スイスでますます強くなる農家
スイスの農家は強力な政治的発言権を持つ。国の補助金がなければやっていけないような農家が多いにもかかわらず、食料安全保障を盾に政界に影響力を及ぼしている。農家の発言力がここまで強くなったのは異例のことだ。
おすすめの記事
「スイスのメディアが報じた日本のニュース」ニュースレター登録
ギー・パルムラン経済相の実家はワイン製造業を営む。2026年の輪番制連邦大統領を務める同氏は、その地位を活用して「国民の間に経済への理解を深めたい」と語る。
農業に関して言えば、あえて理解を求める必要はないかもしれない。スイスの有権者はここ数年、農業関連の規制強化につながる政策案を国民投票で葬り続けてきた。
2021年には農薬削減を求める2つの提案を否決。22年には集約畜産の禁止を求める提案に、2024年には生物多様性の向上にノーを突きつけた。
ヨーロッパの安全保障体制に暗雲が垂れ込めるなか、食料自給が重みを増している。農家にとってはこれも追い風だ。
大きな影響力
今のところ、スイス国民の農業に対する支持は非常に高く、環境政党・緑の党(GPS/Les Verts)でさえも反農薬など農家に不利な政策を打ち出しにくくなっている。農薬使用量と食肉生産量の削減を求める「食料イニシアチブ」についても、緑の党は議会で反対姿勢を示した。国民投票で可決される見込みはほぼゼロだ。
農業は議会でも大きな影響力を持つ。議会内には農業ロビー勢力があり、上下院の246議席中38人の族議員がスイス農家組合の利益を代表する。つまり議会の6分の1が、国内総生産(GDP)の1%にも満たない業界を代表していることになる。スイスでこれだけ効率よく代表を議会に送り込んでいる業界は他にない。
それだけ、スイス農家は安心して政治に参加できるということだ。新たな農業戦略の策定や関税、国際協定など、重要なテーマが山積するなか、実際に参加度は高い。
スイスインフォは、信条が異なる2人の農業族議員に取材した。1人は国民議会(下院)のキリアン・バウマン議員(緑の党)、もう1人は保守派・国民党(SVP/UDC)のマルティン・ハープ下院議員だ。
新たな農業戦略
農業にとって今最も注目の政策課題は「農業政策2030プラス外部リンク」だ。農業全体の方向性を示す政府戦略で、連邦内閣(政府)が月内に議論のたたき台を公表する予定だ。
戦略の最大の目標は既に明らかになっており、「スイスの食料安全保障を保証し、環境に配慮する」ことだ。だが農家にとっては他にも2つ、重要な目標がある。経済的な視点と行政手続きの削減だ。要は「補助拡大・規制緩和」だ。
前回2022年の改革では、農家は大量の書類手続きが必要になり、行政による監視の目が強まった。
ハープ氏は「国は農家を指示待ち人間にしてしまった。彼らは再び起業家になるべきだ」と主張する。「対策をお膳立てするのではなく、目標を掲げる農業政策が求められている」
一方、キリアン・バウマン氏は、現システムにもそれなりに利点はあると見ている。「農家への補助金は、例えば動物福祉や高い環境基準といった実績に紐づけられている」。それによってスイスは品質戦略を追求し、他国よりもいくらか優れた農産物を生産していると話す。
スイス政府は2002年、国内の小規模農家に対する補助金(直接支払い=Direktzahlung/paiements directs)を導入した。生産高に連動しない補助金を支給することで、動物福祉や環境に配慮した生産を促している。そこには、農家が①国民の食料安全保障②生命保全③農村の景観維持④分散した土地利用――といった公共性の高い役割を果たしている、という考えがある。
例えば山の景観を保つため、急傾斜地で放牧・耕作する農家に補助金を支給している。除草剤や殺虫剤を使わない有機農業にも補助金が支払われる。家畜が屋外で運動できる設備や、乳牛・肉牛の生産寿命を延ばす工夫を対象にした補助金もある。
「これにより、これまで数十億フランを農業に投じてきたことを正当化できた」とバウマン氏は続ける。連邦政府は毎年28億フラン(約5580億円)を農家への補助金として支給している。
補助金なしでは生きられない
農業政策の専門家であるバウマン、ハープ両氏は、農家組合がスイス市場での収益拡大を目指していることを歓迎している。特に地産地消の推進にさらなる可能性があるとみる。
両者とも、将来的には起業家精神や市場効率が重要度を増すとはいえ、補助金の削減は選択肢にならないとの考えだ。今ですら、スイスの約4万5000カ所の農場のうち、政府からの補助金がなければ半数以上が廃業せざるを得なくなる。
マルティン・ハープ氏は「補助金は動物福祉や栽培基準、環境保護といったスイスの最低基準を満たしたことへの対価だ」
ハープ氏はスイス経済への農家の貢献度は軽視されてきたと強調する。「私たちは25年間にわたり生物多様性の推進に取り組み、多くの成果を上げてきた」。それがついに限界にきている、という。
