スイスの視点を10言語で

スイス人が肉を食べるのは「理にかなっている」

マルセル・デットリング氏
「集約畜産禁止イニシアチブ」は、特に小規模農家を直撃すると主張するマルセル・デットリング氏 © Keystone / Gaetan Bally

「集約畜産禁止イニシアチブ」は動物性食品の価格上昇や、外国産の輸入増加につながるとマルセル・デットリング下院議員(国民党)は主張する。肉を避けるビーガンやベジタリアンが増えているという言説はまやかしにすぎず、国土の7割を草原が占めるスイスで肉食は「理にかなっている」と強調する。

今月25日の国民投票では、家畜を密集・大量飼育する「集約畜産」を禁止すべきかが問われる。スイスの工場式畜産に反対し、飼育環境の改善を訴える同イニシアチブ(国民発議)は、輸入の家畜や動物性食品にもこれらの要件を適用するよう求めている。

シュヴィーツ州のマルセル・デットリング下院議員(国民党)は農業に従事し、農民組合やその他の農業関連組織で役員を務める。

swissinfo.ch25日の国民投票では「集約畜産禁止イニシアチブ」の是非が問われます。反対派は、スイスに集約畜産はないと主張していますが、一体どちらが正しいのでしょう?

マルセル・デットリング:スイスに集約畜産はありません。子牛の飼育数は1農場当たり300頭までと定められています。豚は最大1500頭、採卵鶏は1農場当たり最大1万8千羽です。

ちなみにドイツと比べると、採卵鶏は1農場60万羽、豚なら数十万頭以上というデータがあります。これを見れば、スイスで集約畜産が行われていないのは明らかです。

swissinfo.ch:いずれにせよ、スイスでは家畜の数を増やす農家が減ってきています。今日の動物福祉は適切ですか、それとも改善が必要ですか?

デットリング:少し時間をさかのぼって説明します。政府はこれまで「より大規模に、より経済的に」運営するよう農家に求めてきました。スイスの農家は小さ過ぎるため、他の農場を買収し、拡張し、耕地を増やせと。

ところが今度はイニシアチブが「規模が大きすぎるから縮小しろ」と非難する。農民にしてみれば、一体何が正しいのか分かりません。人々はスイス農業に何を求めているのでしょうか。

swissinfo.ch:イニシアチブの発起人は、これは主に工場式の大規模な畜産に反対する取り組みだと主張しています。ならば小規模農家にとってのチャンスではないですか?

デットリング:いいえ、その反対です。イニシアチブの中核は、有機認証の規定を採用することです。可決されれば、オーガニック食品の認証機関ビオ・スイスが2018年に定めたガイドラインが、農家の規模に関係なくスイス全土で適用されることになり、そうなれば農家に選択の余地はなくなります。

スイスには、家畜を定期的に戸外に出す「ラウス・プログラム外部リンク」があります。参加は任意で、政府から奨励金が出ます。

ところが義務化されれば、農家への補助がなくなります。3億フラン(約430億円)もの奨励金です。これは主に小規模農家に打撃を与えるでしょう。

私が農業を営む山間部では、農家のほぼ9割が同プログラムに参加しています。これでは、動物を外に出し、動物に優しい飼い方をしている模範的な人が、逆に奨励金ストップという罰を受けることになってしまいます。

swissinfo.ch:イニシアチブの発案者自身も、動物性食品は高くなると見ています。しかし気候変動の観点からも、動物性食品の摂取を控えることが望ましいのでは?

デットリング:今求められていることは、スイスで生産できるものは、可能な限りスイスで生産することです。イニシアチブは単に輸入を促進し、外国製品の増加をもたらすだけです。

消費者を起点に考えるべきです。単に輸入に頼るのではなく、スイスの需要はできるだけスイスで生産して満たす。ある調査では、現在58%の鶏肉の自給率は5%にまで落ちると言われています。豚肉の場合、92%から50%弱に縮小する見込みです。そうなると不足分は輸入に頼らざるを得なくなる。イニシアチブの発想は間違っていると思います。

swissinfo.ch:試算によると、スイスでは全食品の3分の1が廃棄されています。価格の上昇はフードロスを減らすきっかけになるのでは?

デットリング:確かにフードロスは、食肉に限らず全食品に当てはまる大きな問題です。しかし今、問われているのは、消費者にどこまで要求できるかということです。エネルギー価格や家賃、ガソリン価格が上昇する中、庶民は何とかやりくりしなくてはなりません。

特に肉の場合、ショッピングツーリズムという大きな問題があります。このままスイスの物価が上がり続ければ、近年の傾向が示すように、国境を越えて安い肉を買いに行く人が増えるでしょう。そうなると憂き目を見るのは、結局スイスの農業です。

swissinfo.ch1980年代以降、肉の消費量は継続的に減少しています。農業はこの流れを十分に考慮していますか?

デットリング:スイスにおける肉の消費量は、2021年に増加しています。総量だけでなく、1人当たりの消費量も増えています。単に移民で人口が増えたから肉の消費量も増えたという意見は正しくありません。

メディアは、ビーガンやベジタリアンが一般的になっていると強調しがちですが、実際はその逆なのです。肉はまだまだ人気がありますし、スイスは国土の7割が草原なので、理にかなったことです。この大草原が育む動物が、食肉や牛乳となり人を養う。完全に循環するサイクルであり、スイスにとって素晴らしいことです。それに、スイス人は肉が大好きです。

「集約畜産禁止イニシアチブ」を支持するメレット・シュナイダー下院議員(緑の党)とのインタビューはこちら

おすすめの記事

アーカイブ

動物の福祉を守るためなら肉が値上がりしてもOK?

スイスで9月25日に国民投票にかけられる「集約畜産禁止イニシアチブ」は、家畜動物の尊厳を守り集約畜産を禁止するべく、連邦憲法の改正を求めています。可決されればスイスの農業に大きな影響を与えることになります。

64 件のコメント
議論を表示する

 

独語からの翻訳:シュミット一恵

swissinfo.chの記者との意見交換は、こちらからアクセスしてください。

他のトピックを議論したい、あるいは記事の誤記に関しては、japanese@swissinfo.ch までご連絡ください。

SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部