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音楽仕掛け人 河村典子さん

5月末、スイス各地で詩人谷川俊太郎氏の朗読と共に新曲「A Flight of Songs」が披露された。詩と現代音楽のコンサートには多くのファンが集まった。ツアーを仕掛けたのは、チューリヒ在住のバイオリニストで音楽プロデューサーの河村典子さんだ。

ご主人の白土文夫氏 ( コントラバス ) と作曲家でギタリストのワルター・ギーガー氏の3人で「オーケストリオ」を結成し、日本の昔話や読経など、さまざまなジャンルとの共演にも積極的に挑む河村さんに、その活動について聞いた。

swissinfo : 今回はパウル・クレー・センターで谷川さんの朗読を交えたコンサートとなりました。このような企画となった経緯は?

河村 : 作曲家であるワルター・ギーガーがスイス人なので、スイスでツアーをしたいという思いはありました。谷川さんとの共演になったのは、初演となった代々木のハクジュホールに、谷川さんがお越しになり「非常に面白かった。新しい感覚だ。次に演奏するときは自分が朗読で参加しましょう」とおっしゃってくださったので、即座に「スイスでやりたいので、そのときに来てください」と誘ったのです。

場所についてですが、『クレーの天使』をお書きになった谷川さん、パウル・クレーの感覚を持つ作曲家の作風にも通じることがあると思い、絵と音楽と詩という面白いコンビネーションをパウル・クレー・センターでと頭に浮かびました。

swissinfo : スイスでの聴衆の反応はいかがでしたか?

河村 : 「ア・フライト・オブ・ソングス (A Flight of Songs ) 」は現代音楽です。クラシックの聴きやすいものを聴くのに慣れている人には、敷居が高いものですが、谷川さんの朗読のおかげで多くの方々に来ていただけたと思います。聴衆から「これは面白いね」と言われたことに ( 谷川さんの ) 言葉の力を感じました。作曲家の作品におけるメッセージの力もあっただろうと思います。

swissinfo : 河村さんのオーケストリオは、オリジナル曲を多く発表していますね。

河村 : オーケストリオは1985年に結成しました。当時、主人は「トーンハレ ( Tonhalle ) 」の楽団員で、言ってみれば「音楽サラリーマン」でした。演奏のほか、違うジャンルのミュージシャンのために助っ人で演奏に行くこともあったのです。そこで、元ロックミュージシャンで、民族音楽の作曲家でもあるワルター・ギーガーと知り合いになったのです。ワルターもクラシックにも興味を持ち始めていて、それでは3人で一緒にやってみようかということになったのです。

swissinfo : 楽器の組み合わせもユニークです。

そうですね。コントラバスをメインにした曲のレパートリーは未開発です。性能ということでは劣るわけではないのに、チェロの1オクターブ下という楽器のポジヨョンに追いやられがちです。オーケストリオ結成当時から、コントラバスらしいもの、ほかの楽器を生かしつつ、コントラバスならではという曲をワルターには書いてもらいたいと思いました。

swissinfo : オーケストリオは作曲家と演奏家で構成される「音楽工房」ですね。

河村 : 作曲家が演奏するというのは、ポップスでは当たり前ですが、今のクラシックではまずありません。でも、モーツアルト、ベートーベン、バッハも実は演奏家で、曲は自分が弾くために作ったという面がありました。

今のクラシックでは、演奏者と作曲家の間に高い垣根があり、完全に分業になっています。作曲家はデスクワーク、演奏者は買った楽譜で演奏するものだと思っています。

オーケストリオは曲が生まれてくる場です。つまり、演奏家も曲の生みの親でもあるのです。曲を生むということは、演奏家によって音が吹き込まれ、命が吹き込まれることです。演奏家が感じる違和感などから曲を修正したりもします。また、作曲家が作品に対する確信を得るプロセスでもあります。音楽がそこにあるのではなく、作るもの、生まれるものだということを実体験として得られ、わたしたちにとっては非常に新鮮でした。

