システムに翻弄される住まい 映画祭は問いかける

建設と解体に翻弄される街、個人ではどうにもできないシステムの中で住まいを維持しようとする虚しい努力――今年で26回目を迎えたブラック・ムービー映画祭(ジュネーブ国際インディペンデント映画祭)は、都市生活の苦悩を1つのテーマとして取り上げた。

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戦争や山火事、あるいは異常気象によって壊滅的な被害を受け廃墟と化した街の映像が、以前にも増してメディアに溢れるようになっている。建物自体になんら問題がなくとも、もはや住まいと呼べるものではなくなりつつある場所もある。経済不安、近代化、住宅危機、ジェントリフィケーション(都市の高級化)によって、人々は住居から追い出される。落ち着いてどこかに住みたいという願いは脆くも崩れ去る。
今年のブラック・ムービー映画祭の「都市」部門では、住まいと呼べる場所を維持すること、そして、それにまつわる葛藤をテーマの1つにした。
「都市」部門にピックアップされた作品はどれも、「急速かつ明確に」変化が起きている場としての都市空間に焦点を当て、そこがドラマを必然的に生み出す舞台であることを示している。こうした視点は、都市生活を送る者に共通してのしかかるプレッシャーを探求するという映画界全体の潮流と一致する。たとえば、2024年のバンクーバー国際映画祭(VIFF)では「Once There is a City外部リンク(仮訳:かつて、今、そこに都市がある)」という特集を組み、アフリカのケースに着目した。
ブラック・ムービー映画祭はそもそも、欧米視点の型にはまったアフリカの物語ではなく、実際にそこに暮らす人々の声を広く伝える「アフリカ発外部リンク」の映画を紹介するという考えからスタートした。だが、同映画祭はもはやその枠組にとどまっていない。現在は、アジアやラテンアメリカといった、グローバル・サウス(新興国・途上国)の作品も対象とし、その世界観に注目している。
解体と破壊もまた普遍的なテーマ
人間は洋の東西を問わず、ある種の行為を繰り返してきた。その1つが建物を造るという営みだ。もし、子どもに「家の絵を描いて」と言ったら、その子は四角いものを描き、斜めの線を引いて屋根とするだろう。「ビルを描いて」と言ったら、大抵はごくシンプルな長方形を描く。住居や建物に対するこうした典型的なイメージはわれわれがよく目にするもので、建設という行為もわれわれにとって日常の景色である。だが、今回上映された、賈樟柯(ジャ・ジャンクー)監督の「新世紀ロマンティクス」とマロリー・エロワ・ペイズリー監督の「L’Homme Vertige: Tales of a City(仮訳:めまいの人―ある都市の物語)」はさらに一歩踏み込んで、解体や破壊という行為もまた、人間の日常の一部なのだと――特に政府主導で行われるケースに焦点を当てながら――気づかせてくれる。
▼映画「新世紀ロマンティクス」予告映像
半壊し、骨組みがあらわになった建物、むき出しの床、砕け散った家具や装飾品、ばらばらになった人形——瓦礫の中にある生活の痕跡は、かつてそこで営まれていた暮らしを物語る。こうした映像を目にすると、撮影された場所がどこであれ、喪失とそれがもたらす結果について考えてしまうのが人間というものだ。破壊の背後には何があるのか。それを知るには、社会的・歴史的な文脈を読み解いていく必要がある。長期間にわたり丹念に撮影されたドキュメンタリー映画は、それを明らかにしてくれる。
ジャ・ジャンクー監督は「新世紀ロマンティクス」で、趙濤(チャオ・タオ)演じる巧巧(チャオチャオ)と李竺斌(リー・チュウビン)演じる斌(ビン)のラブストーリーを描くとともに、回顧的なドキュフィクション(フィクションの要素を含むドキュメンタリー)を紡ぎ出した。物語の背景にあるのは変貌する中国。世界最大級の水力発電ダムである三峡ダム建設に伴い、解体される長江の古都・奉節の街がクローズアップされる。

この作品には、同監督による2006年公開の「長江哀歌」の映像も使われ、奉節の人々が立ち退きを余儀なくされる様子が映し出されている。移住の準備をする男性に、ジャーナリストが「今、どのようなお気持ちですか」と問いかける。男性は答える。「三峡ダム建設のためですから。国のためです」
現実とかけ離れたビジョン
急激な近代化の代償は、カリブ海に浮かぶフランス領グアドループの主要都市、ポワンタピートルで7年をかけて撮影された「L’Homme Vertige」でも如実に映し出されている。カメラに映るのは、取り壊しの進む建物にとどまる人々だ。立ち退けば住むところを失い、居座ってもいずれ家を失うという、身動きの取れない不安定な状況にある。街はかろうじて機能を保っているものの、再開発で建物の解体が行われる中、あちこちに不審火も見受けられる。
映画の冒頭、「avenir deconstruction(未来の解体、の意)」というロゴがついたクレーンが不気味に登場するシーンは、ここが植民地支配の過去を今なお背負う場所であることを暗示している。

