広島・原爆の記憶伝える欧州在住の日本人俳優

2019年10月24日、ヒロシマサロンの冒頭で上演された原さんの一人芝居「ヒロシマ・モンスターガール」 Sachiko Hara

欧州ドイツ語圏の劇場で、日本人では唯一の専属俳優、原サチコさん(55)が本業の傍ら、一人舞台とトークセッションで広島の原爆の記憶を伝える「ヒロシマサロン」を続けている。きっかけはある被爆者との出会いだった。

このコンテンツは 2020/02/06 12:00

昨年10月24日夜、チューリヒの劇場「シャウシュピールハウス」で、スイスでは初となる「ヒロシマサロン」が開かれた。冒頭、原さんが1年前に作ったばかりという約30分間の一人舞台「ヒロシマ・モンスターガール」が上演された。全編ドイツ語で、原さん演じる広島の少女が原爆により「怪物」のような姿に成り果て、その後も生き地獄を味わうというストーリーだ。

朝ご飯を食べ、元気に学校へ出かけて行ったモンペ姿の少女を襲う突然の轟音。舞台が暗転し、不協和音が混じる効果音を背に、がくがくと体を激しく揺らしながら水を求めさまよう。鬼の面をかぶり、ケロイドでひきつれた顔を嘆き、こんな姿のせいで結婚の夢すらついえたーと行き場のない怒りを叫ぶ場面では、観客が息をのんで舞台を凝視している。

「この少女のモデルは、2010年から毎年訪れている広島で出会った被爆者の体験談、映画や本で強く心に残った話を元に作り上げた」と原さん。原爆によって生き残った人がどれだけの苦しみを味わっているのか、それを訴えたかったのだという。

東京の劇団を経て35歳で渡独し、ドイツ、オーストリアの劇場で専属俳優としてキャリアを積んできた。原爆の語り部をやろうと決めたのは、ウィーンからドイツ・ハノーファー州立劇場に移った2010年のことだ。

原サチコさん Sachiko Hara

それまで住んでいた華やかなウィーンとは違う、人口50万人の町になかなかなじむことができなかった。「ここに住む意味を見つけたい」。そんな折、ハノーファーと広島市が姉妹提携を結んでいること、被爆者で姉妹都市実現の立役者となった林寿彦さん(現在は故人)という人物の存在を知った。

ハノーファーの元市長と広島市の仲介で、同年夏に広島市内で林さんと会った。そこで原さんは、故井上ひさし氏が原爆投下後の広島を描いた朗読劇「少年口伝隊(くでんたい)一九四五」のドイツ語版を、ハノーファー州立劇場で上演することを伝えたという。

ただ広島出身でもなければ被爆者でもない自分が語り部をしてもいいのか、という不安はあった。その思いを打ち明けると林さんは「生きている被爆者の数は減る一方だ。話す人が多ければ多い方がいい。どんどんやりなさい」と背中を押してくれたという。

同年10月、ハノーファーの劇場で第1回公演が開かれた。だが「口伝隊」の内容だけでは原さんが一番伝えたい広島の「今」を伝えきれないと感じた。「今も広島は焼け野原だ」と思っているドイツ人がいまだに多いことも憂えていた。そのため翌年1月からは、劇の後にトークセッションを設け、広島風お好み焼きをふるまったりしながら、自分が聞いた被爆者2世、3世の声や、復興した現在の広島市の様子を話し始めた。

2011年3月の福島原発事故発生後は、福島の現状も語るようになった。12年夏、福島に赴き、知人から紹介された農家や畜産業者に取材。風評被害に苦しみながら先祖代々の土地を守るため懸命にこの地で生きる人たちの姿をドイツに戻って伝えた。

ハノーファーからハンブルクの劇場に移ってからも、ヒロシマサロンは続けた。朗読劇に加え、当事者の生の声を伝えるトークセッションの反響は大きく、ベルリンやポーランドのワルシャワ、東京、広島などでもイベントを開いた。

ドイツ・クーゼルの教会で開かれた、教会員による「少年口伝隊一九四五」の朗読会。原さんは演出と指導を担当した Sachiko Hara

ただ「よそ者の自分がこんな活動をしていいのだろうか」という葛藤はずっと残っていた。既に姉妹都市のハノーファーから離れていたことも理由の1つだった。何度もやめようと思ったという。

その思いが吹っ切れたのは、2017年のノーベル平和賞受賞式で演説したカナダ在住の被爆者、サーロー節子さんのスピーチを聞いたときだった。被爆者が受けた苦しみ、核兵器禁止条約の批准を世界各国の指導者たちに力強く訴える姿に、「ヒロシマのことがあまり話題に挙がっていない今だからこそ、一人でも多くの人が声を上げなければ」と思いを新たにしたという。

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そのスピーチに強く心を動かされ、作ったのが「ヒロシマ・モンスターガール」だった。

初回公演は、ヒロシマサロンが生まれた地、ハノーファー州立劇場だった。

昨年10月、チューリヒでのヒロシマサロンは、原さんのパフォーマンスとトークセッションの2部構成。トークセッションには反核団体ICANスイスのメンバーらが登壇し、核兵器廃絶の現状や福島原発の現状などについて対談した。

ドイツ語圏の地元紙ターゲス・アンツァイガーは原さんのパフォーマンスを写真付きで掲載。「原サチコは非常に激しさを持った女優だ。彼女が自身の舞台にどれだけ真摯に向き合っているか見て取れる」と高く評価した。

「スイスでヒロシマというテーマがどう受け入れられるのか心配だったが、終演後にお客さんたちから良かったという言葉をたくさんかけてもらった。気持ちが伝わったんだと安心した」と手ごたえを語る。

8日にはチューリヒで2回目の「ヒロシマサロン」を控え、15日にはフランス・パリで開かれるICANの国際会合で、初の英語版となるヒロシマ・モンスターガールを上演する予定。原さんは「ドイツ語圏以外にもヒロシマサロンの活動を広げていきたい。ヒロシマサロンを『悲劇を繰り返さないためには今何ができるか』という問いかけの場にしていきたい」と話している。

原サチコ

1964年神奈川県出身。上智大学外国語学部ドイツ語学科卒。大学卒業後の1984年から、寺山修司の流れをくむ小劇団「演劇舎螳螂(とうろう)」で演劇を始める。その後劇団ロマンチカに移籍。

1999年、渡辺和子演出「NARAYAMA」ベルリン公演で渡独。映画監督で舞台演出家でもあるクリストフ・シュリンゲンジーフ氏に自ら売り込み同氏の作品に出演する。その才能を高く評価され、現在まで60作品以上のドイツ語圏の舞台に出演。

2001年、ベルリンに移住。04年、東洋人として初めてオーストリア・ウィーンのブルク劇場の専属俳優となり、数々の作品に出演。

ハノーファー州立劇場、ハンブルク・ドイツ劇場などの専属を経て、2019年8月にチューリヒのシャウシュピールハウスの専属俳優となる。19歳の息子を持つシングルマザー。

8日、チューリヒの劇場で開かれる「ヒロシマサロン」は、「ヒロシマ・モンスターガール」とトークセッションの2部構成。トークセッションには東日本大震災の被災地を支援しているチューリヒ在住のファッションデザイナー、和(かず)・フグラーさんらが登壇する。

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