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W杯で労働組合運動に勝利

W杯開催中にここダーバンでも、私設ガードマンが不満を表明している Keystone

W杯開催によって南アフリカの労働者の権利が向上した。スタジアムの労働者が行ったストライキは、南アの社会運動の活力を反映しているとスイス人の労働組合活動家ヴァスコ・ペドリナ氏は見る。

労働者ばかりか、私設ガードマンもスタジアム周辺でデモを行い、バスの運転手のストでは、約1000人のサポーターがスタジアムに置き去りになったりもした。

 こうした抗議運動はワールドカップ ( W杯 ) の主催者をかなり困惑させているが、労働者の権利が非常に発達している南アではありふれた行動だ。自身も労働組合の活動家だったW杯主催委員会の会長ダニー・ジョルダン氏も
「ストライキは、この国で厳しい戦いを乗り越えて生まれた民主的な権利です」
 と説明する。

 先進国と途上国の労働組合の間に結ばれた有意義な協力によって、スタジアム建設に関わった労働者の労働条件が改善された。「建設・材木労働者国際同盟 ( IBB ) 」の副会長であり、スイスの労働組合「ウニア ( Unia ) 」の書記長を務めるヴァスコ・ペドリナ氏は、南アの労働運動の重要性を評価している。

swissinfo.ch : W杯は労働者の権利を向上させるための好機となったのでしょうか。

ペドリナ : 南アの政府は40億フラン ( 約3268億円 ) 以上をスタジアムや空港の建設と改修に投資しました。またプレトリアとヨハネスブルグを結ぶ高速電車の鉄道も建設されました。従って、これは南アの労働者にとって適正な労働条件を実現させるための絶好の機会でした。

W杯の準備期間中に行ったキャンペーン「フェア・ゲーム、フェア・プレイ」は成功を収めました。建設業界の給与は3年間で30%向上しました。また、労働環境における安全・衛生面でも非常に大きな改善が実現されました。

この成功のカギとなったのは、先進国と途上国の労働組合の間の素晴らしい協力です。南アの労働組合は、支援者をつのる強力な機動力を持っています。わたしたちは、それらの労働組合を財政面で援助し、また国際サッカー連盟 ( FIFA ) との関係を築く手伝いをしました。スタジアム建設に参加した多国籍企業とは国際的な契約が結ばれました。最終的にスタジアムは、南アのような国にとって良い条件のもとで建設されたのです。

swissinfo.ch : しかし、あなたが所属する「スイス労働支援団体 ( OSEO ) 」はFIFAとゼップ・ブラッター氏にイエローカードをつきつけました。これは今おっしゃったことと矛盾しているのではないでしょうか。

ペドリナ : わたしたちがFIFAに渡したのは、レッドカードではなくイエローカードです。実際に果たされなかった約束がありました。さらに、FIFAとの協力はいつもうまくいったわけではなく、サッカーで社会的開発を促進するというFIFAの理想が現実と常に調和していたわけでもありません。FIFAの経済的・政治的な能力をもってすれば、南アの人々の生活水準の向上のためにより大きな貢献ができたはずです。スタジアム建設の前には立ち退きを強制された住民がいました。このような問題はほかにも報告されています。

わたしは個人的に、「コップの中には水が半分しか入っていないというのではなく、半分も入っている」と見ています。前回のW杯と比較すると、向上が実現しました。そしてFIFAが建設工事現場を国際的な労働組合の組織の視察に開放したのはこれが初めてです。2012年にポーランドとウクライナで共催されるヨーロッパリーグに向けた欧州サッカー協会連盟 ( UEFA ) との協力はもっと困難です。

労働組合については、わたしたちの期待以上の成果が出ました。たった3年半の間に、およそ2万5000人の建設業労働者が組合に参加したのです。これは総数の4分の1に相当します。W杯のおかげで、以前は炭坑業界の労働組合の陰に隠れていた建設業界の労働組合の重要性が増大しました。

