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2023年6月18日の国民投票

スイスで最低法人税率15%が国民投票に 争点は税収の分配方法

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経済協力開発機構(OECD)は2021年、多国籍企業への最低法人税率を15%とする案に合意した。スイスもこれに従う必要がある © Keystone / Gaetan Bally

6月18日、スイスの有権者は、多国籍企業に課される法人税の改革について是非を問われる。争点は、税の公平性やビジネス拠点としての競争力、増収分の分配方法だ。

改革のきっかけは、主要20カ国・地域(G20)や経済協力開発機構(OECD)など外部からの揺さぶりだ。OECDは2021年、巨大多国籍企業の法人税率の下限を一律15%にする新ルールの導入を決めた。現在138カ国が合意している。

世界規模で税の公平性を期するための決定だったが、条件は比較的緩い。年間売上高が7億5千万ユーロ(約1070億2千万円)を超える企業が対象だ。

税制改革がスイスに及ぼす影響は?

これまで多国籍企業は、利益を合法的にタックスヘイブン(租税回避地)に移転することで法人税の節税や回避を行ってきた。

OECDが主導する最低税率導入は、国際的な税率引き下げ競争の抑止効果も狙う。租税競争は数十年来過熱の一途をたどっており、少数のタックスヘイブンと多くの多国籍企業が、それに乗じて潤ってきた。

逆に割を食ったのは、インフラコストが高く財政的柔軟性に欠ける米仏など多くの経済大国だ。

特に米国は、グーグル、フェイスブック、アップル、アマゾンといった国内IT大手の「課税逃れ」に悩まされてきた。そのため最低税率と同時に、デジタル課税も議論されてきた。目指すのはともに、課税の公平性だ。

今スイスがなすべきことは?

スイスで法人税は州の管轄だ。OECDの最低税率ルールを導入するに当たり、15%との差を連邦の「補完税」新設で補うため憲法改正が必要だ。また政治的理由により特定の企業群に対し不平等な措置を講じることになる。そのため国民投票で有権者の審判が仰がれる。

スイスの法人税の現状は?

法人税率が15%に満たないのはスイス国内26州のうち21州。一部の州では大幅に下回る。つまりこれらの州は、低税率をうたって企業を誘致してきた。これより低い税率を設定しているのは、英属領ガーンジー島やカタール、ハンガリーなど典型的なオフショア地域しか無い。欧州におけるスイス最大の競争相手は、一貫してアイルランドだ。

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スイスは自国の低税率政策を、高い賃金や立地コストの埋め合わせ、ビジネス拠点としての魅力といった観点から説明することが多かった。

税制改革が立地条件に及ぼす影響は?

税制改革によってスイスは、ビジネス拠点として重要なアドバンテージを短期的に失う。税制上の優位性をアピールできなくなるからだ。

カリン・ケラー・ズッター連邦財務相もその点は認めるが、克服はできるとみる。先日の日刊紙NZZでは「大手多国籍企業をめぐる国際的租税競争は抑えられる」としつつも「スイスには政治的安定や法的確実性、優れた労働力、革新的で適応力の高い経済的環境など多くの切り札がある」と述べている。

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最低税率が経済に与える影響は?

とはいえ、新ルールへの対応がスイス経済に影響を及ぼすことは必至だ。ただし具体的にどんな影響が出るかは、連邦政府にとっても「不透明」だ。租税競争の仕切り直しに向けた他国の動向がまだ不明なせいもある。しかし、新たな競争が始まることに疑いは無いようだ。

企業の今後の動向も不透明だ。スイスは国土の広さに対して大企業や外資系企業の数がきわめて多く、税率引き上げの対象となるのはその中の約2千社と推測されている。一方で約60万社を数える中小企業(SME)は、売上高が7億5千万ユーロに満たず、対象外だ。

賛成派の意見は?

連邦政府と連邦議会及び各州は、今回の憲法改正案を強く支持している。最低税率導入が不可避ならば、せめて税収基盤は国内にとどめるべきとの観点からだ。

それというのもスイスがこのOECDルールに従わない場合、15%との差分は他国が課税できることになっている。そうなれば税収が外国に奪われる、というのが賛成派の訴えだ。

スイスの従来の税制について、賛成派は「立派な成果を上げてきた」と称賛する。経済連合エコノミースイスは、大手多国籍企業はこれまで「社会・教育分野などの公共サービスの拡充にとって大事な財源となってきた」と評する。

財政的影響の規模は?

連邦財務省の概算では、改革による増収効果は10億〜25億フラン(約1450億7千万〜3622億8千万円)。スイス全体の法人税収は総額約140億フランだ。

増収分の配分は?

連邦議会では、OECDの基準を満たす方向で全政党が法案の大筋に合意した。一方、増収分の分配を巡っては、該当企業の法人税納付先である州の取り分とするのか、それとも公益のための支出をまかなうため国庫により多くを振り向けるべきなのかで議論が紛糾した。

今回国民投票にかけられる案では、増収分の75%が州に、残り25%が連邦政府に振り分けられる。

増税分の行き先は主に、納税対象の大手多国籍企業が所在する州だ。これら経済力のある州が法人税率で優位性を失っても、別の形で競争力を高められるようにという思惑だ。例えば、その資金を元に他の税金を引き下げたり、建設用地を安く販売したりして、インフラ投資を促すことも可能だ。

また州間の財政力格差を調整する「全国財政調整制度」を通じて、全ての州も増税の恩恵に預かる。

連邦の取り分のうち約3分の1も、全国財政調整制度に投入される。残りの3分の2は、ビジネス拠点としてのスイスの魅力を高めるための施策に使われる。例えば教育、研究、技術革新の強化や、熟練労働者の不足への対策としてワークライフバランスを改善することが想定される。具体的な施策は、連邦政府・議会が追って決める。

反対派の意見は?

社会党は、この配分比率を不満として国民投票に反対票を投じるよう呼びかけている。このようなリベートを認めれば、州の取り分は実質ほとんどが大手多国籍企業の集まる州に渡ると主張する。

左派勢力は、こうした方式は州同士の税制競争を助長するとして反対。増収分をもっと連邦政府に振り向け、インフラ投資、つまり国民への還元に充てるべきだと唱える。

そもそも一部左派は、増収分の行き先は多くの企業の利益の源泉であるグローバルサウスであるべきだと主張していたが、議会審議で挫折した。

スイスが最低税率導入を拒否したら?

この点に関してはスイスが深刻な不利益を被るという意見で一致している。仮に今回、改革案が国民投票で否決されても、それは最低税率の導入放棄を意味しない。そうなった場合、連邦議会は緊急手続きにより配分比率を再調整した上で、新たな法案を提出することになるだろう。

独語からの翻訳:フュレマン直美

※この記事は2023年4月6日に配信後、同18日に修正されました。当初は増収分の配分について正確ではない表記がありました。

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