国民投票 問われる企業年金
3月7日に行われる国民投票では、年金制度の第2の柱である企業年金の受給額低下を是認するか否かが問われる。
平均寿命が延びたこと、また過去2年間の金融危機により企業年金基金の資産運用が困難なことを理由に、政府は給付額の算出法である法定利回りを現在の7 % から2016年には6.4 %に下げる改正法案を提示。これに反対する組合と左派政党がレファレンダムを起こした。
2016年以降の法定利回り
スイスの年金制度は3つの柱から構成される。第1の柱は老齢・遺族年金 ( AHV / AVS ) で、18歳以上のスイスに住むスイス人及び外国人に支払いが義務付けられている。これは最低限の生活を保障するもので、これだけでは生活は成り立たないため、第2の柱である企業年金 ( Pensionkasse / la caisse des pension ) が導入された。第3の柱は個人の任意貯蓄になる。また理論的には、第1と第2の柱の合計は退職時の給与の6割に相当するという目安を政府は掲げているが、利回りを下げても、引き続き6割は確保できる主張している。
1980年代に企業年金の最低給付を定める法律 ( BVG / LPP ) が制定された際、給付額を算出する法定利回りは7.2 % に固定された。ところが、2003年に連邦議会は2015年までに暫定的に、これを6.8 % に下げることに同意。この法案は大きな反対もなく承認された。承認理由の一つは、雇用者側が負担する掛け金が引き上げられたものの、労働者側の負担は増えなかったからだといわれている。
その後、この改正法の期限が切れる2016年以降の法定利回りを6.4 % に、さらに下げる改正法案が圧倒的多数の賛成で連邦議会を通過した。改正案では、例えば退職時に10万フラン ( 約840 万円 ) の貯蓄が企業年金基金にある人の場合、6.8 %の利率だと年間6800フラン ( 約57万円 ) の企業年金が給付されるが、6.4 % だと6400フラン( 約54万円 ) になる。
しかし、今回の改正に対しては、反対する組合 ( UNIA ) と左派政党が署名を集め、レファレンダムを起こした。レファレンダムは、法改正などに反対して5万人分の署名を集め、国民投票に掛けることを指す。
高齢化と金融危機
政府や右派政党が改正法案を支持する理由は、法定利回りを下げない限り第2の柱は維持できなくなるということだ。平均寿命が延び高齢化が進む中、現在と同じ高額の年金を給付し続けることは難しいこと、また過去2年間の金融危機により企業年金基金はかなりの損失を被り、資金運用が困難になっていることを挙げている。
キリスト教民主党 ( CVP/PDC ) 議員テレーズ・マイヤー氏の表現によると「みんなで分けるケーキが大きくならない限り、一人分の分け前を少し削っていくしかない」ということになる。
もし国民が法定利回り引き下げに反対した場合、残る方法は雇用者と労働者の両者が月々の掛け金を上げて行くしかなく ( 両者はほぼ同額負担 ) 、その場合負担が増えるのは、若いカップルの家庭とスイスの経済だとマイヤー氏は訴える。
時期尚早
これに対し左派政党は、企業年金基金はそれほど困難な状況にはないと主張する。また金融危機による資金の損失は一時的なもので、金融危機との関係で企業年金基金を考えるには最低10年間の期間が必要だ。そのため、法定利回りをこの時期に引き下げるのは時期尚早だと言う。
「連邦議会はすでに6.8 % への引き下げを行っておきながら、すぐにまた6.4 %と追い打ちをかけるのはやり過ぎだ」
と社会民主党 ( SP/PS )のステファン・ロッシーニ氏は話す。
また
「年金となると、右派はすぐに最悪のシナリオを考え、長期に年金制度を維持できないと話す。しかし、給付額低下で直接打撃を受けるのは貧困層だ。そもそも統計的にも貧困層の平均寿命はより短いといわれている。そうした場合、大切なのは、食糧を買うなど、基本の生活に困らないだけの額が支給されることが先決だ」
と結論する。
高齢化社会に伴う年金問題については、ほかのヨーロッパ諸国と同様、右派と左派政党の対立は著しい。今回の算定率の引き下げも課題の一つだが、もう一つの大きな議題は、定年退職の年齢を現在の65歳から67歳に引き上げる案だ。パスカル・クシュパン前内務相から数年前に提出された同案に対しても、左派は「右派は先へ先へと話を進め、現在の年金制度を崩そうとしている」と批判している。
里信邦子 ( さとのぶ くにこ) 、swissinfo.ch
1980年代に企業年金の最低給付を定める法律 ( BVG / LPP ) が制定された際、給付額を算出する法定利回りは7.2 % に固定された。
2003年に連邦議会は2015年までに暫定的に、法定利回りを6.8 % に下げることを承認した。
2009年の法定利回りは、男性が7.05 %、女性が7 % だった。
もし国民が今回の改正案を認めれば、2016年からは男女ともに6.4 % になる。
ドイツ、現在65歳だが、2007年に承認された法律によれば2012年から2029年にかけ、暫定的に67歳に引き上げられる。
オーストリア、女性60歳、男性65歳。
フランス、60歳。
イタリア、女性57歳、男性65歳。
スイスは男性65歳、女性64歳。しかし、次回の老齢・遺族年金 ( AHV / AVS ) 改正の際に退職年齢は再び議論される。
JTI基準に準拠
swissinfo.chの記者との意見交換は、こちらからアクセスしてください。
他のトピックを議論したい、あるいは記事の誤記に関しては、japanese@swissinfo.ch までご連絡ください。