スイスが武器輸出規制を緩和 中立性との関係は?
スイスは武力紛争当事国への自国製兵器の輸出・再輸出を規制してきたが、議会は昨年末、その規制を緩和する法改正案を可決した。欧州諸国が冷戦期以来の速度で再軍備を進める中、輸出に頼る防衛産業を後押しする動きだ。政府高官は、武器輸出と中立性は矛盾しないと強調する。
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ドイツは2022年、ゲパルト対空戦車(自走式対空砲)用のスイス製弾薬1万2400発をウクライナに再輸出することにスイスの承諾を求めたが、スイス政府は2度の要請をいずれも拒否した。
ドイツはロシアの侵攻を受けたウクライナを支援するため、数十年前に購入した弾薬を巡航ミサイルやドローン(無人航空機)の迎撃用に供与しようとしていた。
スイスの対応は、武力紛争当事国への自国製兵器の輸出・再輸出を規制する軍需品法に基づいていた。ドイツ以外にも、スペイン、デンマーク、オランダが同様の要請を拒否されている。
ドイツ政府はこの姿勢を厳しく批判した。ロベルト・ハーベック副首相(当時)は「はっきり言っておく必要がある。スイスがゲパルト用弾薬を与えない理由が私には理解できない」と述べた。
スイスは現在、こうした方針の転換を進めている。議会は2025年12月に軍需品法の改正案を可決。欧州諸国など25カ国への兵器の輸出・再輸出について、紛争当事国である場合を含め自動的に承諾することを決めた。
国内では近年、欧州諸国が輸入兵器の運用に対する制約を嫌い、スイス防衛産業への発注を減らすとの懸念が示されていた。これと並行し、欧州で顕在化する安全保障上の脅威を受け、中立の定義を再考する動きも続いている。
スイスの軍需品法は現在、武力紛争当事国や重大な人権侵害を行っている国へのスイス製兵器の輸出を認めていない。買い手は再輸出をしないという宣誓に署名しなければならず、それでも再輸出を行うにはスイス政府の承諾を得る必要がある。
政府は2024年、例外的な場合に一連の規則を逸脱する権限を得るため、軍需品法改正の手続きに着手した。2025年2月には改正案を提出。議会は12月、政府案を支持するだけでなく、さらに踏み込んだ修正を加えて改正案を可決した。所定の25カ国への武器輸出について、紛争当事国となった場合を含めて自動的に認め、再輸出不実施の宣誓も不要にするという内容だ。その一方、政府にはスイスの国益に応じて輸出を差し止める権限が与えられる。
25カ国の内訳は、欧州19カ国とアルゼンチン、オーストラリア、カナダ、日本、ニュージーランド、米国となっている。
防衛産業を巡る懸念
軍需品法改正に向けた議論の口火を切ったのは、ウクライナへの武器の再輸出に道を開き、ロシアとの戦いを支援したいと願う議員らだ。ただし、スイス防衛産業の先行きを巡る懸念もまた、議論の行方を左右した。
スイスが再輸出の承諾を拒んだ後、オランダはスイス製兵器の購入を停止し、ドイツは軍装備品の大規模発注に向けた入札からスイス企業を締め出した。
スイス防衛産業はこうした動きを受け、自分たちは意図的に避けられていると主張した。一方、欧州諸国はそれを尻目に軍事支出を拡大。ロシアの脅威や米国の北大西洋条約機構(NATO)離脱に対する懸念、グリーンランドの武力併合を示唆するドナルド・トランプ米大統領の最近の発言により、その伸びは「前例がない外部リンク」と言われるほどになっている。
スイスの武器輸出企業が不安を覚えるのも無理はない。欧州はスイス製兵器の最大の市場であり、国外売上高に占める割合は80%を超える。武器輸出の総額を見ると、2023年は前年比27%減の2億5800万フラン(約516億円)となり、2024年も同5%減少した(2023年の減少については、前年のサッカー・ワールドカップ・カタール大会への防空システム供給契約=1億9400万フラン相当=が終了したことも一因だった)。
「欧州の防衛調達を重視」
スイス機械産業の業界団体スイスメム(SWISSMEM)は2025年3月、兵器を輸出できなければ防衛産業は消滅の危険にさらされ、国家安全保障に「重大な影響」が及ぶとする声明を出した。さらに、規制を逃れるため生産拠点を海外に移す企業も出てくると警告した。
さらに、今後の安全保障戦略への勧告を政府から託された独立専門家グループは2024年8月、兵器産業が新たな脅威に対応できるよう、てこ入れが必要だと報告。大半の専門家が、再輸出規制の緩和に前向きな姿勢を示した。
シンクタンク「欧州外交問題評議会(ECFR)」のウルリッケ・フランケ上級政策フェローはこの結論について、ロシアの侵攻と地政学的文脈の変化により「世界や世界における自国の立場へのスイスの見方」が深く揺さぶられた証しだと指摘外部リンクした。
スイスのマルティン・フィスター国防相も、同様の見解を示している。フィスター氏は2025年12月、議会が法改正案を可決する直前にブリュッセルで演説外部リンク。防衛産業の主要経営者らを前に「ロシアのウクライナ軍事侵攻は転換点だ。欧州の永続的な平和という幻想を打ち砕いた」と語った。
