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春香クリスティーンさん 「政治オタク」の原点は故郷スイスに

Haruka Christine
時にコメンテーター、時にリポーターとして活躍する春香クリスティーンさん。5月の広島主要7カ国(G7)首脳会議(サミット)ではリポーターとして現地を取材した Horipro

スイス・チューリヒ出身の芸能人としてテレビを中心に活躍する春香クリスティーンさん(31)。swissinfo.chとの取材で、自身のキャリアにおける「スイスネス(スイスらしさ)」について語った。

ある時はバラエティー番組のゲスト、ある時は情報番組のコメンテーターやリポーター。5月には広島で開催された主要7カ国(G7)のメディアセンターなど舞台裏を取材外部リンクした。「必ずしもその分野の専門家ではない人がニュースにコメントするのは日本独特のスタイル。だから、自分の職業をスイスの人に説明するのはちょっと難しいです」と冗談めかす。

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日本人の父、スイス人の母を持ち、チューリヒで生まれ育った。衛星放送で日本の子供向けやお笑い番組を観て過ごし、夏休みに遊びに行く日本に憧れるようになった。小学校低学年で転校先のクラスに馴染めず、週1回通う日本語学校が安息の時間となった。「自分と同じルーツの子供に囲まれて、居心地がよかった」。日本への憧れは次第に執着へと変わり、ギムナジウム4年生を終えた16歳の夏、家族を説き伏せて単身日本に移住した。

テレビ業界に憧れ、最初は芸能事務所主催のオーディションの門を叩き、ガールズ演劇ユニットへの所属が第一歩。得意技は芸人の物まね外部リンク、しかもドイツ語で。これがブレイクし、バラエティー番組やワイドショーに引っ張りだこになった。レギュラー番組が10本もあるほどの人気ぶりを博していた2018年3月に休業宣言。カナダ留学や結婚・出産を経て、2022年秋に復帰し、再びテレビで活躍するようになった。今は大阪や名古屋、静岡など地方局での仕事も多く、子育てをしながら週2~3回は新幹線で出張する生活だ。

意見を言わない日本人

キャリアを築くなかで、「政治オタク」という触れ書きは大きなセールスポイントとなった。一時は国会議事堂のある永田町に住居を移し、若者向けに政治や選挙制度を解説する本も出版した。政治に関心を持つようになったきっかけも、スイスにある。

「政治がものすごく好きとか、政治活動をしていたわけではないんです。私のなかでは、政治は生活の中に当たり前にあるものでした」。スイスの学校の授業では常に自分の意見を求められ、友達どうしの会話でも政治が話題に上った。年に4回の国民投票の時期にはニュース番組や町中がその話題であふれ、未成年でも政治を考える機会が日常的にある。

Haruka Christine
swissinfo.chのインタビューに答える春香クリスティーンさん swissinfo.ch

だが日本で高校に通ってみると、環境は全く違った。「みんな意見を言わないし、言うとしても型通りの無難な意見。どこか、政治に興味を持ってもしようがない、という雰囲気がありました。それはなぜなのか疑問に思い、自分で現場を見ようと永田町に足を運ぶようになりました」

日本人とスイス人の政治に対する姿勢の違いは何か。理由の1つは学校教育にあるのではないか、と考える。日本の授業は教師が生徒に一方通行で講義する形式が多く、板書を書き写す時間が中心。ディベートとして議論の方法論を学ぶことはあっても、自分の考えを積極的に発信するものではない。

「スイスでは生徒が喋るのが当たり前で、先生が敢えて挙手していない生徒に当てることさえありました」。当時は積極的に発言するタイプではなかったが、日本に来て気づいた違いを探求するうちに政治の世界にはまり、いつしかニュース番組で「ご意見番」を務めるようになった。

公用語が4つあるスイスでは当たり前な語学力の高さもキャリアの役に立っている。外国語への苦手意識が高い日本では、日英独仏(フランス語は衰えた)の4カ国語ができると珍しがられた。2016年に難民問題に揺れるドイツや、2017年のフランス大統領選を現地語で取材。町中の人にインタビューし、記者でも専門家でもない立場から視聴者目線で現場の空気を伝えた。

