ、バイリンガル授業で起こる問題への処方箋は異なっている。「ある制度が成功するためには、政治的な支援と、科学的な知見に基づく情報発信が不可欠だ」。これまでの研究で、2言語を併用する教育の有用性は明らかになっているという。
ボレル氏は、ベルンの「クラス・ビラング」の廃止は、多言語性、つまり「民主主義の柱」に背く行為でもあると見ている。同氏は、このクラスの目的は完璧なバイリンガルの育成ではなく、スイスのほかの地域や文化に興味を持たせることだと強調した。
フランス語圏で先行するバイリンガル授業
フリブール大学多言語研究所はかつて、2021〜22年の学年度に向けて「バイリンガル授業のリスト」を作成した。公立学校で小学校の低学年から2言語併用授業を行うのは、2言語州のベルンとフリブール、ならびにヌーシャテルやジュネーブのようなフランス語圏の州などだ。
グラウビュンデン州では、ドイツ語とロマンシュ語を併用する授業が広く実施されており、中学・高校と学年が上がるにつれて増えていく。目を引くのは、ドイツ語とフランス語を併用する授業が特にフランス語圏で行われていることだ。これに対しドイツ語圏では、体験型授業の形で英語が最初に教えられる。
バイリンガル教育の浅い歴史
とはいえ、スイスのバイリンガル学級・学校に長い伝統があるわけではない。ベルン州ビール(ビエンヌ)はスイスで唯一、公式に2言語を併用する都市で、道路標識もドイツ語とフランス語で書かれている。しかし、ここでもバイリンガル学校が開設されたのは2010年になってからだ。多くの子どもは依然としてドイツ語かフランス語の学校に通っている。
ジュネーブ大学で言語学・外国語教授法の准教授を務めるダニエル・エルミゲル氏は、「バイリンガル・体験型授業は、1960年代の半ばに多言語のカナダで始まった」と話す。スイスでも同時期に類似の制度が存在し、1990年代以降、全ての段階の学校で新しい授業が数多く加わったという。
「したがって、今では長い伝統があると言えるように思えるが、ほかの国ほど長くはない」と同氏は言う。しかし、グラウビュンデンやフリブールのような多言語州では、バイリンガル教育、あるいは多言語教育は様々な形で以前から存在してきた。また、ラテン語が遠い昔から重要な役割を果たしてきた神学や、ホテルや観光などの分野でも多言語教育は行われてきている。
ドイツ語圏で英語に押されるフランス語
再燃したフランス語教育をめぐる議論からも分かるように、スイスの多言語性は繰り返し論争の種になっている。ドイツ語圏のチューリヒ州議会は9月初頭、小学校で行うフランス語の授業、いわゆる「早期フランス語教育」の廃止を決めた。
この決定が同教育の議論をあおり、まもなくザンクト・ガレン州が追随した。なお、アッペンツェル・インナーローデン準州とウーリ州では、これまで早期フランス語教育は実施されていない。
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エリザベット・ボーム・シュナイダー内務相は、2言語州ベルンの出身で、早期フランス語教育の支持者だ。同氏はこの問題を閣議に持ち込み、連邦内閣は、小学校でのフランス語必修化に向けた新法の準備を進めている。
「バイリンガル・フォーラム」のボレル氏も、行動の時が来たと考えている。「我々の社会がうまくいっているのは、いくつもの言語やアイデンティティーを抱えているからだ。しかし、これは自然に成立するものではなく、そのために何かをしなければならない」
ドイツ語圏の多くの州では、学校で最初に学ぶ第二言語は英語で、のちにフランス語が続く。これに対して、フランス語圏の生徒は最初にドイツ語を学んでいる。ドイツ語圏のスイス公共放送(SRF)のスイス西部特派員によると、フランス語圏ではドイツ語の授業はむしろ増える傾向にある。
グラウビュンデン州で1番目に追加導入が義務付けられている言語は、ドイツ語、イタリア語、ロマンシュ語と、地域によって異なっている。イタリア語圏のティチーノ州で義務付けられているのはフランス語だ。
スイス在住者を対象にした最近の調査によれば、回答者の約77%が「学校で最初に学ぶ第二言語は、スイスのほかの公用語であるべきだ」としている。
また、回答者の85%以上が、複数の公用語を習得することでスイスの統一が強まると考えている。だが24歳以下の若い世代では、ほかの公用語を最初の第二言語として学ぶべきだ考える割合は3分の2にとどまっている。
編集:Balz Rigendinger、独語からの翻訳:鵜田良江、校正:大野瑠衣子
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