「小国スイス」の宇宙での大きな存在感

2019年12月、スイスの研究者らが開発した宇宙望遠鏡「CHEOPS(ケオプス)」を乗せたロシアの宇宙船ソユーズが、仏領ギアナ・クールーのギアナ宇宙センターで打ち上げられた ESA / Julio Aprea

火星では欧州、米国、中国と、月面ではロシアと。木星の月や彗星、そして銀河のあちこちでも無限の可能性を探る― スイスの技術は宇宙の至る所で活躍している。スイス自然科学アカデミーの報告書に並ぶ数字は、小国スイスが実は強力な宇宙国家であることを物語っている。

このコンテンツは 2020/09/21 07:01

50種類の宇宙ミッションで採用されているスイスの観測機器は60機。報告書「スイスの宇宙研究2018~2020年」を一言に要約すればそうなるだろう。スイス宇宙研究の卓越した業績を物語る文書だ。

スイス自然科学アカデミーが発表したこの報告書は、2021年1月末に豪シドニーで開催される国際シンポジウム「国際宇宙空間研究委員会(Cospar)」の第43回年次会議も視野に入れて作成された。

100ページある報告書をめくると、スイスのハイテク技術を搭載した多数のフラッグシップ計画が目に留まる。宇宙望遠鏡「CHEOPS(ケオプス)」や彗星探査機「ロゼッタ」、太陽観測衛星「ソーラー・オービター」などが取り上げられているのは間違いない。

無名のミッション

しかし、ミッションは全く、あるいはほとんど知られていないものばかりだ。例えば欧州のテセウス・プロジェクト、日本のX線天文衛星計画XRISM、中国の増強型X線タイミング・偏光観測衛星eXTPなどでもスイスの技術が採用されている。

テセウスは、宇宙で最も明るい現象を引き起こすガンマ線バーストの研究だ。日本のプロジェクトは、星や銀河、銀河の集団がつくる大規模構造の成り立ちを、中国のプロジェクトは超巨大ブラックホールの状態を調査している。焦点は極限を越えた密度、重力、磁力の相互作用だ。

空間と時間

宇宙開発におけるスイスの存在感は目を見張るものがある。だが報告書が示す「2018~2020年」という期間は、やや誤解を招くので注意が必要だ。研究の対象となるアイディアが生まれてから機器を開発し、データ収集からその解析に至るまで、宇宙ミッションには通常20~30年の歳月を要する。これは事実上、研究者のキャリア全期間に相当する。

スイスが参加する50種類のミッションのうち、3分の1以上が欧州宇宙機関(ESA)の傘下にある。ESAの創設メンバーに名を連ねるスイスは、年間予算50億フラン(約5830億円)のうち1億7000万フランを拠出している。

そのうち9つのミッションは米航空宇宙局(NASA)のプロジェクトだ。他にも3つはロシアの国営企業ロスコスモスのミッションに、5つは中国の、2つは日本の宇宙研究組織のミッションに組み込まれている。

競争と連携

大国を中心とした戦略的な利害関係や課題があるにもかかわらず、宇宙は依然として国際協力の場だ。自国の旗を月に打ち立てたい、火星に一番乗りしたいという野望こそあれ、太陽の物理や水星のクレーター、木星の第1衛星イオの火山、衛星タイタンの海、そして宇宙はるか彼方の中性子星や重力波などに関し、列国は未だにほとんど興味を示していない。

ではスイスのテクノロジーがあらゆる国際的な宇宙ミッションに採用されているのは何故だろう?科学者らはどうやってワシントン、モスクワ、北京の関係者にスイスの機器を搭載すべきだと納得させるのだろう?

「これは通常、個人的なコネクションを通じて成立する」とベルン大学の物理学者・惑星学者ニコラス・トーマス氏は言う。スイス自然科学アカデミーの学長も務める同氏は、「研究者らが自分の研究分野について同僚と話をすると、その同僚が所属する組織から『それがいい!一緒にプロジェクトを進めないか』という流れになる」と説明する。

そのため、関係者が最新の情報を交換する会議やシンポジウムに数多く参加することは不可欠だ。

「NASAのプロジェクトに採用されるには、強い競争力が必要だ。だがそれも不可能ではない」とトーマス氏は続ける。「中国に関してはスイス政府の支援を受けている。だが個人的には台湾との共同研究が多すぎて、自分のテリトリーではない」。つまり、地政学は銀河の隅々までその影響力を及ぼすということだ。

世界で抜きんでるスイス

数字から読み取る限りでは、スイスの宇宙研究は世界でもトップクラスだと結論づけられるだろうか?この問いに対しトーマス氏は控え目な調子で、ファビオ・ファヴァータ氏の発言を例に挙げた。ESAで天文学と基礎物理学ミッションの調整役を務める同氏は以前、スイスの宇宙研究を「国の体重別階級を上回る健闘」と表現したことがあるという。

スイスのESAへの拠出金がGDPに相応した金額であるのは確かだが、「スイス人が他国より『騒がしい』のもその理由の1つだ。探査機や人工衛星では、常に最も目立つ装置を搭載するように努めている」という。

報告書では、連邦工科大学チューリヒ校、ローザンヌ校の2校、そして多数の大学機関、応用科学系の大学のほかに2つの研究機関が突出していた。1つはノーベル賞受賞者のミシェル・マイヨール氏やディディエ・ケロー氏、並びに多くの太陽系外惑星の探査を行う天文学者を生み出したジュネーブ大学の天文学部門。もう1つは、火星、水星、木星の氷の月、チュリュモフ・ゲラシメンコ彗星など、数多くの惑星探査研究を行ってきたベルン大学の物理学研究所だ。ベルン大学は、スイス初のESAミッションであるケオプスの生みの親でもある。

「ジュネーブは高エネルギー物理学とデータ処理を専門としている。ベルンは惑星に強い」とトーマス氏。教育機関がある分野に特化することは理にかなっているが、経済上、必然的な結果でもあるという。

宇宙の謎に迫る

一番印象に残ったミッションは?「それはあまりにも難しい質問だ。私はむしろ未来に目を向けている。(検出が非常に難しい)重力波の測定を目的とするESAの宇宙重力波望遠鏡(LISA)のプロジェクト開発に携わっていたが、素晴らしい結果が出ると期待されている。もし私がまだ学生だったら、ぜひ履歴書に記入したい項目だ」

もっとも、現在の予定では2034年に打ち上げが計画されているため、しばし我慢が必要だ。

こういった宇宙研究を支える強力なバックボーンは、スイス独自の宇宙産業だ。現存する約80社の大半は従業員1000人前後の中小企業で、主に小規模セグメントに特化したサプライヤーとして位置づけられている。

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