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美食家、スイス人

キャビアが上に載った、長ネギで巻かれたホタテ貝。スイス人は1990年代半ば頃から美食家になったという P. Rochat

 ミシュランガイドブック2010年版が発刊された折、「スイスは人口比でレストランに付くミシュランの星の数が世界一多い」とミシュランが発表した。

 その理由をスイス版の編集責任者、ラルフ・フリンケンフリューゲル 氏は、スイス人の舌が肥えていること、美食を支える経済的豊かさ、シェフを育てる教育の質の高さを挙げている。

五つの判定基準

 スイスは2010年、3つ星レストランが2軒、2つ星が13軒、1つ星が8軒で、合計101個の星を獲得し、星の数が人口比で世界一を記録した。

 「例えば、人口がスイスのおよそ10倍のドイツには2つ星は18軒しかないことを考えると、2つ星が13軒というのは、スイス人が美食家だということの証拠だ」
 とフリンケンフリューゲル氏は話す。スイス人が「美食家」になったのはスイス版が毎年発刊されるようになった1994年頃からで、この傾向はこれからも続くと言う。
 
 星の数が多い理由の一つはレストランの客の舌が肥えていることだ。その背景には、隣国フランスやイタリアなど美食家が多い国からの影響があるという。

 またヨーロッパでは、美味しいワインの生産地に必ず美味しい料理が生まれるように、スイスでも隣国に負けないよう高質のワインを作ろうと努力をしたため、スイス人の舌が肥えてきたのだとも説明する。

 第2の理由はスイス人には美味しいものを食べる金銭的ゆとりがあることだ。第3の理由は質の高い料理シェフの教育。スイスのホテル学校教育は世界的に見て非常に高いレベルにあり、中でも料理のシェフ教育はハイレベルだからだという。

 ところで、スイス版を含め世界23カ国のガイドを出版しているミシュランだが、フランス料理やインド料理といった全く別味の料理に、どうやって同じ一つ星を付けるのだろうか?判定の基準は何なのだろうか?
 「ポルトガルであろうとニューヨークであろうと、1つ星は1つ星。判定基準は変わらない」
 とフリンケンフリューゲル氏は前置きし、五つ基準があり、食材も含めた料理の質、料理をする技術、舌で感じる味と香りの組み合わせ、値段に見合った料理の価値、年間を通して一貫した味を提供できる安定性を挙げた。

食材に対し敬意

 スイスで3つ星を14年間守り続けているヴォー州クリシエ -ル ( Crissier ) のレストラン、「フィリップ・ロッシャ ( Philippe Rochat ) 」は、フリンケンフリューゲル氏によれば以上五つの基準を完璧に満たしている。
「一番大切でいつも頭にあるのは、毎日最高の食材を手に入れること。輸送の速さ、質も重要で、できるだけ早く手に入れた食材を、その本来の味が失われない内に素早く、またその本来の味を生かすように料理し、お客様に提供することだ」
 とフィリップ・ロッシャ氏は話す。

 苦労して手に入れたものだから「それらがその生命を再び蘇らせるように」料理することが、食材に対し敬意を表することになると語る。また、四季を尊重し、年4回メニューを変えることが、自然に育てた食材を大事にし、また自然の生産サイクルを大切にすることに繋がると強調する。

 ロッシャ氏は地元ヴォー州の有機農法ビオディナミで生産する、レイモン・パコ 氏のワインを客に提供している。しかし、自然を尊重し、こうした地域の産物を大切にしながらも
「イタリア、オランダ、フランスなどヨーロッパ各地から珍しい物を取り入れて、お客様に特別な時間を楽しんでもらうことはとても大切。これがわたしの役割だ。だから経営が続いている」
 とも話す。8割がスイス国内からのお客で常連も多い。そのため、こうした客に珍重されるものを提供することは必須課題だ。