日本とスイスは政治制度そのものも大きく異なる。スイスでは連邦憲法の改正を問う国民投票が頻繁に行われているが、日本国憲法を改正する国民投票は1947年の施行以来、一度も実施されていない。脱原発から自転車道の整備まで何でも連邦憲法で定められるスイスと異なり、日本の憲法は基本的人権や戦争放棄など重要原則だけを盛り込んだ厳粛な存在だからだ。地方レベルで住民投票制度はあっても、投票結果に法的拘束力はない場合も多い。

日本でイニシアチブ(国民発議)やレファレンダム(国民表決)制度の導入を呼びかける市民団体もあるが、クリスティーンさんはやや慎重に見る。人口やその集中度が異なるためだ。「日本は人口が東京に集中しているので、東京寄りの意見が広がりやすくなる可能性もあります。それが日本を代表していると言えばそこまでですが」。スイスは言語圏による文化や考え方の違いこそ深いものの、九州ほどしかない狭い国土では都市と農村の距離が近く、地域間の分断は起こりにくい、と分析する。

ネット投票とマイナンバーカード

そんなクリスティーンさんが注目しているスイスの政治トピックは電子投票(インターネット投票)の行方だ。長年の試みの末に2019年にいったん頓挫したが、今月18日の国民投票で一部の州の有権者を対象に復活する

ネット投票は在外スイス人にとって便利なのはもちろん、身障者や多忙で投票しにくい人も投票しやすくなる。「ここまでネットが生活に浸透して色々な行政手続きもオンラインでできるなか、投票もできたら便利だろうとは思います」

だが気になるのはやはりセキュリティー面だ。特に日本では最近、マイナンバーカードと健康保険証を連携する際に他人の情報が誤って登録されてしまう事例が相次いで発覚した。「選挙でAさんに投票したつもりがBさんに投票されていたら、選挙制度の根幹が崩れてしまいます。不正やシステムエラーをどうやって防ぐのかは気になるところです」

ウクライナ戦争で揺らぐスイスの中立政策にも注目する。スイス製武器の再輸出問題は日本のメディアでも取り上げられた。「これまでスイスが小国ながら世界に存在感を示せている理由の1つは、中立国として国際会議の場所を提供したり、仲介役を務めたりというこれまで築き上げてきた地位があります。それがなくなってしまうとスイスはどうなるんだろう、という思いで見ています」

日本にないもの

スイスで過ごした年月に、日本に来てからの年月が近づいてきた。強い希望を持って移住を決めただけに、数年間はホームシックになってもスイスに戻らなかったという。だが仕事が軌道に乗ってきた2017年、ふと肩の荷が下りて故郷に戻ると、以前とほぼ変わらないチューリヒの街並みと懐かしい空気がクリスティーンさんを迎え入れた。「違う場所になっちゃったという感覚はなく、ああ戻ってきたな、と感じました」

食文化の豊かな日本で苦労することは少ないが、1つだけ恋しさを禁じ得ないものがある。それは固いパンだ。日本はふんわりした食感のパンが好まれ、ドイツ語圏に特徴的な固めのパンは専門店に行かないと入手できない。「これは周りの人にはなかなか共感してもらえません」。娘の歯が生え始めた時も、スイス式に固いパンの耳を齧らせた。

1歳の娘にはスイスドイツ語に親しませることも忘れない。「スイス以外のどこで使えるのかな、という思いはありますが、アイデンティティーの1つなので途絶えさせるわけにはいきません」。家庭内の会話は日本語だが、スイスにいる家族との電話をスピーカーモードにして娘にも聞かせたり、スイスドイツ語の歌を歌ってあげたりしている。

日本への憧れを胸にスイスを飛び出したクリスティーンさんだが、今は日本もスイスも「ホーム」だと感じる。「スイスにいたころは1日中日本のことを考えていたので、せっかく良いところに住んでいたのにもったいなかったと思っています。これからそれを取り戻したい。いろんなところに行きたいし、スイスのことをもっと知りたいです」

編集:Balz Rigendinger

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SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

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