さらに同氏は「欧州で戦火が拡大する現実的なリスクがある」と述べ、「スイスは欧州での防衛調達に優先的に対応し、欧州の軍備協力への関与を強める」と表明した。
中立性への認識の変化
フィスター氏は演説で、紛争地に兵器が届く結果になろうとも輸出は中立性と矛盾しないとの見方を示した。
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紛争地域でスイス製武器の使用が明らかに
つまり、スイス政府はウクライナへの再輸出を拒否する立場を脱したということだ。スイスは従来、武器売却に関し、中立国として紛争当事者を同等に扱う原則に縛られると強調していた。京都大学で中立性を研究するパスカル・ロッタ特定准教授は、この立場のままスイス製兵器をウクライナに送ることを認めれば、同量の兵器をロシアに送ることも認めざるを得ないと指摘。これはスイスにとって避けたい事態だったと説明する。
ロッタ氏によれば、武器輸出と中立性は法的に別の問題だが、スイスでは両者が並行して議論される。議会が輸出規制の緩和を審議している間、それが中立性に及ぼす意味については全く見解の一致が見られなかった。たとえば、兵器産業の繁栄は武装中立と自衛能力の維持に役立つと考え、輸出規制の緩和で中立性が高まると確信する人々もいた。
それに対し、規制緩和は中立性を損なうとの主張や、中立の原則に背くとの主張さえあった。ギー・パルムラン経済相はこうした不安を和らげるため、新規則の適用先は一部の国に限られると強調。従来と同様、スイス製兵器の購入申請は政府が個別に審査すると説明した。
ロッタ氏は、今回の法改正を受け、スイスの中立性に対する国外の評価が低下すると予想する。中立国は兵器の製造・販売をやめるべきだと信じる人々を中心に、印象が悪化する見通しだ。ウクライナ侵攻を巡る欧州連合(EU)の対ロシア制裁にスイスが追随した際、スイスはもはや中立国ではないとロシアが主張したが、そうした見解が強まる恐れがある。
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千の横顔を持つ「中立」
「中立性に意味を充填する」
ロシアがウクライナに侵攻して以降、スイス以外の欧州の中立国も自国の立場を見直して外部リンクいる。ロッタ氏は中立性について、「繰り返し意味を充填する必要のある空っぽな言葉だ。今のように大きな変動の時にこそ、私たちが何に参加すべきで、何に参加すべきでないのかが議論される」と指摘する。
たとえば、フィンランドとスウェーデンは伝統的に軍事同盟への不参加を堅持してきたが、NATO加盟を選択した。また、キプロスはロシアからの兵器購入を停止して西側寄りの姿勢を強めており、トルコの拒否権行使が見込まれる中でもNATO加盟を目指している。
他の中立国も、防衛支出を増やす必要に迫られている。オーストリアの防衛費の対国内総生産(GDP)比は2024年に1%未満だったが、政府は2032年までに2%とすることを公約しようとしている。一方、アイルランドには中立性が軍事支出の抑制と結び付く特徴があり、政府の姿勢は慎重外部リンクだ。
スイスに視線を戻そう。軍事支出は2032年までに対GDP比1%に達する見通しとなっている。中立の原則については、国民の支持率は87%と比較的高いものの、ウクライナでの戦争が始まってから低下した。また、中立の解釈を厳格化する憲法改正案が国民投票にかけられる予定もある。可決された場合、スイスは他国の経済制裁に参加できなくなり、NATOとの協力も縮小を強いられるだろう。
スイスは2022年以降、NATOとの関係を強化してきた。また、2026年の安全保障戦略外部リンクでは、自国が攻撃を受けた場合の共同防衛の必要性を明示した。しかし、キプロスと異なり、政界の多数派にNATO加盟を受け入れる用意はない。ロッタ氏は、少なくとも向こう10年間、この状況は変わらないと確信している。
武器輸出規制の緩和を巡っては、軍需品法改正案の可決後も闘いが続いている。反対派は改正を無効にするレファレンダム(国民表決)を実施するため、その前段階に当たる署名活動を開始した。しかし調査によれば、国民の過半数は攻撃を受けた国の自衛に対する武器供給を支持し、中立の原則に矛盾しないと考えている。
貿易相手国は依然として慎重姿勢を示している。ドイツのマルクス・ポッツェル駐スイス大使は1月、今回の法改正をもってしても、ドイツがスイス製兵器を「自由に配置」できるようになることは「保証されない」と言明した。
これと対照的に、法改正のウクライナ情勢への影響は確実に見通せる。新規則は遡及適用されないため、ロシアの侵攻開始から4年近くたってもなお、これまでに欧州諸国が購入したスイス製兵器がウクライナに届くことはない。
編集:Tony Barrett/vm/ts、英語からの翻訳:高取芳彦、校正:宇田薫
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