第17回書物展が4月30日から開幕

ロートレックの有名なリトグラフやデッサンが見られる。 swissinfo.ch

ロートレックの作品を集めた主催者、ジャンポール・モレル氏は「スイスには驚くほどロートレックの作品が多い」と語る。

このコンテンツは 2003/04/28 18:06

書物展の展示を機会に画家、トゥルーズ・ロートレック(1864-1901)のカタログをロートレックの子孫、ギヨーム・ド・トゥルーズ・ロートレックと共に出版する。書物展は5月5日までジュネーブのパレクスポで開催される。

多彩な芸術家

「ロートレックは南仏アルビの名門伯爵家に生まれたが、家族から見離されたので決してお金持ちではなく、そのため画家業以外の様々なことを手がけた」と主催者のモレル氏は説明する。そこで、この展覧会では石版ポスターやリトグラフの他、貴重なデッサン、本の表紙や挿絵、演劇用のプログラムやメニューまで手がけた芸術家の多彩な面に注目する。ロートレックはあまり作品を売らず、よく寄贈したので作品は世界中に分散しているという。「フランスでは生まれ故郷のアルビ以外はあまり作品が残っていないのに、スイスでは驚くほどあり、貸してくれなかった所も多かったが個人蔵が多い」という。

不遇の生い立ち

ロートレックは少年時代、両足を骨折し、下半身の成長が止まってしまう。父親が近親結婚をしたため、骨の病気にかかっていたとも言われる。そんな異常な容姿になったため、コンプレックスをもち、踊り子や娼婦などの社会から外れ者の世界に興味を持ったという。1891年、「ムーラン・ルージュ」の依頼で製作された石版ポスターが彼を一躍有名にし、ポスターを芸術のレベルに上げた。19世紀末のパリを最も上手に描いた画家と言われるにまで至ったが、アプサン(高純度のリキュール)中毒になり入院し、わずか37歳の若さで他界した。また、ロートレックは日本の浮世絵に多大な影響を受け、熱心に研究し、歌麿や広重の写生をしたという。

間違ったイメージ

ギヨーム・ロートレック氏はお祖父さんがトゥルーズの従兄弟だった画家の子孫。彼は「人々が持ちたがる、ロートレックがスキャンダラスで反抗的だったというイメージは間違っている」という。「家族や貴族階層に反抗していたのではなく、突拍子のない変人家系を継いだだけ。ただ、小さくて、骨の病気で妻や子供をもてない人生に対して反抗していたのです」と語った。モレル氏は「ロートレックはハンディキャップをばねにすることができた。20年間で版画、リトグラフや水彩を475点、油絵を300点、デッサンを3000点余り描いた仕事狂だった。しかし、彼は自由が何よりも好きで、自分の気に入ることしかやらなかった」と語っている。



スイス国際放送、A.Y.

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