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ポーランド国民投票は直接民主制の乱用?政治学者が棄権する理由

Frau auf einem grossen Platz
ビャウィストクのコシチュシュキ広場にて。 Bruno Kaufmann /swissinfo.ch

ポーランドで15日、初めて4件の事案が一度に国民投票にかけられる。だが、スイス直接民主制の研究者エルジビータ・クズレフスカさんは敢えて投票しないと決意している。その理由を聞いた。

ポーランド北東部ビャウィストク、コシチュシュキ広場。普段市場として賑わうここに、一晩にして高さ約4メートルの目覚まし時計が運び込まれた。ディスプレイにはポーランドの選挙・投票締め切りまでの残り時間が秒刻みで表示される。

時計の文字盤にはこうも書かれている。「Nie śpij, bo cię przegłosują」―眠るな、さもなければ誰かがあなたの代わりに決めてしまう、とのメッセージだ。

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「このキャンペーンで、市当局は住民に投票を促そうとしている」。エルジビータ・クズレフスカさん、愛称エラさんはこう説明する。

ベラルーシとカリーニングラードとの国境で

弁護士で大学教授の資格も持つエラさんと落ち合ったのは、巨大な目覚まし時計のすぐ横だった。「ポーランドの民主主義にとって非常に重要な選挙が目前に迫っています」。エラさんはこう言って、あらゆる家に掲げられたポドラシェ県の立候補者のポスターに不安げに目をやった。

巨大な目覚まし時計のモニュメント
巨大な目覚まし時計は、投票を促す目的でビャウィストク市が設置した Bruno Kaufmann /swissinfo.ch

現地語でwojewództwoと表記される行政区画の1つポドラシェ県はポーランド北東部に位置し、ベラルーシ、リトアニア、ロシアの飛び地カリーニングラードと国境を接する。それは国全体に影響を与え、今回国民投票にかけられる4事案も関係している。

10月15日の国民投票で問われる議題は次の4件。

  1. ポーランド国民が戦略的経済分野を失うことにつながるような国有資産の外国企業への売却に賛成しますか?
  2. 年金受給開始年齢の再引き上げ(男女とも67歳)に賛成しますか?
  3. ポーランド共和国とベラルーシ共和国との国境にあるバリケードの撤去に賛成しますか?
  4. 欧州の官僚機構が定めた強制移住メカニズムに従い、中東・アフリカから何千人もの不法移民受け入れに賛成しますか?

エラさんはこのポーランド東端の町でポーランド正教会の両親のもとに生まれた。だがやがて、ローマ・カトリック教会が大勢を占めるこの国においては特殊な地域に住んでいると気づいた。「近所にはタタール人イスラム教徒やユダヤ教のリトアニア人、ベラルーシ正教徒がいた」

地元住民を追放したソビエトとナチス

激動のポーランド史において、民族集団は繰り返し抑圧や拉致・殺害の対象となってきた。ビャウィストクに開館したばかりのシビル記念博物館外部リンクでもそれが分かる。改装前のポレスキー駅は第二次世界大戦中、東はソビエトの強制収容所、西はナチスの強制収容所へと何万人ものユダヤ人を移送する列車の起点となっていた。

シビル記念博物館の外観
ビャウィストクのシビル記念博物館は、強制送還の歴史を後世に語り継ぐために建てられた Creative Commons 4.0 / Jan Szewczyk

エラさんは異なる文化や民族が平和的・民主的に共存するための法的枠組みに関心を持ち、法学部の門を叩いた。

当時交際していた(現在の夫)ダリウシュさんとともに断行した、西側諸国への初のヒッチハイク旅行がエラさんの人生観を変えた。「ポーランド南部の田舎道で出会った若い男性が数週間スイスに行くから一緒に行かないかと私たちに尋ねました」

「マッターホルンや美しい山岳湖だけでなく、国民投票のポスターも見たり、ランツゲマインデ(青空議会)についても聞いたりしたのです」

インスピレーションの源泉・スイス

ヴャウィストクに戻った後も、スイスでの体験がエラさんの脳裏から離れることはなかった。スイスの政治について書かれた書物を読み漁り、スイスの国民の権利に関する修士論文を書き、ついには「ヨーロッパの直接民主主義」研究で博士号を取得した。