自給自足のための農薬
ハープ氏とスイス農家組合にとって、一つ確かなことがある。それは、環境への配慮が生産性を阻害している、という点だ。特に農薬において顕著な問題だ。スイスではミツバチと水路への配慮から、例外的に特別な許可を得たものしか農薬の使用は認められない。だが許可される農薬は不足しており、テンサイとアブラナの生産が滞っている。
自給率を生産カロリー数で測るスイスにおいて、テンサイとアブラナは自給率にとって重要な役割を果たす。皮肉なことに、耕作地当たりの生産カロリー数が最も高いのは、テンサイとアブラナなのだ。
ハープ氏は「これらカロリー集約的な植物の生産は問題を抱えている」と話す。スイスの自給率が15年で60%から40%へと低下したのも、これが原因だと指摘する(人口増加も自給率低下をもたらしている)。
バウマン氏は、スイスで国内需要を超える量の牛乳、豚肉、ワインが生産されていることに着目する。こうした過剰生産は、誤った政治的インセンティブにより生じているという。「(過剰生産は)生産者価格の低下や環境問題、国民への負担増大をもたらしている。さらに集約的な生産を促すのはばかげている」
関税と自由貿易
スイスは、高価な国内生産品を安価な輸入品から保護している。ハープ氏は「スイスの農業にとって、関税制度は補助金よりも重要だ」と強調する。
だが連邦内閣がアメリカと交渉中の関税協定には、鶏肉と牛肉の輸入割り当てが盛り込まれている。また、昨年9月にスイスの加盟する欧州自由貿易連合(EFTA)と南米南部共同市場(メルコスール)との間で結ばれた自由貿易協定(FTA)でも、肉類とワインの無関税枠が設定された。
これらの貿易協定はスイスの農業にどのような影響を与えるのか?ハープ氏は「業界団体のプロヴィアンデを通じて輸入制度を管理できる限り、合意された免税枠はスイス農業の負担になることはない」と話す。
隠れた障壁
ハープ氏らは、これら公式の関税障壁の背後に「第2の関税障壁」が隠れていると指摘する。長年の農業ロビーを通じて、スイス農業は「国内生産が枯渇した場合のみ輸入する」構造になってしまったという。また小売価格が「安い輸入品なのに、スイスの物価水準に合わせて割高」になっている。
その帰結として、将来的にはスイス農家と競合せず市場の需要を満たす外国産だけがスイスに輸入され、しかもスイスと同じ高価格で輸入されることになる。
ただバウマン氏は「免税措置は間接的に国内生産に圧力をかけている」と指摘する。大手小売業者が南米産の高級肉にプロモーション価格を提示し、消費者に非現実的な価格期待を抱かせていると指摘する。「もし欲しい商品を輸入するなら、近隣諸国から輸入すればいい。そうすれば距離も短く、管理も容易になる」
EUとの調和
スイスの農業は種子や品種から認可農薬まで、ヨーロッパの農業と密接に結びついている。現在スイス議会では、オランダやベルギーなど近隣のEU諸国ですでに承認されている農薬をスイスが許可すべきかどうかについて審議している。
下院は同案を可決した。これにより、スイスは非常に複雑な承認手続きを短縮できるとの声が多かった。だが、時代遅れで環境に深刻な悪影響を与える農薬が大量に流入することになるとの反論もあった。同案は今後、全州議会(上院)でも承認を得る必要がある。
ハープ氏は「作物の生産は国境を越える。農薬だけでなく、新しい栽培技術についてもEUに期待すべきだ」と話す。例えば遺伝子ハサミを用いた遺伝子編集は、スイスでは依然としてタブーとされている。
持続可能な農業の提唱者であるバウマン氏も、EUに期待を寄せる。「周辺諸国は農薬使用量の削減で進歩を遂げている。スイスの農業が信頼を失いたくないのであれば、EUの基準に遅れをとるべきではない」
EUとの第3次二国間協定の一環である食料協定も、交渉は保留されている。EUとのすべての新規協定と同様に、ハープ氏は同協定も頑なに反対する。「現時点では、それぞれの基準に根本的な違いはないかもしれない。だが将来的には、EU法の動的な導入により、スイスはもはや発言権を持たなくなるだろう」
バウマン氏は、近隣諸国との協力が不可欠だとの立場だ。スイスの食生活は肉食中心で、他のヨーロッパ諸国からの食料や飼料の輸入に依存しているためだ。「私の目標は、将来もスイスが他国よりも持続可能な生産を行っていると言えるようにすることだ」
編集:Samuel Jaberg、独語からの翻訳:ムートゥ朋子、校正:宇田薫
おすすめの記事
スイス・EU食品協定 「よそ者検査官」の到来間近?
JTI基準に準拠
swissinfo.chの記者との意見交換は、こちらからアクセスしてください。
他のトピックを議論したい、あるいは記事の誤記に関しては、japanese@swissinfo.ch までご連絡ください。