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欧米を優遇?国連人権理事会の対応に不均衡はあるのか

国連人権理事会の会議室
2020年6月、国連人権理事会はジョージ・フロイドさんの死亡事件をきっかけに、制度的人種差別と警察の残虐行為に関する決議を採択した。しかしその際、米国が言及されることはなかった。一方で、発展途上国、特にアフリカ諸国を「名指しで批判する」理事会の決議は数多くある Keystone / Fabrice Coffrini

途上国の中には、国連人権理事会から不当に標的にされていると感じている国もある。本部ジュネーブでは今週から通常会期が開催されているが、理事会の人権活動には本当に偏りがあるのだろうか?

国連人権理事会(HRC)とその前身である国連人権委員会がこれまで扱ってきた決議は、アフリカを中心とした発展途上国が主な対象で、富裕国や影響力の強い国が「名指しで批判される」ことはなかった。例えばイラクやアフガニスタンにおける虐待に関して米国や英国が糾弾されたり、警察の残虐行為や人種差別について米国が非難されたりしたことは1度もない。ただしイスラエルを巡る問題は例外で、イスラム協力機構(OIC)が定期的に取り上げている。

新しく人権理事会の議長に就任したアルゼンチンのフェデリコ・ヴィレガス氏が問題視しているのは理事会の「政治化」だ。同氏は独立系シンクタンク「ユニバーサル・ライツ・グループ」のウェブサイト外部リンクで「加盟国は皆、この傾向が強まっていることを認識している。それが二極化につながり、機関の効力が低下し活動を麻痺させるかもしれない」との懸念を示した。

またswissinfo.chに対し、「議論は意見が大きく二分することもある。私の主な課題は、対話と共通理解の場としてのプラットフォームを立て直すことだ」と語った。

米中の対立

これは正に「言うは易く行うは難し」だ。人権理事会では長年、米中対立が慢性化している。ロシアのウクライナ侵攻に関しても、双方の意見が二分する可能性がある。

ユニバーサル・ライツ・グループのディレクター、マーク・ライモン氏は、ドナルド・トランプ前政権下で理事会を脱退した米国が正式メンバーとして復帰したことで、米国と西側同盟国、対して中国を取り巻く「同志途上国」の2ブロックで更なる分極化が生じる可能性があると考える。

「今、理事会がここまで政治色を帯びている理由の1つに、米国がメンバー復帰の主な理由として中国の追及を挙げたことがある。中国はこれに反発している。この対立が中堅国や小国にとって重要な問題など、理事会のその他の任務全てに悪影響を及ぼしている」と同氏は説明する。

名指しで批判

同氏によると、中国はとりわけ「植民地主義の遺産が人権に与える悪影響」に関する決議に反発した。これは「西欧諸国やカナダ、米国に対する明らかな攻撃だ」という。だが中国は「名指しで批判する」ことは避けている。少なくとも、香港や、新疆ウイグル自治区のイスラム系少数民族に対する中国の虐待を巡る欧米の批判がその背景にあるのは間違いない。

人権理事会の決議の明らかな不均衡に関し、ヴィレガス氏は、決議の多くはむしろ先進国の問題を扱っていると回答。「昨年行われた決議175件のうち、多くは先進国の人権に関連したものだった。人種差別、植民地支配の遺産、有害廃棄物、差別、移民の扱いなどを取り上げたが、これらの問題の多くは先進国の方が悪化している」

確かに名指しの批判こそなかったが、2020年6月に行われた制度的人種差別と警察の残虐行為に関する決議は、米警察によるジョージ・フロイドさんの死亡事件がきっかけなのは明らかだったという。実際、フロイドさんの弟が人権理事会の緊急討議会でビデオ演説を行っている。

ジュネーブ人権プラットフォーム(GHRP)外部リンクのディレクター、フェリックス・キルヒマイヤー氏は、「欧米とそれ以外の諸国」というより「強国と弱国」の対立だと見る。人権理事会が政治的な機関であることを認め、「そのため国家間の友好関係や、誰が誰を批判するかが重要になってくる。それを隠れ蓑にして、批判からうまく逃れている国は多い」と述べた。

独立した個人や専門家の任命も

確かに、人権理事会は極めて政治的な機関だ。現在は国連総会の絶対多数で選ばれた加盟国47国で構成されるが、通例、その選出にあたり他の加盟国が盛んにロビー活動を行う。もっとも、人権理事会は独立した専門家を特別報告者や調査委員に任命することもある。

特別報告者は、欧米諸国に限らず、他の諸国も追及する。例えばスイスは最近、常習少年犯罪者カルロス(仮名)を長期にわたり刑務所に閉じ込めたとして批判された。また、昨年の環境保護を訴える座り込み外部リンクへの対応も非難の対象となった。

特別報告者は、米国や英国における子供の貧困や、フランスやスイスにおける宗教的な表現活動の自由、そしてイスラム教徒の状況についても懸念を表明している。ライモン氏が指摘するように、独立した専門家である特別報告者は、人権理事会の政治には左右されない。ただし特別報告者や調査委員会、事実調査団が提供する情報をもとに、対処の必要性やその方法を決定するのは理事会だ。

また、人権理事会の活動には他のメカニズムも反映されている。例えば全ての国連加盟国が通常4年ごとに受ける審査、「普遍的・定期的レビュー(UPR外部リンク外部リンク」がある。このレビューは他の加盟国のグループが実施し、人権団体や市民社会の他にも、政府との協議が含まれる。審査後は改善に向けた勧告が出されるのが一般的だ。

他にも、加盟国が署名した国際人権条約を遵守しているかをモニターする委員会「条約機関」外部リンクがある。その条約機関の1つである国連人種差別撤廃委員会(CERD)は最近、スイスで人種差別が広がりつつあることに深刻な懸念を表明した。

ジュネーブのスイス国連大使ユルク・ラウバー氏は、「これは何も特異なことではない」と言う。「特別報告者や専門家グループは加盟国を訪問し、現状を確認し、フィードバックを行い、批判や提案を行う。スイスは他の被審査国と同様に、これらの勧告に目を通す。私たちはその内容に同意しないこともあれば、改善の余地を認め対処することもできる」

「私たちは皆、平等な立場にある」

人権理事会のヴィレガス氏は、発展途上国に対して理事会の活動が意図的に偏っているとは思わないと言う。そして全ての加盟国に問題を提起する権利があると強調した。「これが国連安全保障理事会とは大きく異なる点だ。人権理事会には、安保理の常任理事国(米、英、仏、露、中)に与えられているような拒否権はない。私たちは皆、平等な立場にある」

ラウバー氏は、「各国がそれぞれ優先事項を提起できることが理事会にとって重要であり、強みの1つだと思う。加盟国はそれに基づいて議論を行い、世界中の人権を改善する共通の解決策を見出せる」と述べた。

「もちろん、政治が絡むため意見が対立することもある。だが結論を出すためには、合意が必要だ。それは総じてうまく機能していると言える。あるグループが別のグループを罰しているわけではない」(ラウバー氏)

(英語からの翻訳・シュミット一恵)

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