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スイスの「中立イニシアチブ」って何?

スイスでは2026年に中立に関する国民投票が行われる
スイスでは2026年に中立に関する国民投票が行われる Christian Merz / Keystone

スイスの中立の定義を狭めるよう連邦憲法を改正する「中立イニシアチブ(国民発議)」が、2026年の国民投票で有権者の是非を問われる。これはスイスの外交・安全保障政策にとってどんな影響をもたらすのか。

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中立イニシアチブってそもそもどんな内容?

中立イニシアチブは憲法改正案で、重要なポイントは以下の2点だ。

・連邦憲法に「永世武装中立」を明記する。具体的には、外交について定めた第54条を改正し「スイスの中立は永世・武装である」「スイスが直接軍事攻撃を受けない限り、いかなる軍事同盟、防衛同盟にも参加できない」と規定する

・戦争当時国に対し「非軍事的強制措置(制裁措置)」を課すことを禁じる

このイニシアチブが目指すのは、スイスの防衛同盟への加盟や、他国が講じる制裁措置への合流をほぼ不可能にすることだ。可決には有権者と州の過半数の賛成が必要になる。

現行憲法では、連邦内閣と連邦議会が中立について責任を負うと定める。これを法的基盤として、スイスは何十年にもわたり地政学的状況に応じて中立を柔軟に調整してきた。このイニシアチブは、その柔軟性を制限する内容だ。

中立国がいかなる軍事同盟にも加盟してはならないことは、国際法の下でも明確に規定されている。2023年のスウェーデンやフィンランドのように、北大西洋条約機構(NATO)に加盟した時点で中立国の地位は消失する。スイスでは、そうした軍事同盟への加盟は国民投票にかけることが義務付けられている。イニシアチブが可決されれば、国民投票にかけるまでもなく加盟できなくなる。

安全保障政策の観点でみると、イニシアチブが可決されれば、スイスはNATOとの協力関係を縮小せざるを得なくなる。スイスはNATO非加盟だが、1996 年からNATOが主導する安全保障協力のための枠組み「平和のためのパートナーシップ(PfP)」に参加している。

最も大きな変更点は「非軍事的な強制措置」の禁止だ。スイスは国連が総会で決定した制裁でない限り、戦争当時国に対し独自に制裁を課すことができなくなる。今は主体的に制裁を課すことはできないものの、米国や欧州連合(EU)など主要貿易相手国が決めた制裁に足並みをそろえて禁輸や資産凍結などの手段をとることができる。

フランス革命とナポレオン戦争後の欧州の国際秩序の回復を図るため開かれた1815年のウィーン会議で、欧州は再分割された。ウィーン会議は議長国オーストリア、プロイセン、ロシア、イギリスの4つの戦勝国が主導した(のちにフランスも構成員として参加)
フランス革命とナポレオン戦争後の欧州の国際秩序の回復を図るため開かれた1815年のウィーン会議で、欧州は再分割された。ウィーン会議は議長国オーストリア、プロイセン、ロシア、イギリスの4つの戦勝国が主導した(のちにフランスも構成員として参加) Keystone

今日のスイスの中立とは?

スイスの中立は自らが選択したものであり、国際法上の義務ではない。中立を撤回することも可能だ。スイスは自衛のための軍隊を有する。これは国際的に認められている。中立は軍事面に限定され、外交・経済面では交戦国とも協力できる。

スイスの中立の起源は?

スイスは、オーストリアやアイルランドなどと同様、永世中立国に位置付けられる。

スイスは最も長い歴史を持つ中立国だ。スイスの中立は、1815年のウィーン会議で初めて国際的に認められた。この会議で、周辺諸国はスイスの「永続的な中立」が周辺諸国の相互の利益になるとして合意した。

今日、スイスの中立は、ハーグ条約(スイスは1910年に署名)によって法的に確立されている。この条約は国際法の一部であり、2国間の戦争が発生した場合に中立国が取るべき行動について定める。中立国は、武力紛争に参加してはならず、交戦当事者に一方的に軍事的な優位性を与えてはならないと規定する。ただし、政治的立場の表明や経済制裁は中立国でも可能だ。

「領土の不可侵性」を確保するため、スイスのような中立国は、武器の輸入など、他国との軍事協力が認められている。ただし、中立国は、防衛同盟には加盟できない。軍事同盟は、紛争の際に同盟国を支援しなければならないからだ。NATOには、そのような支援条項がある。

中立の権利は厳格に規定されているが、いわゆる「中立政策」には大きな裁量の余地がある。

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「中立政策」とは?