 「3つ星は世界でトップだということだ。フィリップ・ロッシャはいわゆるクラシックな料理だが、それを低カロリーの味付けで繊細に仕上げている」
 とフリンケンフリューゲル氏は評価する。

洗練されたインド伝統料理

 ジュネーブのレストラン「ラソイ・バイ・ビネット ( Rasoi by Vineet ) 」は、2010年版ミシュランガイドでスイスにあるインド料理店として、初めて1つ星をもらった。
 「開店して1年半で星をもらうとは、やってきたことが認められた証拠」と喜ぶのは、マーケティング部長、セザール・ジル氏。3年前ロンドンのミシュラン1つ星のインド料理店で、シェフのビネット・バティア氏の味にほれ込んだ。その時彼をジュネーブに招こうと決心したことが間違いではなかったと言う。

 ジル氏は
「スパイスをたっぷりと使ったインド料理を基本としながら、現代人が求める洗練された料理法や視覚的美しさを追求したこと、またインド料理の薬膳的な側面を生かしたことが成功の秘訣だ」
 と考えている。

「確かにスパイシーな伝統のインド料理だが、ヨーロッパ人に合うよう少し味をまろやかにし、またベジタリアンメニューなどの工夫もある。ただ、たとえインド料理であろうとミシュランの1つ星の判定の価値に変わりはない」
 とフリンケンフリューゲル氏は念を押す。

 成功のもう一つのカギはスピードあるサービスだとジル氏は言う。銀行街の中心にあるため、ビジネスマンたちに65フラン ( 約5500円 ) のランチメニューを弁当箱のようにして出し、素早く食べてもらうようにした。「絶望した主婦たちメニュー ( Desperate housewives ) 」では、ランチを4人以上の女性グループが食べる場合、2人は無料といった工夫もしている。

 ところで、フリンケンフリューゲル氏は
「料理にはいつも流行がある。ここ4、5年は健康に良い、低カロリーの料理が世界の主流だ」
 と言う。この意味で、ミシュランの編集の方向性と、これら二つのレストランに見られるような、美食家でありながら自然で、しかもヘルシーな料理を好むスイス人の嗜好には重なる部分が多いようだ。

里信邦子 ( さとのぶ くにこ) 、swissinfo.ch

世界23カ国のガイドブックを出版している。

検査官はミシュランの正社員。半年から2年間パリで研修を受け、ホテルとレストランについて学ぶ。毎年、異なった検査官が審査する。

研修を受けた検査官は、ミシュラン固有のハイレベルの世界中に通用する判断基準を獲得している。従って国が異なろうと、例えば1つ星のレベルは世界中同じで同じ質を持っているとミシュランは太鼓判を押す。

判定基準は五つ。1、食材も含めた料理の質、2、料理をする技術、3、舌で感じる味と香りの組み合わせ、4、値段に見合った料理の価値、5、年間を通して一貫した味を提供できる安定性。

100年以上の歴史を持つミシュランガイドブックは、レストランを選んでランク付けを行うのが目的ではなく、あくまで旅行者においしい所で食事ができる情報を提供することが目的とのこと。

検査官は世界中で86人。ヨーロッパ人70人、アメリカ人10人、アジア人6人。2010年のスイスのミシュランガイドブック版は13人の検査官が担当した。

スイスのミシュランガイドブックはドイツのカールスルーエ ( Karlsruhe ) のオフイスで編集されている。

1908年、スイスのミシュランガイドブック初版が発行。当初はフランス語版のみだった。

1910年からドイツ語版が発行される。

1912 ~1914年、北イタリアとスイスが一冊の本になった。その後、ドイツとスイスの合併号も出版された時期があった。

1982年から主なヨーロッパの都市のレストラン、ホテルを紹介するヨーロッパ版にスイスのベルン、チューリヒ、ジュネーブの街が紹介され、初めてスイスのレストランにも星が付いた 。

1994年からは毎年スイス版が出版されている。

2008年、出版100年を記念し、特別版が出版された。

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SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

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