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パンデミック条約は多国間主義を照らす鏡に

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コロナ禍ではロックダウンなど厳しい感染防止措置がとられた Ap2020

スイス・ジュネーブで19日始まった世界保健機関(WHO)の年次総会で、新たなパンデミック条約が採択される。米国がWHOから脱退する情勢下で、「歴史的」な成果として歓迎される。

19日から27日までジュネーブで開かれる世界保健総会(WHA)で、将来の世界的な感染症の流行(パンデミック)に備える新たなパンデミック協定が採択される見込みだ。世界保健総会はWHOの意思決定機関だ。

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WHOのテドロス・アダノム・ゲブレイエスス事務局長の言葉を借りれば、これは「歴史的」な節目といえる。WHO加盟国による条約交渉が4月に終了したとき、同事務局長は、これにより世界はより安全になると述べた。

条約は最終合意まで3年と、国際的合意としては異例の早さで決まった。交渉をめぐっては、パンデミック時における発展途上国との技術共有への同意について一部の先進国が難色を示していた。

ドナルド・トランプ米大統領が国連を基盤とする多国間システムに挑戦状を叩きつけるさなかに、条約の合意まで漕ぎ着けた。トランプ氏の最初の大統領令の1つは、WHOからの脱退だった。米国はWHOの最大のドナー国であり、2022〜2023年には12億8400万ドル(1860億円)を提供した。米国は条約の最終交渉から離脱した。 

条約のきっかけは、推定1500万人が死亡した新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックだ。パンデミックはまた、ワクチンへのアクセスにおける極端な格差を浮き彫りにした。裕福な国々がワクチンを買いだめする一方で、主に南半球の国々はワクチンを入手するまでに数カ月待たなければならなかった。

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保健専門家たちは、この条約が将来のパンデミックを規制し、多国間の対応調整の改善につながると期待する。グローバルヘルスの専門家やNGOは今回の条約を歓迎する。

国境なき医師団(MSF)のグローバルヘルス・医薬品アクセス担当人道アドボカシー・オフィサー、メリッサ・シャルヴァイ氏は、swissinfo.chの取材に対し、「この合意は強い連帯の証だ」と語った。

3つの協定が1つに

ジュネーブ大学院グローバルヘルスセンターの政策アドバイザー、リカルド・マトゥーテ氏によれば、この条約は実際には3つの協定が1つに合わさったものだ。パンデミックの予防、準備、そしてパンデミックへの対応に関する規定が含まれる。

現在の地政学的な状況を考えると、わずか3年余りでこの協定がまとまったことは驚きだ、とマテューテ氏は言う。「多国間主義にとっての歴史的合意であり、共に問題を解決していくことの必要性を表すシグナルだ」

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米国抜きで条約は機能するか?

swissinfo.chが取材した専門家は、米国のWHO脱退は、WHA前に条約を取りまとめる後押しを加盟国に与えたと分析する。

「これはもはやWHOだけの問題ではなく、多国間主義を再確認するための合意だ、という意識を加盟国に与えた」とマトゥーテ氏は話す。「パンデミック条約の規制システムは、米国抜きでも破綻することはないだろう。190カ国以上が参加している」

米国のWHO脱退は2026年1月に発効する。それまでは米国はWHOの加盟国であり、今後のWHAにも参加できる。

米国は今後、パンデミック条約にも参加できる。マトゥーテ氏は、脱退発表前の米国は「最初の3年間は積極的に交渉に参加していた」と話す。

しかし、米国の脱退はある種の難題をもたらす。専門家によれば、米国の脱退によってWHOや公衆衛生、協定の実施に財政的な影響が出る。

例えば、米国が病原体を収集しても、それをWHOに提供するかどうかはまだわからない、とMSFのシャルヴァイ氏は言う。米国にその義務はないからだ。

「もし米国がそうしないと決めたら、将来のパンデミックとの闘いにギャップが生じるかもしれない」と、サード・ワールド・ネットワーク(TWN)の法律専門家、サンゲータ・シャシカント氏はswissinfo.chに語った。シャシカント氏はジュネーブでの交渉にオブザーバーとして参加した。

一歩前進

最も注目すべき前進は、サプライチェーンと配送のロジスティクスに関する規定だとマトゥーテ氏は言う。

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この条約のもう1つの重要な規定は、企業が医薬品開発に公的資金を注入する際、政府が条件を課すことができるとするものだ。これまでは、政府は民間企業の製品にアクセスしたり、その流通を確保したりする法的手段を持たないことが多かった。

条約が発効すれば、保健上の必要性に沿ったワクチンや医薬品の流通を可能にし、医薬品の大量買い占めを防止できるようになる。

条約はまた、発展途上国がパンデミック関連のワクチンや治療薬、診断薬を現地で生産できるよう、先進国が知識や生産設備を共有する基盤作りに重点が置かれた。途上国と先進国間の技術移転は、交渉の重要な焦点だった。

条約は、締約国が技術移転を促進する法的義務を負うと定める。このプロセスは、国同士が相互に合意し、積極的に推し進めるとしている。

さらなる交渉が必要

しかし、条約の発効には数年を要する。協定には未交渉の付属条項が含まれ、2026年のWHAで採択されることになっている。その時初めて、署名と批准が可能となる。発効には60カ国以上の批准が必要だ。

付属条項は、パンデミックの可能性のある病原体、その遺伝子配列、そしてその病原体を用いて企業が製造する医療製品の経済的利益の共有に関する規定だ。

現在、各国は病原体をWHOが調整する研究所に送っている。 その後、製薬会社がこれらの病原体を使用して医薬品を製造する。これにより、治療へのアクセスが不公平なシステムとなっている。

条約では、この仕組みを利用する企業は、パンデミックが発生した場合、自社製品の10%をWHOに無償で提供し、10%は手ごろな価格で提供しなければならない。

しかし、シャシカント氏はさらなる手立てが必要だと指摘する。 パンデミックの発生を食い止め、また予防するための医薬品への公平なアクセスも条約に盛り込むべきだと付言する。

パンデミックが発生した場合、生産を迅速に拡大できる基盤作りも不可欠だという。「だからこそ、開発途上国のより多くの製造業者が製造に参加できるようなライセンスが必要だ」

持続可能な資金調達だけでなく、管理メカニズムの欠如など、他の課題も残る。

条約が発効するまでの間、MSFは各国政府に対し、国内レベルの対策実施を呼びかけている。交渉に出席したオブザーバーによると、条約には条約履行の監視体制が含まれていないため、各国政府の責任を追及する上で市民社会が重要な役割を果たすことになる。

編集:Virginie Mangin、英語からの翻訳:宇田薫、校正:大野瑠衣子

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