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環境改善 ベルンの新クマ公園

約2年間、空家になっていたベルンのクマ公園が拡張し、新しくお目見えした。シベリアから2頭のクマを迎え入れ、10月25日に公開された。構想から公開に至るまで非常に長い月日が費やされた。

公開前の10月21日には、カメラや小型の双眼鏡を手にした中国からの団体観光客や地元の老若男女が、ニーデック橋 ( Nydeggbrücke ) に立ち、熊の姿を遠くから観察することだけが許された。

街の恥がなくなった

 クマ公園の園長ベルント・シルドガー氏によると「慎重さが第一」という。2頭のクマ、ビエルクとフィンは全く異なる環境に慣れるまで、精神的に不安定になっているからだ。
 
 クマはベルン市のワッペンにデザインされ、市のシンボルとして広報の一役をかっていることもあり、150年前に作られた公園の環境より良い条件で生活してもらうべきだ。1857年に開園した公園は3.5メートルある「熊の堀」で、動物愛護の観点から不当な設備であると近年、不評の声が高かった。

 「クマ公園は市の恥だった」とフランス語圏からベルンを訪れた年配の女性は語った。連れ添う女性もベルン市のことが恥ずかしかったと言う。新しく生まれ変わった公園では、こうした点も改善された。1万平方メートルの敷地にクマの洞穴がありクマはアーレ川で水浴もできるようになっている。

 旧公園は「恥ずかしい場所だった。クマは、最後に死んだペドロがぽつんと1頭だけ残っていた」とベルン市内に住む若い男性も言う。居合わせた女性も、国外からの観光客までもが、クマ公園に隣接するベルン市観光局に動物虐待だと訴えたと証言する。

 昔は動物虐待など問題にされなかったと年配の女性。子どもの頃は、両親とニンジンを持ってクマ公園に来るのが好きだったという。
「ニンジンが欲しいクマが、かわいく踊ってくれて」
と思い出を語る彼女も、動物愛護の配慮のある公園になって良かったと言う。

観光ポイントに?

 「クマ公園を訪れる人の数は、これまで年間100万人だったが、これと同じか、もしくはそれ以上になることを期待している。だんだんと観光客が増えると思うし、クマ公園で人々が過ごす時間も長くなるのではないか」
 とベルン市観光局の新公園建設責任者マルセル・グラフ氏は語る。グラフ氏はスイス国内からの観光客が訪れることを期待しているという。スイス国内のメディアが大きく取り上げているので
「大勢の人が見たいと思うだろう。また、外国メディアの関心も高い」
と言う。

 スイス国外に向け、ベルン市観光局は新クマ公園を大々的に宣伝している。学校もターゲットで、教材として「ベルンのクマ公園ワークショップ」を始めたとグラフ氏。
「ドイツ、特にベルリンに見習ったことをするつもりだ。ベルリンはベルンと同じようにクマに愛着があり、ワッペンにもなっている」
 ベルン市観光局は来年初頭から、ベルリン、ロンドンなどヨーロッパ各国の都市を回る宣伝ツアーも計画している。キャンペーンで重視しているのは学校での認識向上の教育だ。
「ドイツとイギリスでは、ポスター用の絵を募集するキャンペーンを張る。動物園でもプレゼンテーションをする予定だ」
 特にイギリスでは熱心な動物愛護者が多いことから、重視しているとグラフ氏は言う。古いクマ公園の悪いイメージを払しょくする必要があるのだ。

経費拡大

 新クマ公園の最大スポンサーである保険会社とベルン市当局によると、街の真ん中でクマがその生態に適した生活を送れることは世界でも珍しいという。新クマ公園に対しては、報道機関も肯定的に報道し、世論も肯定的にとらえている。ただし、建築費が予定を大きく上回ったことについては世論も批判的だ。とはいえスイスの首都ベルンの市民にとって、新クマ公園は自慢の観光スポットになるだろう。

 今のところ新公園の住人は、2頭のクマ、ビエルク( 9歳 ) とフィン ( 4歳 ) 。ロシアのスヴェトラナ・メドベージェフ大統領夫人が9月にスイスを訪問した際寄贈したミーシャとマーシャは当分の間「デールヘルツリ動物園 ( Dählhölzli ) 」で飼われることになっている。いずれにせよ、クマは経費には無関心。住む環境だけが重要である。

ジャン・ミシェル・ベルトゥ、swissinfo.ch
( 独語からの翻訳、佐藤夕美 )

ベルンとクマ

市のワッペンになっているクマとベルンの関係には長い歴史がある。ベルン市を創立したツェーリンゲン公爵ベルヒトルト5世は現在のベルン市でクマを倒し、土地にクマという名前を付けたという伝説がある。
ベルン市の歴史家、ヴァレリウス・アンセルムの1513年の記述によるとノバラの戦いで勝利したベルン軍が凱旋で奪い取った敵の旗を掲げ、戦利品として生きたクマを連れてきたとある。クマは町の堀に飼われていたという。
現在のクマ広場 ( Bärenplatz ) は、最初のクマ公園があった場所だが、1764年には交通網の障害となったことから、町の入口に移された。
旧クマ公園は1857年に開園。環境は、人間が野生の動物を支配するという考えを引きずったものだった。3.5メートルの深さの堀に、12頭以上のクマが飼育されていた。

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新クマ公園の建設費

当初は970万フラン ( 約8億8500万フラン ) の予算だったが、1450万フラン ( 約13億2000万円 ) に拡大し、最終的には2400万フラン ( 約21億9000万円 ) まで膨れ上がった。
ベルン市議会はその経緯の説明を求め、責任を追及する構えだ。建設費が当初の予算を上回ったのは、アーレ川の岸辺という地質的な問題で、高度な建設技術を要したためと見られている。

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