ロレックスを米大統領にプレゼントするのは贈賄罪に当たる?
関税引き下げの決め手になったとされるロレックス製時計と金塊は、贈賄罪に当たるのか?読者から寄せられた質問に、スイスインフォが徹底解説する。
ドナルド・トランプ米大統領とスイス企業の幹部らがホワイトハウスの大統領執務室で会談したことは、大西洋を跨いだ汚職疑惑を巻き起こした。
スイス連邦政府の正式な代表者ではない企業幹部たちは、ロレックス製置き時計と刻印入りの金の延べ棒というプレゼントを持参しただけではない。
当記事は、スイスインフォ読者からの質問「ドナルド・トランプ氏に時計を贈った人が、スイスの法律で贈賄罪で起訴される可能性があるというのは本当でしょうか?」に答えるものです。スイスの貿易や外交についてのご質問は、こちらのコメント欄にご記入ください。
時計や金塊が贈られたのは、トランプ政権がスイスからの輸入品に課す関税を39%から欧州連合(EU)向けと同じ15%に引き下げることで両国が合意するわずか数日前のことだった。
この一連の出来事に、人々は眉をひそめた。
スイスにとって2位の輸出先であるアメリカとの交渉は、長らく停滞していた。だがトランプ大統領は企業家たちとの会談後、米通商代表部(USTR)に交渉継続を指示。スイスのギー・パルムラン経済相は報道陣に、これを機に「すべてが加速した」と明かした。
スイス緑の党(GPS/Les Verts)の議員2人は、この件がスイス刑法の禁じる贈賄に当たるかどうかについて、連邦検察庁に調査を求めている。
「不当な優位性」
スイス刑法第322条は、外国公務員に対し、その裁量に委ねられた公務活動に関連する行為を遂行させるために「不当な利益」を提供することを禁じている。
チューリヒ応用科学大学で刑法を教えるクロード・ベルシンガー氏は、利益が「不当」とされるのは、①支払い義務がない(例えば税金は義務があるとみなされる)②法律で認められていない③社会的に容認されていない場合――だと解説する。「社会的に容認される」かどうかの解釈は、現地の法律や慣習によって異なるという。
例えばスイスでは、政府職員がチョコレートを受け取ることは「社会的に容認される」が、もっと高価な贈り物は受け入れられず「不当な利益」に当たる、とベルシンガー氏は話す。
スイス政府職員は、200フラン(約3万9000円)を超える贈り物は個人的に受け取ることが許されず、国に納付しなければならない。米政府職員の場合、受け取ってよい外国政府からの贈り物の上限は480ドル(約7万5000円)だ。
報道によれば、ロレックスの時計は最大4万フラン相当。トランプ氏の大統領継承順位「45」「47」が刻まれているとされる金塊は最高10万フランと見積もられている。
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経済犯罪を専門とする弁護士デボラ・ホンディウス氏はフランス語圏のスイス公共放送(RTS)外部リンクで、「不当な利益」かどうかの判断においては利用法と文脈も重要だと指摘した。礼儀や感謝の気持ちとして贈られた物は、「不当な利益」とはみなされないという。
貴金属会社MKSパンプとロレックスは、贈答品の意図について説明を拒否した。ただし金塊を提供したMKSのCEOは、スイスインフォの取材に「贈答品は、会合出席者を代表して大統領図書館に贈呈されたものであり、アメリカとスイスの両国の法律を完全に遵守しており、ホワイトハウスの倫理顧問の承認も得ている」と回答した。
パートナーズ・グループの共同創設者アルフレッド・ガントナー氏はドイツ語圏のスイス公共放送(SRF)のインタビューで、「ドナルド・トランプ氏個人ではなく、アメリカ国民への贈り物、大統領図書館への贈り物だった」と強調した。
しかし、ジョージ・W・ブッシュ元大統領の倫理顧問によると、大統領図書館は民間組織だ。アメリカの公共ラジオNPRのリチャード・ペインター氏は、図書館に贈られるいかなる物もアメリカ国民宛てではないとの見方を示した。
トランプ氏は2期目に入ってから、カタールから4億ドル相当の豪華ジェット機など数々の高額品を受け取っている。ホワイトハウスは、このジェット機を大統領図書館に移管すると発表している。トランプ氏は9月末、カタールに対するいかなる武力攻撃も米国の安全保障に対する脅威と見なす大統領令に署名した。
見返り?
ベルシンガー氏は、贈賄罪に当たるかどうかの判断では「公務員の権限の範囲内での見返り」も考慮されると話す。
パルムラン氏は、スイスにとって企業幹部とトランプ氏の会談は、トランプ氏の目を関税問題に向けさせるチャンスだったとみている。
同氏はドイツ語圏の日刊紙ターゲス・アンツァイガーで「企業関係者から、彼らの中には大統領執務室に直接アクセスできる人がいるかもしれないと聞き、この問題を最優先事項に据える好機だと考えた」と語った。
トランプ大統領は大統領令で関税を課し、これにより発効していたため、「関税は、明らかに大統領の『裁量』に依存していると主張することも可能だ」とベルシンガー氏は指摘する。「関税引き下げの発表は大統領に贈り物があった直後だったため、有効な『見返り』と認定される可能性がある」
パルムラン氏は、企業幹部らがトランプ氏と会談したのは「自らの立場を説明するため」にすぎないと主張した。RTS外部リンクで「交渉を行ったのは依然として連邦内閣(政府)だ」と述べている。
政府報道官はスイスインフォに対し、企業家と米大統領の会談は「私的な活動」であると述べ、それ以上のコメントを控えた。
スイス国外
考慮される最後の要素は、疑わしい贈呈が行われた場所だ。
ベルシンガー氏は「スイス刑法は通常、スイスで重・軽罪が犯された場合にのみ適用される」と述べた。だが本件の場合、贈り物はアメリカで行われた会合で提供された。スイス刑法は、犯罪は犯行を行った場所、または犯行が効果を及ぼした場所で成立すると定めている。
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ベルシンガー氏によると、刑法のこの規定には例外もあるが、類似の事件で例外とみなされたことはない。
「前例がないことを考慮すると、これらの例外が適用されるかどうか断定することはできない」(ベルシンガー氏)
連邦検察庁が捜査に乗り出すのか、そうなればロレックスの時計と金塊が刑法違反に当たるのか。これらの点はまだ分からない。
編集:Tony Barrett/vm/ac、英語からの翻訳:ムートゥ朋子、校正:大野瑠衣子
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