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教会裁判所、性的虐待問題に役立つ?

教会
カトリック教会の性的虐待問題でスイスが揺れている Keystone / Gerald Herbert

性的虐待問題に揺れるスイスのカトリック司教会議が、過去の虐待事件を扱う国レベルの教会刑事・懲罰裁判所を設立する方針を発表した。司法当局が立件を見送った事件を独自に裁けるようになるが、果たして効果はあるのか。

フリブール大学のアストリッド・カプテイン教授(教会法)は、スイス司教会議の提案は比較的新しいアイデアだと言う。同氏によれば、オランダにも国レベルの教会裁判所が存在するが、それに関する情報は少ない。フランスにも昨年12月、教会裁判所ができた。フランスの教会裁判所の整備に携わったカプテイン氏は、スイス司教会議はフランスの制度からヒントを得たのではないかとみる。

司教会議の提案は、チューリヒ大学の研究者が9月12日に公表したカトリック教会の性的虐待に関する独立第三者の報告書を受けたものだ。司教会議の委託を受け行われた同調査では、20世紀半ば以来、聖職者、教会職員、教団員による性的虐待が少なくとも1002件あることが分かった。虐待の内容も「問題ある境界侵犯から数年に及ぶ深刻かつ組織的なもの」まで幅広い。

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研究者たちは、教会が虐待を組織的に隠蔽(いんぺい)してきた証拠も発見した。「調査で判明した事件で、教会刑法が適用されたことはほぼない。それどころか、多くの事件が秘密・隠蔽されるか、矮小化されていた」。このため1千件という数字も氷山の一角に過ぎないという。

懲罰法廷

司教会議が想定しているのは刑事・懲罰法廷だ。カプテイン氏によると、教会は伝統的に教区ごとに裁判所を有するが、扱うのは主に婚姻の有効性が争われるなどの民事事件だ。刑事事件が教会裁判所にかけられることが近年増えてきてはいるものの、教区レベルではそれらに対処する専門知識が足りない。

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「国レベルの刑事教会裁判所ができれば専門性の向上にもつながり、こうした事案を扱える専門家集団ができる」とカプテイン氏は言う。「また、事件を地域内にとどめないことで、事件の公平な取り扱いが促進されると考える。教区法廷の担当者は通常、司祭だ。加害者が同僚の司祭である刑事事件を裁くこともあるかもしれない。そうなれば中立性の担保が危ぶまれる」

スイス司教会議は、新しい仕組みができたとしてもこれまでと同様、国の司法が教会司法に優先すると強調した。何世紀もの間、聖職者はカトリック教会内でしか裁かれなかったが、最近では教会外の司法手続きを尊重する向きが強まっているとカプテイン氏は説明する。「現在ではカトリック教会は、一般の司法・司法手続きを優先させる必要があれば、それを尊重すべきだと言っている」

つまり、司教が性的虐待被害の申し立てを受けた場合、通常はすぐに公の司法当局に問い合わせる。もし、公の司法機関がその申し立てを却下するか、あるいは既に時効だと判断した場合、教会は教会司法に則り対応する、というわけだ。

バチカンと協議

スイス司教会議は、国レベルの刑事・懲罰裁判所についてバチカンと協議すると述べた。カプテイン氏はこうした機関の設立には「ローマ法王庁の許可が必要になる」とし「司教会議のトップは今、教会会議のためバチカンにいるようだ」と話す。司法会議のトップはバチカンに3週間滞在し、裁判所の許可を取り付けるべく法王庁との接触を試みるとみられる。

カプテイン氏は「ローマ(法王庁)は、国レベルでなにがしかを組織するのを好まないことが多い」と言うが、フランスの例もあり、今回はバチカン側が同意する可能性が高いとみる。

ただ、教会裁判所は全ての虐待事件を扱うことはできないと言う。未成年者への虐待事件は法王庁へ付託しなければならない。このため、法王庁が事件を差し戻さない限り、スイスの教会裁判所は成人に関する事件に限定される。バチカンには児童虐待事件を扱う内部機関があるが、裁定は非公開で、プロセスの透明性は低い。これが国連の専門家らの批判を招いている。

今回、報告書で明らかになった事件の多くは古く既に時効を迎え、一般司法では立件が不可能だ。時効を撤廃するかどうかは法王庁の管轄になる。

では、スイスで国レベルの刑事・懲罰裁判所を設けることに意味はあるのか。「脱・地域化が図れれば、地元の司祭の関与も減る。それは利点だろう」とカプテイン氏は言う。

「教会裁判所のさまざまな職務に、司祭に限らず信徒を参加させることも考えられる。それは透明性・公平性の向上に寄与するだろう。これらの理由から、非常に良いことだと思う」

英語からの翻訳:宇田薫

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