こうした変化を引き起こしているのは、フランス本国が大西洋の向こうから一方的に押し付けた「地域都市計画プラン」だ。グアドループ出身のマロリー・エロワ・ペイズリー監督は上映会の場で、この都市計画の内容をまとめたPDF資料が市民の間に出回っていたと明かした。資料では、クルーズ船が停泊し、ハイテクビルが立ち並ぶ、ポワンタピートルの未来像が「3Dとかで」説明されていたという。だが、こうしたビジョンは、住人たちの現実とはかけ離れている。
ペイズリー監督は作品の中で、うわべだけの改修例としてポワンタピートルのモルトノル団地外部リンクを挙げている。改修工事の一環として建物の外観は鮮やかに塗装され、ベランダの手すりも真新しいものに取り替えられたが、肝心の建物そのもののメンテナンスは行われていない。
▼「L’Homme Vertige」予告映像
建設、解体、破壊が果てしなく繰り返される中で、ある住人はこの厳しい現実を次のように指摘している。「私たちを人間と呼ぶとして、新築の住宅ですら、その『人間』を住まわせるような水準にはまるで達していない。いつだって問題だらけだ。何ひとつ長持ちしない」
ディストピアか現実か?

砂のビーチと豊かな緑が魅力的なカリブ海の島——それこそグアドループのような——というイメージは、韓国のユン・ウンギョン監督による「The Tenants(仮訳:賃借人)」のオープニングシーンとぴったり一致する。キム・テゴン演じる主人公シンドンは、つらい都市生活から逃げ出し、「スフィア2」と呼ばれる自然豊かな理想郷への移住を夢見ている。
建設と解体のループに捕らわれた「L’Homme Vertige」と「新世紀ロマンティクス」の都市と異なり、この映画の都市は安定している。では、こちらの都市のほうが住みやすいかというと、そうでもない。ワンルームのアパートに暮らすシンドンは、大気汚染、途方もなく高い家賃、長時間労働による疲労で常にストレスを抱えている。ある日、アパートが近々改修工事を行うため、賃貸契約を更新できないとの通知を受けたところから、部屋は生存競争の舞台と化す。なんとか住み続ける策はないかと、彼は薄気味悪い新婚カップルに浴室を間貸しすることを決める。
ポン・ジュノ監督の「パラサイト 半地下の家族」(2019年)を連想させるこの作品は、八方塞がりの状況で強硬手段に出るしかなくなった人物を描いている。だが、彼は不条理のループにはまる。システムの抜け道を利用した自分が、今度は抜け道を利用される側となってしまうのだ。かくして彼は、浴室と天井裏スペースを又貸しし、政府支給の食料を受け取り、とある薬に手を出し、奇妙な現実を生きることになる。
映画・ドラマ情報サイトIMDbの紹介文では「ディストピアもの」に分類されているが、「The Tenants」は不気味にリアルである。オーバーな描き方ではあるものの、この脚本は都市での生存戦略、立ち退き問題、さらには生活空間を共有する際の緊張感――片付けられない皿、騒音、同居人の奇行――などについて、その奥にある真実をえぐり出している。監督は、シリアスな問題や状況をユーモラスに描くことに見事に成功している。
▼「The Tenants」予告映像
ある意味、狂気の沙汰
マロリー・エロワ・ペイズリー監督やユン・ウンギョン監督のような制作者にとって、作品づくりはシステムを検証し、抵抗する行為となる。上映会の後、ペイズリー監督は次のような見解を示した。「私は自分が撮影した人々の状況を他人事だとは思えないのです。この映画は抵抗の1つの形です。島を離れれば、罪悪感を抱えて生きていくことになる。でも、とどまれば、気が変になるか、システムに取り込まれるかのどちらかで、それもある意味、狂気の沙汰です」
ユン・ウンギョン監督は上映後のディスカッションで、クリエイティブな世界で生きていくプレッシャーと闘っていると明かした。「最初の映画を制作した後、成功を常に求められ続けるシステムに足を踏み入れてしまったように感じました。自分を見失い、方向を失い、システムが求める生き方、つまり、私たちを殺す競争原理の中で生きている、と」
3つの作品は不条理なシステムを描いているが、それは現代の都市生活を反映すると同時に、次のような問いも突きつけている。現代の都市は、落ち着いて暮らせる場所を提供するというわれわれの基本的なニーズに応えることができているのか、という問いだ。
編集:Virginie Mangin and Eduardo Simantob/ts、英語からの翻訳:吉田奈保子、校正:大野瑠衣子

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