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専門家が懸念「EUが、スイス・EU枠組み条約案をスイスと再交渉することはないだろう」

しばしば対立するスイスのウエリ・マウラー連邦大統領(左)と社会民主党のクリスチャン・ルヴラ党首(右)だが、スイス・EU枠組み条約については両者ともEUとの再交渉を口にした KEYSTONE / URS FLUEELER

スイス・EU枠組み条約をめぐって、年明けのスイス政治家の発言が物議を醸している。ジュネーブ大学の研究者でEU問題の専門家であるチェニ・ナジさんは、「欧州連合(EU)は態度を硬化させ、スイス連邦政府と合意した条約案を見直すことはないだろう」と警告する。

制度的枠組み条約はスイス・EU間の長期的関係を決定するものとみなされていたが、早くも葬られる運命なのだろうか?年明けのスイスの政治家の発言からはそううかがわれる。

​​​​​​​チェニ・ナジさんは、ジュネーブ大学とスイス外交に関するシンクタンク「フォラウス(foraus)」の研究者でEU問題の専門家だ unige

年始は、今年のスイス大統領を務めるウエリ・マウラー氏の衝撃的な発言で幕を開けた。「この枠組み条約が(国内で)承認されるよう重要事項を再交渉しなければならなくなれば、それは私の望むところだ」と、チューリヒの地方テレビ局テレチュリで、孤立主義の右派で反EUの国民党に属するマウラー大統領は明らかにした。

連邦内閣は、枠組み条約についてまだ態度を決めておらず、先月EUから提案された「取引」(条約案)について国内の関係機関と協議を進めているところであるだけに、マウラー大統領の発言は物議を醸した。

さらに、社会民主党のクリスチャン・ルヴラ党首もEUとの再交渉を要求した。「目下協議中の制度的枠組み条約は終わりだ。社会民主党の支持無しには、過半数を集めることも、国民投票を乗り切ることもできない」とルヴラ党首は強調した。

ジュネーブ大学外部リンクと外交シンクタンク「フォラウス外部リンク(foraus)」の研究者でEU問題の専門家であるチェニ・ナジさんの目には、現在のスイスには本気で条約を締結しようという政治的意思が欠けているように映っている。

スイスインフォ:枠組み条約についてEUとの再交渉が必要だとしたウエリ・マウラー新大統領の見解は、ちょっとした政治的爆弾発言でした。条約案に関する国内協議がやっと始まったタイミングで、なぜこのような発言をしたのでしょうか?

チェニ・ナジ:マウラー大統領は連邦議会総選挙の年の始めに、国民党の有権者に対して所信表明をしたかったのではないだろうか。しかし、この発言が、12月に連邦政府が決定した国内協議と完全に矛盾するものであることは明らかだ。マウラー大統領の発言は、連邦政府の合議制に反するものであるだけでなく、EUに対するスイスの信用性を傷つけた。

国内の関係機関と協議できるよう条約の締結を延期することで、スイスは善意からEUを説得することに成功し、スイスの証券取引所に対するEU企業株式の取り扱い許可(同等性の認可)を半年延長してもらうことができた。しかし、マウラー大統領の発言以降、EUは条約締結延期を、問題の先送りや更なる時間稼ぎの手段でしかないと見るだろう。

スイスインフォ:しかし、スイスが条約案を拒否する流れを見据えると、マウラー大統領がより良い条約の締結に固執する理由は無いのではないでしょうか?

ナジ:マウラー大統領は、先月公表された条約案をEUが再交渉することはないという事実を認めなければならない。これは、欧州理事会のドナルド・トゥスク議長や欧州委員会のジャン・クロード・ユンケル委員長が、12月20日付のマウラー大統領宛て書簡で特に強調したことだ。書簡で問題となっているのは「最終案」だ。

EUには、スイスに対して英国に対する以上に協調する姿勢を見せる理由はない。英国にEU離脱(ブレグジッド)協定を再交渉する機会は全く無かった。そのうえ、私の知る限り、この手の協定で、一度最終案をまとめた後に、第三国の要求によって再交渉されたという前例は無い。

スイスインフォ:目下協議中の条約案は、スイスの多くの政治家が主張するように、スイスにとってそんなにも害があるものなのでしょうか?

ナジ:枠組み条約はスイス中心主義の色眼鏡でしか判断されていない。EUもかなりの譲歩をしたが、スイスではそのことにほとんど目が向けられていない。例えば、EUには当初、EU域外出身者の自由な移動に関するすべての付随措置を廃止したいとの意向があった。条約案では、廃止ではなく、改正となっている。

スイスインフォ:スイスにとって重要ないくつかの事項について、EUがもう少し譲歩することはできないのでしょうか?

ナジ:これらの譲歩が十分かどうかを決めるのは政党や国内の関係機関だ。しかし、EU企業がスイスで労働者を雇う場合のスイス当局への届出期限を現行の8日前から4日前までに短縮するなど、技術的詳細に関する議論の向こうに、本気で条約を締結しようとするスイス側の政治的意思が無いのは明らかだ。

例えば、付随措置の改正は、団体労働協約(CCT)の拡張によって部分的に補うことができるかもしれない。しかし、中道右派の急進民主党(PLR)もキリスト教民主党(PDC)も、左派や労働組合が受け入れられる妥協案の提示を急いでいるようには見えない。

スイスインフォ:スイスが枠組み条約案を拒否した場合、どうなるでしょうか?

ナジ:5月~7月の間に、スイスは結論を出すだろう。あるいは、10月の連邦議会総選挙のためのキャンペーンの最中になるかもしれない。EUが最初に執ると考えられる報復措置は、スイス証券取引所に対する同等性の認可を延長しないことだ。次に、欧州委員会はEUの研究助成プログラムへのスイスの参加を取りやめるかもしれない。

考えられる他の措置として、貿易における技術的障壁撤廃協定外部リンクの改定を拒否する可能性もある。この協定は、1999年に締結された第1次二国間協定外部リンクに含まれる各種協定の中でも最も重要なものだ。これらの制裁はスイス経済にとって壊滅的ではないとしても、関係部門に無視することのできない悪影響を及ぼすだろう。

しかし、最も想定されるシナリオは、ゼロからやり直すことだ。だが、難しいだろう。今年は欧州委員会が任期を迎え、欧州議会選挙もあるため、これらの機関のメンバーが総入れ替えになる。EUの新しい指導者らが前任者の残した仕事に意欲的であるという保証は無い。

半世紀にわたる煮え切らないスイス・EU関係

地理的に欧州の中央に位置するスイスは、EU加盟を頑なに拒みながらも、EU諸国と政治的・経済的に緊密な関係にある。

スイスは、1972年に欧州経済共同体(EEC、EUの前々身)と自由貿易協定を締結。92年には欧州経済領域(EEA)への参加が国民投票によって否決された。それ以来、スイスは二国間協定路線外部リンクを採っている。今日までに、重点分野に関する約20の協定とその他の分野に関する約100の協定をEUと締結している。

現在、二国間協定路線の先行きは制度的枠組み条約に懸かっている。先月公表された条約案は、重要な二国間協定の解釈・適用や将来のスイス・EU関係を規定することを目指している。

5年にわたる激しい交渉の末、EUはスイスに枠組み条約の締結を強く求めているが、スイス連邦政府は、EUとの間で合意された「取引」(条約案)を国内関係機関との非公式の協議に委ね、成り行きを見守る姿勢だ。

(仏語からの翻訳・江藤真理)

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