「マルタのやさしい刺繍」
映画「「マルタのやさしい刺繍( Die Herbstzeitlose ) 」( 2006年 ) が全国の劇場で空前の大ヒット。2007年の大阪ヨーロッパ映画祭でも上演され、老女たちのパワーをコミカルに描いた映画として話題になった。
主人公のマルタを演じたシュテファニー・グラーザーさんはスイスのエンターテインメントの大女優として70年間活躍している。
ベルン州エメンタール ( Emmental ) のとある村。夫に先立たれたマルタは死を待つばかりの余生を送っていた。ある日マルタは、3人の友だちを連れベルン市の生地屋を訪れる。若い頃ランジェリーを縫っていたマルタは、ふと思う。村にランジェリーショップを作ろうと。牧師の息子をはじめ村人たちにはそっぽを向かれ、いじめにもあうが、老女4人が力を合わせた事業は大成功。全国から注文が殺到したのだった。今年、米寿 ( 88歳 ) を迎える女優グラーザーさんをチューリヒの自宅に訪ねた。
swissinfo : 「マルタのやさしい刺繍」では、ベルンの郷土料理などがさりげなく出てきます。スイス人なら普通と受け止めるニュアンスまで日本の観客は理解したのでしょうか?
グラーザー : それが分かったんですよ。本当に不思議です。なぜなのか何度も考えました。その国にはその国の何千年もの歴史があるわけですし。
スイスの観客と同じように日本人も反応していました。驚きです。東京でのサイン会では、若いときにできなかったことを歳を取ってやり遂げた、楽しいと思うことをやり遂げたことに感動するという感想をもらいました。
「マルタのやさしい刺繍」は、エンメンタールを舞台にしたということでいえば「祖国映画 ( Heimatfilm ) 」のジャンルに入ります。スイスが第2次世界大戦中、小国の永世中立国として孤立していた時代に生まれたジャンルです。国境が閉鎖され、食糧難で街中にジャガイモを植えたりしました。そんな時代にスイスを謳歌 ( おうか ) する映画が生まれました。わたしも、2本ほど祖国映画に出演しました。でも、わたしにとって故郷はなんなのかというのは難しい。興味は外に向いていますから。親戚もイギリスやフランスにいますしね。スイス、スイスと目がスイスだけに向いているのは良くないことです。
swissinfo : その祖国映画が日本やアメリカでも評価されたわけですが、理由を何だと考えますか?
グラーザー : なぜなのでしょう。分かりませんが、4人それぞれ非常に合った役を演じたことや、すべてが完璧だったということだと思います。
当初、テレビ用の長編ドラマとして作ったのですが、テレビだと放映回数も限られもったいないという人がいて、劇場で上演されることになったのです。そうしたら、スイス映画史上最高の観客を動員し、ドイツ、オーストリアにとどまらず、日本やアメリカでも上映、今度はアルゼンチンにも行くそうです。ま、わたしはアルゼンチンまでは行きませんが。別世界ですもの。
swissinfo : スイスの映画界では、アニメの「マックスとその仲間たち」の3000万フラン ( 約30億円 ) という巨額な制作費が話題になっています。
グラーザー : お金をかければ成功するというものではないようです。わたしの出た映画はいつも、資金不足でしたから。
swissinfo : 映画の中でマルタは「楽しいと思うことをやりたい」と言いますね。ところが、牧師の息子も村人も「意味のあることをしなさい」と反論します。
グラーザー : スイスはそうです。結果をもたらすことが意味のあることだ、とね。スイス人の価値観ですよ。しかも、体を動かして労働を伴うような仕事に価値があると思っています。結局マルタも一生懸命働きましたけど。わたしは縫うのが下手なので、あのシーンを撮り終わったらほっとしましたよ。
昨日、ファンレターをもらいました。ザンクトガレンのある村でランジェリーブティックを開店した女性からです。「マルタのやさしい刺繍」とまったく同じようないじめにあったそうです。でも、この映画がその村でも上映され、いじめがなくなったとありました。
swissinfo : あの映画での出来事は、今のスイスでも起こりうることなんですね。ランジェリーが悪いのか、老人が何かを始めるのが良くないのでしょうか?
グラーザー : どっちもです。老人がランジェリーなんて。老人は過去のもの。何かをやらかすなんてということでしょうね。ところが老人の方が若者より自由な考え方をしたりする。それまでの人生の中で学んできたからでしょう。人生が自由な考えをすることを教えたんですよ。そうなればよいと思いますね。
swissinfo : しかし、多くの老人がマルタのように新しい事を始めようとする勇気はありません。
グラーザー : ただ死を待つだけで日々を過ごしている人もいます。でも、そういう人もそれなりの人生を送ってきたわけです。わたしはラッキーでした。健康ですし、頭もある程度、動く。感謝しています。
「何かをしようとしてその一歩を踏み出せない人たちを、勇気付ける言葉」ですって?人それぞれですから難しいですが。( 長い沈黙 )
花を買いなさいと言いますね。いや、花の種を買いなさい。そして植えてみるのです。芽が出て花をつける。素晴らしいことじゃありませんか。
swissinfo : 次の仕事のご予定は?
グラーザー : 「高齢でも安全に」というキャンペーンの短編です。わたしは高齢者にメッセージを伝える大使の役です。老人に知らない人を簡単に家に招き入れないようにと、警告するというものです。このわたしが、老人に対してですよ!( と、笑う )
swissinfo、聞き手 佐藤夕美 ( さとう ゆうみ )
2006年
38万2000人の観客を動員し、スイス映画史上最大のヒットとなった。
2007年スイス映画賞主演女優賞
2007年度米アカデミー外国語映画賞のスイス代表作品。ノミネートは逃す。
2007年第14回大阪ヨーロッパ映画祭正式上映作品
2008年6月から日本で劇場上映予定
監督 ベティナ・オベリ
脚本 ベティナ・オベリ、サビナ・ポッホマッハー
製作 アルフェィ・ツィニゲ
キャスト シュテファニー・グラーザー ( マルタ・ヨスト)、ハンスペーター・ミュラー ( マルタの息子) 他
1920年生まれ、ヌーシャテル州出身。
喜劇役者として70年間スイスの舞台や映画で活躍する。
「マルタのやさしい刺繍」で初めての映画主演。
2006年、ロカルノ映画祭で特別賞をその映画人生に贈られた。
出演映画
1952年「下男のウーリ ( Uli, der Knecht )」
1955年「小作人のウーリ ( Uli, der Pächter )」
1998年「同窓会 ( Klassenzämekunft ) 」
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