スイスで地滑り増加、気候変動が理由?

スイス南部ヴァレー(ヴァリス)州のブラッテン村が一瞬にして消えた。近年、アルプス山脈では地滑りが増えている。スイス災害史上最悪と言われる今回の災害は、やはり温暖化のせいなのか?
ボンド村、ブリエンツ村、ロスタッロ村、チェヴィオ村、そして今回のブラッテン村――。全て、自然災害が原因で住民が避難を余儀なくされたところだ。何世代にもわたり人々が暮らしてきた土地が今、山地災害の脅威にさらされている。

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特に5月28日に発生したブラッテン村の地滑りは、スイスでも前例のない大災害だった。ヴァレー州では、約300万立方m(10tダンプカー30万台分)の岩石がレッチェンタール(レッチェン谷)のビルヒ氷河上に崩落。数日後、重さに耐えきれなくなった氷河の一部が崩れ、氷と土砂とがれきが混ざった巨大な雪崩が、ふもとのブラッテン村を丸ごと飲み込んだ。
今回の地滑りは、短期間に段階的に発生した。スイス連邦森林・雪氷・景観研究所(WSL)の氷河学者、ミレーヌ・ジャックマール氏は、最初の地滑りが発生した時点で「予測できない事態だった」とswissinfo.chに語っていた。「岩盤の状態が急速に変化したか、数カ月~数年前から既にあった動きに誰も気づかなかったかのどちらかだ」
こうした災害の予測は非常に複雑だ。気候変動だけでなく、山の動きに影響を与えるその他数々の要因も把握している必要がある。
ビルヒ氷河が崩れ始める瞬間の映像(スイス公共放送)
気候変動で自然災害が増加

自然災害に詳しい森林技術者のフェデリコ・フェラーリオ氏は「スイスアルプスには、これまでも地盤が不安定な地域があった」と話す。地盤は地質学的、水文地質学的条件やその他の気候条件によって不安定になる。
「しかし気候変動に伴い、高山地帯でも地盤が不安定になっている」(フェラーリオ氏)。気温が上昇すると「アルプスの接着剤」である氷河や永久凍土が融解し、山の斜面が不安定になる。その結果、地滑りのリスクが高まる。
WSLの最近の研究外部リンクでは、気候変動によりアルプスにおける自然災害のリスクが上昇していることが裏付けられた。アルプスで永久凍土の融解が進む地域では、今後、落石や岩壁の崩壊が増える恐れがある。
スイスは、気候変動の影響を強く受けている。アルプス山脈は世界で最も気温上昇が早い地域の1つだ。産業革命前と比較すると、平均気温は約3度上昇している。これは世界平均の約2倍に相当する。
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大規模の地滑りは例外的な災害?
過去30年間の科学文献を分析したWSLは、地滑りが発生する正確なメカニズムについて、いまだ多くの謎があると認めざるを得なかった。
地球温暖化との関係がはっきりしているのは、直径50cm未満の岩石が個々に崩れ落ちる落石の場合だけだ(落石、地滑り、岩なだれの違いについては、こちら外部リンクを参照)。
気候変動が地滑りやその他の地盤変動に与える影響を数値化するのは、依然として難しい。自然は複雑に影響し合い、ベースとなるデータが不足している上、既存のデータ処理方法にも限界があるためだという。
WSLの研究を共著したジャックマール氏は、100~1000立方mの小さな地滑りと気候変動には明らかな関係があると指摘する。「地滑りはより頻繁に発生している。特に標高の高い場所でそれが顕著だ」
こうした地滑りは登山道を分断し、建物を破壊する。人や動物にも危険が及ぶ。しかし今回ブラッテン村で起きた地滑りや、2017年にボンド村で起きた土砂崩れのような大規模な山地災害を、すぐさま気温上昇と結び付けることはできないという。
「私たちの系統的な観測データは、過去20年程度しかカバーしていない。こうした地滑りが例外的な出来事なのか、統計的に有意な変化の表れなのかを判断するには不十分だ」

「スイスの山が次々と崩れることはない」
WSLの永久凍土専門家のロベルト・ケンナー氏は、こうした事象は「その地域の地質学的条件と地形が大きく関係している」と言う。岩壁が不安定になるのは、ときに何千年もの時間を要するプロセスだ。ただ、気候条件がそれを加速することもある。例えば、氷河の融解水が岩の亀裂に入り込み、凍結して膨張した結果、岩が分離し、最終的に地滑りを引き起こすこともある。
とは言え、同氏は「スイスの山が次々に崩れ落ちる心配はない」とスイス通信社Keystone-ATSに語った。
土石流(山や谷の土砂が大雨などで崩れ、水と混じってふもとに向かって流れる現象)に関して言えば、その引き金となる豪雨が大幅に増えている。だがジャックマール氏は、分析した研究のうち、土石流の増加を明らかに示す研究は半分だけだったと指摘する。
ブラッテン村の災害では、約300人の住民が避難を余儀なくされた。だがスイスの自然災害が原因で居住地を追われた人々は他にも大勢いる。
国内避難モニタリング・センター(IDMC)の最新報告書(2025年)外部リンクによると、スイスでは昨年、洪水や地滑りが原因で発生した強制移住が1100件あった(世帯数ではなく、移住を強いられた人の数)。前年(2023年)の約3倍に増加し、2008年の調査開始以来、最多を記録した。
こうした人々の大半は、今では故郷に帰還した。スイスでは昨年末の時点で97人が「国内避難民」として登録されていた。
世界全体では、自然災害により昨年発生した強制移住者数は4580万人。最も多かった国は、米国、フィリピン、インド、中国、バングラデシュ、ナイジェリア、ブラジル。ちなみに日本は、東日本大震災だけでも当時47万人、昨年時点でいまだ約3万人が避難生活を強いられていた(復興庁データ)。
「スイスの岩壁を全て監視するのは不可能」
衛星画像やレーダー装置、地中のセンサーを利用すれば、山の斜面における地面の動きを監視できる。異常が確認されれば、当局からは警報が出される。
WSLのモニタリング機器を専門とするイヴ・ビューラー氏は、「スイスは、アルプス山脈のモニタリングにおける先駆者」と話す。独語圏のスイス公共放送(SRF)の取材に対し、スイスでは「意思決定を行う当局、ハイテク監視システムを開発・提供する民間企業、そして新しい装置のテストと検証を行う研究者の間で、独自のネットワークが築かれている」と語った。
ある自然現象が確認・把握され、その驚異を制御できる手段があれば、災害防止に向けた対策を取ることができる。例えばコンクリート壁やダムを建設し、洪水や土砂崩れから村を守るよう備えることができる。
しかしフェラーリオ氏は、介入の対象が非常に大規模な場合や、地理的にアクセスしにくい場所にある場合、技術的にも財政的にも対処は難しいとした。
ジャックマール氏は、次の地滑りがどこで起きるか、アルプスでは「予測が困難」であり、山間部の住民情報や衛星データは非常に参考になるが、スイスの岩壁を全て監視するのは不可能だとした。
ベルナーオーバーラント地方に位置する人気のアルペンリゾート、カンデルシュテークも、山が不安定になっている。巨大岩が崩れてくる危険と隣り合わせで暮らす住民の日常を追った。

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編集:Gabe Bullard/vdv/ts、独語からの翻訳:シュミット一恵、校正:宇田薫

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