ナビゲーション

ナビゲーションへ

グローバルメニュー

山岳救助 マッターホルンから世界の屋根へ

スロベニア人登山家トマズ・フマーは2009年11月、ヒマラヤ山脈のランタン・リルン(標高6300m)南壁を登頂中に重傷を負った。宙づりとなった彼は絶望の中で携帯電話を手に取り、助けを呼んだ。たった一つの望みは、ヘリコプターが救助に来てくれることだった。

ネパールのフィッシュテイル・エア社のパイロット、サビン・バスニヤトは同国で最も経験を積んだパイロットの1人だったが、そこまで標高の高いところにヘリを飛ばしたことはなかった。空気が薄いところでは、ヘリは飛べないというのが通説だったのだ。そこで、スイスのエア・ツェルマット社に連絡した。同社のパイロットと救助隊員が世界トップレベルの経験を誇ることを知っていたためだ。トマズ・フマーの救助要請から2日後、スイス人パイロットのロビ・アンデンマッテンが2人の救助隊員を連れてネパールに到着した。同日、彼らはバスニヤトとともにフィッシュテイル・エア社のヘリに乗り込み、フマーが遭難したランタン・リルンへと向かった。

フマーはすでに死亡していた。救助隊が事故発生後すぐに駆けつけることができれば、フマーは命を失わずに済んだかもしれなかったが、手遅れだった。今回の救助作業で明らかになったのは、空気の薄い高地でもヘリを飛ばせるということだった。

事故後、エア・ツェルマットはフィッシュテイル・エアと合同でネパール人パイロットおよび救助隊員の養成に取り組んだ。両社はネパールで2011年春、ヘリ山岳救助基地の運営を開始した。

しかし、いかに多くの訓練や経験を積んだとしても、ヘリでの救助活動が危険なことには変わりない。スイスで訓練を受けてまもなく、サビン・バスニヤトは実際の救助活動中に命を落とした。(写真と文:マヌエル・バウアー)