「中立政策」とは、スイスが中立を確保し、国際的な信頼性を高めるために行う施策を指す。スイスは、状況に応じて中立を柔軟に対応させてきた。例えば冷戦時代、中立の解釈は非常に狭く限定された。1963年の欧州評議会への加盟など、国際機関への加盟には非常に慎重な姿勢をとった。

ソ連の崩壊で、スイスの中立政策は新たな段階に移行した。1993年以降の外交政策は、「協力こそが国際的な安全をもたらす」という原則に基づいて行われた。

現在の戦争や紛争は、スイスの中立に関する議論にどのような影響を与えている?

2022年2月に始まったロシアのウクライナ侵攻は、スイスで中立に関する激しい議論を引き起こした。スイスは、EUがロシアに対して発動した制裁のほとんどについて同じ措置をとった。スイス国内では、侵略国ロシアに対する政治的措置が不十分だとの批判もある。

保守右派・国民党(SVP/UDC)の重鎮クリストフ・ブロッハー氏らは、経済制裁を「戦争手段」と表現。スイスは1930年代のように制裁を禁じる包括的な中立に戻るべきだと主張した。「中立イニシアチブ」はこうした考えから生まれた。

このイニシアチブは、どのような伝統に立脚している?

中立性イニシアチブの公式ウェブサイトには「スイスは、その中立性を少しずつ放棄しつつある」と書かれている。EUの対ロシア制裁への迎合や、NATOへの接近が、それを如実に示しているという。

「中立イニシアチブ」は、スイスの中立・主権を推進する右派系政治団体「プロ・スイス」が中心となって立ち上げた。イニシアチブの発起人委員会メンバーには元国際サッカー連盟(FIFA)会長のゼップ・ブラッター氏も名を連ねる。

プロ・スイスは2022年、AUNS(独立中立スイス行動)などの3つの反EU団体が合併して設立された。AUNSは1980年代、スイスの国連加盟をめぐる国民投票での反対運動を前身として、クリストフ・ブロッハー氏の主導で設立された。1992年にはスイスの欧州経済領域(EEA)加盟への反対運動に合流し、ここも国民投票での否決をもぎ取った。

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担当: Mavris Giannis

スイスの中立の未来は?

スイスの中立は誤解されているのでしょうか?それとも、スイスの中立はもはや時代遅れなのでしょうか?あなたはどう思いますか?ご意見をお待ちしています。

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プロ・スイスもEUに対し明確に否定的な姿勢をとり、スイスと EU間の新たな協定パッケージに反対するロビー活動を行っている。

同団体は中立イニシアチブの議論のなかで、「欧州統合の進展に伴い、スイスは『イデオロギーに左右されず、紛争には中立的に距離を置くべきだ』という国家の根本原則が揺らぎ、疑問視されるようになった」と述べている。

2024年4月11日、「スイスの中立の維持(中立イニシアチブ)」を連邦内閣事務局に提出する支持者たち。イニシアチブは13万人筆超の署名を集めた
2024年4月11日、「スイスの中立の維持(中立イニシアチブ)」を連邦内閣事務局に提出する支持者たち。イニシアチブは13万人筆超の署名を集めた Anthony Anex / Keystone

スイス政府は中立イニシアチブについてどのような立場を取っている?

スイス政府はイニシアチブには反対の立場を取っている。政府声明で「中立がスイスにとって重要だと確信している」とする一方、イニシアチブは「中立の適用において、実績を積んだ柔軟性から逸脱することになる」との見解を示した。具体的には、連邦政府の外政、特に経済制裁分野で裁量が制限される可能性を懸念する。

専門家はどう見る?

米ワシントンにあるシンクタンク、ブルッキングス研究所に所属するドイツ人法律家コンスタンツェ・ステルツェンミュラー氏は、スイス上院の外交政策委員会の公聴会で「厳格な中立性はスイスにとって有益か?」と議員たちに問いかけた。同氏は、これまでスイスは中立国として他国と一定の協力関係を築くことで良い結果を得てきたと分析する。このため、中立イニシアチブがスイスの安全と主権を保証するための適切な手段であるかどうかは疑わしいとみる。

一方、スイスの政治学者でベルン大学名誉教授のヴォルフ・リンダー氏(政治学)は、中立イニシアチブを支持する。スイスの独立系メディア・インフォスパーバー(Infosperber)への寄稿外部リンクで、このイニシアチブは「中立とその基本方針を憲法に盛り込む」ことを目指し、それにより、世界政治における「近視眼的な考え」をある程度排除できると記した。「残念ながら、連邦内閣は過去 3 年間、対外的にスイスの中立性の信頼性をもう一段損なった」

編集:Benjamin von Wyl、独語からの翻訳:宇田薫、校正:ムートゥ朋子

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