すべての演奏家がやるべきことではないけれど、こうしたことを意識して演奏するのが、オーケストリオの1つの役割ではないかと思います。

swissinfo : 本来の音楽作りの姿である作曲家と演奏家の共同作業をオーケストリオが実行しているのですね。生まれた曲が非常に現代音楽的なので、オーケストリオは、実は原点に戻ったものだというお話は意外でもあります。

河村 : 現代の作曲家は、作品が新しくないとだめだという強迫観念があります。このメロディーは聴いたことがあると言われることが一番恐ろしいことなのです。しかし、時代を経てその作品が新しくなくなってしまうと、意味が失われてしまうかもしれないというギャップに苦しみながら創作しています。だから、今の現代音楽が面白くない。

一方、演奏者は曲の中にあるものを形にして伝えなくてはならないという使命があります。曲の中にメッセージが無いと困るのです。メッセージといっても難しいものではなく、一緒に楽しんでもらいたいとか、悲しい気持ちを分かってほしい、孤独感を聴く人と共有したいといったことです。わたしは、泣ける場所を作ってほしいと作曲家に常に要求します。いつの時代も人は泣くわけで、別に新しいことでもないんですね。新しくなくてもいいから、人を泣かせて欲しいといった要求をすると、作曲家も勇気を持ってくれます。

swissinfo : 読経と合わせたり、日本昔話などほかのジャンルとのコラボレーションもされていますね。 

河村 : 古典では形式が大事にされました。それを壊すことで前衛が生まれましたが、結局、前衛も新しいものではなく、古典の形式である枠が必要だったのです。わたしたちの場合は、言葉、昔話など物語の枠、もしくは前提条件に沿って音楽を作るという試みをしています。

読経は、ひとつの試みです。こうした試みは音楽の世界だけではなく、演劇、詩、絵などで行われていることで、クロスオーバーは自然の成り行きだと思います。

swissinfo : その延長線上に今回の詩人の朗読とのコラボレーションがあるわけですね。

河村 : 今回は、谷川さん自身がとても楽しんでくださいました。舞台上でのちょっとしたやり取りの行き違いなどを含めて、面白いとわたしたちが思っているライヴを楽しんでくださったのだと思います。

谷川さんの詩には、読み手の想像力の働く余地があり、音楽が詩を邪魔しないのです。ナンセンスな詩に対して、はてなマークが頭にたくさん並ぶのではなく、そこから自分の空想に入って行けるという余地です。そのような詩を音楽にしたらどうなるのかというアプローチです。たとえ自分で演奏しなくとも、こうしたことを仕掛けるのは面白いですね。

今回のコンサートについて、分からないという感想もありましたが、谷川さんも「分かることは大事ではない。味わうことが大事だ」と言っています。今の時代、言葉にできないと困るということがあるが、余韻、余白があってこその音楽であり詩であると思います。分からなかったらそれはそれでよいとしたいですね。誰にでも分かってもらおうとすると、作曲家や演奏家がそのことを目指さないといけなくなってしまいますから。

swissinfo、聞き手 佐藤夕美 ( さとう ゆうみ )

3歳よりバイオリンを始める。桐朋学園大学音楽学部在住中に西ドイツ政府給費留学生として、渡独。ベルリン芸術大学在住中にチューリヒへ移住し、ドイツとスイスを往復しながら音楽活動に入る。
1995年 チューリヒ・オペラハウス第2バイオリニスト主席として移籍。
同年 オーケストリオを結成。
1991年 スイス音楽評議会のクラングモビル賞受賞。
2004年 ENISHIプロジェクトのプロデュース。
2005年 愛知万博スイス館で「アルペンファンタジー」を演奏
2006年 A Flight of Songs初演
2008年 スイス・スロヴェニアツアー、ベトナムツアー

全日本毎日学生音楽コンクール中学の部全国第一位
ダムシュタット現代音楽際最優秀演奏クラニッヒ・シュタイナー賞
スイス音楽評議会クラングモビル賞
その他、多くの国際音楽祭にも出場している。

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