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22年5月15日の国民投票 臓器提供、ネトフリ法、シェンゲン外国境警備

全ての人を潜在的ドナーとする法案、スイスで国民投票へ

臓器
© Keystone / Martial Trezzini

スイスでは5月15日、明確に反対の意思表示をした人を除き、全ての人を潜在的ドナー(臓器提供者)とみなす法案が国民投票にかけられる。何が争点になっているのか。

焦点は?

5月15日の国民投票では、臓器提供イニシアチブ(国民発議)に対して連邦内閣が出した間接的対案の是非が問われる。反対の意思を明示した人を除く全ての市民を潜在的ドナーとみなすというもので、移植用臓器の数を増やすことが狙いだ。現在は、本人の生前の同意があった場合にのみ、死後の臓器提供が認められている。

現行の運用制度を変えるべき理由とは?

きっかけは、スイス西部の起業家団体、リヴィエラ国際青年会議所が2019年に提起したイニシアチブだ。有意義なプロジェクト発足を模索していた同会議所は、理事長の友人が腎臓移植を長年待っていたことをきっかけに、臓器移植をプロジェクトのテーマに据えた。

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同会議所は医師、政治家、団体などの協力を得て、イニシアチブ成立に必要な10万人分の署名を集めた。このイニシアチブは、本人が生前に反対していなければ、死後の臓器提供に同意したものとみなすという法律の策定を求めたもの。その目的は命を救い、長年に及ぶ移植待期期間を回避することだった。

連邦内閣はこれに対し間接的対案を作成した。臓器移植法改正案となるこの対案では、イニシアチブと目指す方向性は同じだが、死亡者の親族が意思決定プロセスに関与できるよう配慮した。発議委員会はこの対案に納得し、対案の実施を条件にイニシアチブを取り下げた。

だがそれに対して反対派がレファレンダムを要求し、対案の是非が5月の国民投票で問われることになった。否決された場合はイニシアチブが国民投票にかけられることになっている。

法改正で何が変わる?

スイスでは現在、臓器提供には「明示的同意」の原則が適用されている。死亡者の臓器摘出が認められるのは、本人が臓器提供に同意することを生前に家族に知らせていた場合、ドナーカードを所持していた場合、または診療記録に同意の意思が記載されていた場合に限られる。故人の意思表示がない場合は親族に判断が委ねられるが、親族は故人の意思を尊重しなければならない。

改正法案はこの論理を逆転させたものであり、「推定的同意」を柱としている。原則的には全ての人が死後に自分の臓器が利用されることに同意したものとみなされ、それを望まない人は、生前にその意思を明示しなければならない。明確な意思表示がない場合は、故人の意思に沿う形で親族が判断できる。

レファレンダムを要求したのは誰か?

レファレンダム成立に必要な5千人分の署名を集め、今回の改正法案を国民投票に持ち込んだのは、ビール(ビエンヌ)の助産師と社会民主党市議およびヴィンタートゥールの医師が率いる超党派の委員会だ。神学者や法律家、右派から左派まで幅広い政治家から構成されるこのレファレンダム委員会は、とりわけ憲法で保障された身体的完全性の権利に関しては沈黙を同意とみなすべきではないと主張。場合に限らず、全ての医療介入には本人の明確な同意が必要と訴える。

レファレンダム委員会は、今回の法改正は社会的弱者や外国人には不利だと指摘する。臓器移植に反対したくても、生前に必要な手続きが踏めない可能性があるからだ。また別の問題点として挙げるのが、親族の心理的負担の増加だ。故人の意思を把握していなくとも、親族が臓器提供の判断をしなければならなくなるからだ。同委員会は声明で「(親族が臓器提供を)拒否したら、思いやりに欠けた態度だとすぐ解釈されてしまう」と説明する。

連邦議会では、国民党議員の大半と中道派政党の議員の一部が対案に反対した。「推定同意方式」では身体的完全性の権利と自己決定権が尊重されないこと、宗教的・倫理的な配慮も不十分なこと、そして本人の意思が不確かだからといって臓器移植に同意したものと解釈して良いことにはならない点などが理由だった。

誰が法案を支持している?

連邦議会の圧倒的過半数が内閣の臓器移植改正法案を支持した。議員の多くは、推定同意方式の導入で臓器提供数が増加し、スイスは欧州平均を上回ると考えた。

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スイスでは国民の約75%が臓器提供に賛成する一方、親族の拒否率が60%という矛盾点がこれまで多々指摘されてきた。明確な情報が得られなかったことを理由に、親族が臓器摘出を拒否するケースも多い。連邦議会では、推定同意方式に移行することでこの傾向が逆転し、臓器提供には基本的に賛成という親族が増えるとの見方が多数を占める。

今回の対案は臓器提供の決定プロセスに親族を含んでいることから、幅広い支持を得ている。親族が臓器移植は故人の意思に反すると考えれば、特段の理由を提示しなくても臓器移植を拒否できる。さらに、疑わしい場合や親族と連絡がつかない場合は、臓器摘出は行われない。

また連邦内閣は、全ての人が臓器提供への意思表示を簡単にできるよう、連邦レベルでの臓器提供登録簿の導入を発表。法改正による変更点を国民全員に説明するための広報キャンペーンも計画している。

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統計でみる臓器提供の現状

非営利団体スイストランスプラントによると、スイスでは昨年、死亡したドナーから484の臓器が移植された。大半が腎臓と肝臓だった。生きているドナーから移植された臓器の数は125だった。昨年末時点の移植希望者は1434人だった。移植希望者リストに登録していて死亡したのは72人。これらの数字は前年と同水準だった。

全体として移植用臓器数は需要に比べて圧倒的に少なく、スイスは欧州平均を下回る。大半の国では推定同意方式が採用されている。周辺国でスイスよりも臓器提供率が低いのは、スイス同様に「明示的同意」を原則とするドイツだけだ。

(独語からの翻訳・鹿島田芙美)

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SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

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