先進国の労働者支援団体と労働組合は、年間5万フラン ( 約411万3400円 ) を投入して非常に有益な開発支援を実現しました。またわたしたちの経験を移民労働者のための交渉と融合に使うこともできました。

swissinfo.ch : W杯が終わったら、スタジアムやインフラの建設に関わった労働者たちはどうなるのでしょうか。

ペドリナ : これは確かに問題の一つです。残念ながら、スタジアム建設の終了と南ア経済に深刻な影響を及ぼした世界的な経済危機の発生の時期が一致してしまいました。しかし労働組合の支援によって、工事現場で職業訓練を受けられた労働者もいます。彼らはこれからのキャリアで役立つものを身に付けることができました。

南アで適正な生活を営むための給料レベルがいまだに不十分なことは承知しています。しかし、農業や工業などほかの業界と比べて、建設業界の労働者の状況は実質的には改善されました。

swissinfo.ch : 次のW杯は、南アのように貧富の格差が最も大きい国の一つであるブラジルで行われます。 ブラジルでも支援活動を行う予定ですか。

ペドリナ : 今回初となったこの経験は、国際的な団結が有益であることを証明しました。先進国と途上国の労働組合の間の協力はこれからも確実に続きます。ブラジルの組合員から同様の運動を立ち上げる支援を依頼されています。

ブラジルのルーラ大統領は、南北の組合間の国際的な協力に対してオープンな態度を示していますから、ブラジルでのW杯開催は社会開発の牽引車となるでしょう。ブラジルには約500万人の建設労働者がいます。南アのように、W杯の建設現場の労働条件を向上させ、それをほかの業界にも拡大していくことができたら、成功となるでしょう。

FIFAはある程度オープンな態度を示した後、最終的には私たちの考えを無視しました。もしそのイメージを壊したくなければ、FIFAは別の考えを示すべきです。

swissinfo.ch : 南アでの経験はほかのスポーツ大会にも応用できるでしょうか。

ペドリナ : 各国の労働組合がこの運動を採用することが特に必要です。中国では労働組合と政府が強いつながりを持っており、2008年のオリンピックの際に、われわれは工事現場へのアクセスを拒否されました。こういうタイプの国で事を運ぶのは難しいため、静かに活動するほかはありません。

一般的に言って、これまで大規模なスポーツの大会は富裕層に利益をもたらしてきました。南アでは建設業の多国籍企業が2倍も利益を上げましたが、労働者の給料は30%しか上昇しませんでした。次回はわたしたちの活動で労働者が受益者になるようにしたいのです。困難な戦いですが、あきらめたら変化を起こすことはできないでしょう。

サミュエル・ヤベルク 、swissinfo.ch
( 仏語からの翻訳、笠原浩美 )

起動 : 2007年に建設・材木労働者国際同盟 ( IBB ) と関連労働組合が「ナイロビ国際社会フォーラム ( The World Social Forum in Nairobi ) 」で開始したキャンペーン。国際的な労働組合とNGOが同年開始した「適正な生活のための適正な仕事 ( Decent  Work for a Decent Life ) 」と題された世界的なキャンペーンの一環。
目的 : 先進国と途上国の労働組合による今回の協力活動の目的は、W杯の工事現場における労働条件、衛生・安全基準の向上の試行と実施、および南アの建設組合の強化。
結果 : 2007~2009年のスタジアム建設労働者の最低月給は、2200ランド ( 約2万5900円 ) から3000ランド ( 約3万5900円 ) に上昇した。2009年7月の建設業界のストライキの後、この賃金条件は建設業界全体に適用された。しかし労働組合は、基本的な生活ニーズを満たすためには4500ランド ( 約5万2900円 ) が必要と主張している。
FIFA : スイスでは、「スイス労働組合連合 ( SGB/USS ) 」、全業界の労働者のための労働組合「ウニア( Unia ) 」、「 スイス労働者支援団体 ( OSED ) 」の三つの組織がチューリヒに拠点を置くFIFAに働きかけ、南アのW杯開催スタジアムの工事現場への視察を初めて実現させた。また、FIFAは「適正な生活のための適正な仕事」のキャンペーンの目的を順守することに同意した。

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