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フェデラーの軌跡 テニスのレジェンドが育った場所

本
「Footstep of Federer(仮訳・フェデラーの足跡)」の著者デイブ・セミナラさんは、自著は「いちファンの巡礼記であり、無許可の伝記ではない」と語る Dave Seminara

ひざの手術で戦線を離脱していた男子テニスのロジャー・フェデラー選手が、3月のカタール・オープン(ドーハ)でツアー復帰を果たした。ちょうどそのころ、同選手ゆかりの母国スイスの地や、少年時代の所属クラブを紹介する本が発売された。

フリーランスの旅行・スポーツライターで、米紙ニューヨーク・タイムズに記事を出しているデイブ・セミナラさんは、著書「Footsteps of Federer:A Fan’s Pilgrimage across 7 Swiss Cantons in 10 Acts(仮訳・フェデラーの足跡:スイス7州を10の事柄で巡るファンの巡礼記)」の執筆のため、チューリヒ近郊の自治体ラッパースヴィールや、バーゼル・ラント準州の自治体ミュンヘンシュタイン外部リンクを訪れた。観光客はおよそ訪れない場所だ。

その道中、セミナラさんはフェデラー選手の遠縁の親戚にインタビュー。四大大会20勝を成し遂げたフェデラー選手の故郷に触れ、フェデラー選手のプレーなど個人的な趣向も盛り込んだ。この本は、伝記と言うよりは旅行記に近い軽めの読み物になっている。ただそれと同時に、スイスが生んだスーパースターの軌跡も明らかにしている。

ロジャー
フェデラーが子供時代を過ごしたミュンヘンシュタインの自宅周辺 Dave Seminara

セミナラさんは、フロリダの自宅から電話インタビューに応じ「何億ドルも持つロジャーなら、どこに住むことだってできる。だが彼は地元を離れていない」と話した。「私が知りたかったことの1つは、ロジャーとスイスとの関係だった」

8月に40歳になるフェデラー選手は、トーナメント選手としては誰が見てもキャリア終盤にいる。今回の復帰劇の前には、右ひざの手術を2回受け、13カ月間試合から遠ざかっていた。カタール・オープン出場は、7月に行われるウィンブルドン選手権で9回目の優勝を果たすための肩慣らしだ、と見る向きも多い。

自己免疫疾患で何年もテニスから遠ざかっていたセミナラさんにとって、スイスは自分の技術を再確認するのにぴったりの場所だった。自身の健康状態が改善するにつれ、テニスに復帰したいという熱意も強くなっていった。

米紙ウォール・ストリート・ジャーナルやBBCトラベルにも寄稿するセミナラさんは、「もともとは、自分へのご褒美にと思って始めたことだった」と話す。「何か純粋にご褒美になることをしたい、と。テニスに復帰するにしても、単に近所のコートではなく、スイスに行って、ロジャーがプレーしたコートでやりたいと思った」

カフェ
フェデラーが少年時代に所属していたテニスクラブ「オールドボーイズ・バーゼル」内のカフェ Dave Seminara

スイスのプライバシー

フェデラー選手の熱狂的なファンであるセミナラさんは、自分の子供にフェデラー選手の名前を付けようとしたが、妻に反対された(結局ジェームズという名前に落ち着いた)。2019年10月、セミナラさんは10日間かけてスイス中を旅した。初回の原稿はニューヨークタイムズの紀行記事になる予定だったが、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)の影響でほとんどの旅行記事が保留になり、まだ掲載されていない。セミナラさんはすぐに、編集者から注文を受けた最大2500字よりももっと多くのことを伝えたい、と本の執筆を思いついた。

全210ページの著書では、スイス中部シュヴィーツ州にあるアインシーデルン修道院が登場する。セミナラさんは偶然にもそこで、フェデラー選手の子供たちに洗礼を施した一家の遠縁と出会う。セミナラさんはフェデラー選手の歯科医にも取材。歯科医の話から、フェデラー選手の妻ミルカさんが素晴らしい歯の持ち主であることを紹介している。

ベルネック
ここがフェデラー一族の発祥の地。スイス北東部の自治体ベルネックの風景 Jakob Federer

スイス東部グラウビュンデン州フェルスベルクには、フェデラー選手が時々トレーニングをしているクレーコートがある。セミナラさんはこのコートで、自身最長ともいえる2時間の試合をした。フェデラー選手は練習後、意地でもお金を払ってここのコーヒーを飲んでいるというが、セミナラさんは「酷い味だ」と笑う。

ベルネック
試合後のセミナラさん。フェルスベルク・テニスクラブにある、フェデラーにちなんで「ロジャー」と名付けられたコートで Dave Seminara

スイスでは米国に比べ、一般的に自分のプライバシー(他人のプライバシーも)を重んじる人が多い。そのため取材が気まずくなることもあった。セミナラさんは、フェデラー選手が時々プレーするテニスコートの写真を撮ってはいけないとくぎを刺された。

セミナラさんは、フェデラー選手が購入した物件を探して近辺を歩き回り、地元住民にも声をかけた。セミナラさんのリヒテンシュタイン出身の友人が「自分なら絶対にしない」と話すような行為だ。セミナラさんの知人は、フェデラー選手の家に案内することは拒否したが、それに準じる場所に連れて行ってくれた。

家
ベルネックにある、フェデラー選手の父親ロベルトさんが育った家 Dave Seminara

セミナラさんは「プライバシーをこれほど重視する国なのに、個人の不動産取引が簡単に調べられることに驚いた」と話す。「人々はフェデラー選手のプライバシーを尊重しているが、マスコミはかなり熱心に彼を取材している」

バーゼルで引退?

だがこの本には、フェデラー選手本人のコメントがない。セミナラさんは、トーナメントでフェデラー選手に少しだけ会ったときのこと、また19年のスイス・インドア・バーゼルでフェデラー選手が10回目のタイトルを獲得した際に、記者として英語でいくつか質問をしたときのことを振り返る。1対1のインタビューは、当初から計画にはなかった。

「プライバシーをこれほど重視する国なのに、個人の不動産取引が簡単に調べられることに驚いた」

「私はこれを、無許可の伝記ではなく、いちファンの巡礼の旅にしたかった」とセミナラさんは言う。「ファンがリアルに体験したことを本にしたかった」

だが、もしセミナラさんがフェデラー選手に会うことができたのなら、ファン全員が知りたがっていることを聞く、と話す。「私たちはあとどのくらい、あなたのテニスを見ることができるのか」と。

フェデラー選手はいつラケットを置くのだろうか。セミナラさんは「すぐにではないことを祈りたい」と言うが、引退試合は地元開催のスイス・インドアだと予想する。今年の大会は10月の最終週に開かれる予定だ。

セミナラさんは「世界最大規模のトーナメントではないとしても、フェデラー選手にとっては本当に特別な大会だ」と話す。「彼はこの大会でボールボーイをしていた。母親のリネットさんは、この大会のボランティアだった。(競技場は)彼が育った場所から5分のところにある。彼が引退するときは、地元を選ぶ気がする」

(英語からの翻訳・宇田薫)

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