現在2児の母と法学部の副学部長を務めるエラさんは、10年前にビャウィストク大学の「直接民主主義センター」の所長に就いた。ポーランド全土に広がるネットワーク「Incjatywa Helwecka外部リンク」(ヘルヴェティア・イニシアチブ)の創設メンバーでもある。

「スイスでの経験を、ポーランドの民主主義の発展に貢献したいと考えています」。これまで30年間で公私にわたり何度もスイスを訪れてきたエラさんはこう話す。

スイスのイニシアチブ(国民発議)とレファレンダム(国民表決)は国際的に模範的な制度だと絶賛する一方、最近視察したばかりのグラールスのランツゲマインデはさほど好印象を抱かなかったという。「直接民主主義において、この形式の集会は何よりもまず民俗的な意味合いが強いと思います」

戦略的な国民投票

1989年の政権交代以来10回目の総選挙が間近に迫るなか、ポーランドでは国民投票の有用性を巡る議論が再び盛り上がっている。

「今回の国民投票が民主主義の強化に資することはありません」。こう語るエラさんは国民投票には参加せず、Sejm(下院)とSenat(上院)の議員選出にのみ票を投じるつもりだ。

エラさんが懐疑的なのは、選挙と国民投票が同日投票になったのには戦略的意味合いがあるとみるためだ。保守派の与党「法と正義(PiS)」は難民や国境のフェンス、定年という政治的に対立する4事案を短期間で国民投票に持ち込むことで、選挙戦を有利に闘おうとした。

国民投票にかけられる文言もPiS支持層向けに調整されたという。例えば「ポーランド国民が戦略的経済分野に対する支配を失う」ことにつながる「外国企業への国有資産の売却」に賛成するか、という問いかけになっている。

移民政策に関する案件も、「欧州の官僚機構」が要求する「中東・アフリカからの何千人もの不法移民の受け入れ」に賛成するかどうかという表現が使われている。

国民投票は選挙と同じ日に行われるが、それぞれ別の投票用紙が用意されるため、投票の秘密が守られているのかどうかも疑問だ。投票用紙を出さないと、反政府派とみなされかねない。

ドアの前に立つ男女
ビャウィストク大学直接民主主義センターにて。アンジェイ・ジャッキェヴィチさん(左)とイザベラ・クラスニツカさん(右)、エルジビータ・クズレフスカ教授(中央) Bruno Kaufmann /swissinfo.ch

選挙自体も政権の意のままに操られている。直接民主主義センターのアンジェイ・ジャッキェヴィチさんは、最近発表した研究で、政府与党が選挙前数カ月で「選挙法の170以上の条項」を改正したと突き止めた。いずれも、野党が負け与党が勝ちやすくなるように設計された改正だった。

その一例として、ジャッキェヴィチさんは在外投票所の設置数の制限を挙げた。伝統的に、在外ポーランド人はリベラルな投票行動を示してきた。

ポーランド憲法裁判所は、選挙前6カ月は重要な法改正を行うべきではないとの判断を示している。政府の利己的な選挙法改正は、特に都市部のポーランド人の間で反感を買っている。今月1日、首都ワルシャワで数十万人が反政府デモに参加した。

エラさんのようにポーランドの民主主義を憂う国民がどれだけいるのか。それは、選挙・国民投票が開票される15日に明らかになる。

ポーランドの現行憲法が制定された1997年以来、ポーランド有権者が個別事案への賛否を示したのはこれまでに4回。可決に必要な「投票率50%以上」を達成できたのは、EU加盟の是非が問われた2003年の1件のみ。投票率は59%で、その78%が加盟に賛成した。

2015年にはブロニスワフ・コモロフスキ大統領(当時)が戦術的な理由から3つの政治的案件(政党の資金調達、多数決、税恩赦)を国民投票にかけた。だが投票率は8%を割り、作戦は惨敗を喫した。地方レベルでは住民投票の成功率が高く、毎年約100件が市町村・県レベルで実施されている。

編集:David Eugster、独語からの翻訳:ムートゥ朋子

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