
原発回帰に傾くスイス 意識されざるリスクとは

2011年以降、スイス政府は脱原発政策を進めてきたが、現在、クリーンエネルギー戦略という名目で諸外国に続いて原発新設禁止の撤回を検討している。しかし研究者らは、物議を醸す原子力発電には原発特有の、正しく理解されていない危険性が伴うと警鐘を鳴らす。

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原子力発電の将来について、スイスで再び議論が行われるようになった。「すべての人にいつでも電気を:ブラックアウト(全域停電)を止めよ」イニシアチブ外部リンク(国民発議)への対案として、スイス連邦政府は昨年末、原発新設の解禁のため原子力エネルギー法を改正すると発表した。スイスは2011年の福島第一原子力発電所の事故を受け、2017年の国民投票で原子力発電の段階的廃止を可決し、エネルギー戦略から原発を排除してきた。しかし今、これまでの方針を180度転換させ、電力の安定供給のためには原発が必要であると明言している外部リンク。電力需要が増すなか、エネルギー安全保障を確実なものにするのと同時に、気候目標の達成に役立てるのが狙いだ。
国際エネルギー機関(IEA)外部リンクによると、原発は世界全体で復活の兆しを見せている。2050年までに世界の原発の発電容量を3倍に増やすことを目標に掲げ、40カ国以上が具体的な原子力導入計画を進めている。日本では22日、関西電力が福井県美浜町で新原発の建設に乗り出す方針を正式に発表した。これらの国々はスイスと同様、温室効果ガス排出削減目標の達成が狙いだ。IEAは報告書で「原子力発電は水力に次いで低排出の、クリーンで安全なエネルギー源だ」と述べている。
クリーンではない原子力発電
生物学者で米コネチカット大学公衆衛生学教授のダグ・ブルーギー氏は、二酸化炭素(CO₂)の排出量だけに目を向けるなら、原子力は石炭や天然ガスよりも確実に汚染の少ない発電方法だと述べる。
「だが、原子力発電をクリーンな発電方法と呼ぶのは断じて間違っている」とブルーギー氏は強調する。昨年、ブルーギー氏は事実に基づき、客観的で理解しやすい形で原子力発電の主要なリスクを説明するため、エンジニアのアーロン・デイツマン氏と共著で「Dirty Secrets of Nuclear Power in an Era of Climate Change(仮題:気候変動の時代における原子力発電の汚い真実)」外部リンクを出版した。
ブルーギー氏の主な研究テーマは大気汚染の健康への影響だが、原子力発電の燃料であるウラン採掘による健康被害に30年以上前から関心を寄せていた。それには個人的な事情が関係している。同氏が育った南西部の先住民ナバホ族の居留地では、1940年代~80年代にウラン採掘が行われていた。後年、多くの鉱山労働者が肺がんや肺線維症で亡くなったが、事前に放射線被ばくの危険性について知らされていた人は皆無だった。
今日に至っても、採掘過程で地表に運ばれた放射性物質の多くは露出したまま、土地や河川を汚染している。ウラン濃縮工程では労働者は依然として被ばくのリスクを負い、採掘地域の土壌や水路は放射能で汚染されている、とブルーギー氏は語る。
「だがこの問題について発言する人はほぼいない。なぜなら、この問題で害が及ぶのは主に人里離れた場所に住む貧困層で、先住民であることも多いからだ。労働者階級のダーティーな問題として扱われる。原子力発電はクリーンだと主張する人は、この問題を無視している」

全行程で被ばくリスク
フランスの原子力技術者ブルーノ・シャレイロン氏も原子力発電の「クリーン」なラベリングを批判する。チェルノブイリ原発事故の後に設立された放射能に関する調査および情報提供の独立委員会(CRIIRAD)で1993年から勤務する同氏は、数十年にわたり、ウラン採掘地域、原発との間で放射性物質を輸送する列車や運搬車、原子炉の冷却に使用される河川などで独立した放射線測定を数多く実施してきた。
CRIIRADはウラン採掘による残留放射性物質が建材に使用された疑いのあるフランス国内の駐車場、行動、登山道、校庭などの放射線量を測定した実績がある。その結果、幾度となく高レベルの放射線が検出された。時には法定基準値を超えることもあったが、いずれも公表はされていなかった。シャレイロン氏は新著「Le nucléaire : une énergie vraiment sans danger ?(仮題:原子力は本当に安全なエネルギーか?)」外部リンクの中で、原子力の危険性をかいつまんで説明するとともに、原子力に関連する技術進歩は幻想だと警告する。
「公的なナラティブ(物語)と現実がかけ離れているというのはよくあることだ」とシャレイロン氏は述べる。同氏は原子力・エネルギー工学を学んでいた際、原子力の技術に関して非常に肯定的な見方を教えられたという。しかしCRIIRADでのフィールドワークで目にした現実はまったく異なるものだった。原子力発電はウラン採掘から濃縮、原子炉の使用などその全工程において労働者や地域住民を長期的な放射線被ばくのリスクにさらしている。「高レベル放射性廃棄物をどうやって何千年間も安全に保管するかという課題は未解決のままで、人々は大規模な原子炉事故のリスクを過小評価している」
気候変動で増すリスク
シャレイロン氏は、気候変動は原子力発電に反対するための論拠であって、支持するための論拠ではないという見解だ。
「既存の原子力発電所は気候変動がもたらす異常気象に耐えられるようには設計されていない」と同氏は警告する。福島第一原子力発電所で起きたようなメルトダウン(炉心溶融)を回避するため、原子炉には一定の電力と冷却水の供給が必要であり、使用済燃料は何年にもわたる冷却を必要とする。
今後、水温の上昇、河川水位の低下、洪水、森林火災、嵐などが原子炉の安全性を脅かす可能性がある。「気候変動に伴い原発事故のリスクは増す」(シャレイロン氏)
米国を拠点とする戦略的リスク評議会(CSR)の安全保障専門家アンドレア・レッツォーニコ氏は7年前から、交錯する気候変動、核開発、世界の安全保障の状況を研究してきた。
「当時でさえ、多くの国が原子力発電をパリ協定の気候目標を達成する手段だと見なしていた。我々は気候変動が原子力インフラにどのような影響を与えうるかを把握したかった」
レッツォーニコ氏の考えによると、長期的視点では原子力発電は気候保護に貢献しうるが、短期的視点ではより迅速な解決策が必要だという。原発事故を防ぐためには既存の原子炉、新設する原子炉のどちらにおいても気候変動シナリオと異常気象を加味しなければならないと警告する。
「多くの原子炉は、今日のような気候変動が予測されていない時代に建設された」とレッツォーニコ氏は説明する。同氏の分析によると、沿岸部に建てられた原子炉は海面上昇や高潮の危険にさらされている。スイスや欧州諸国にとって最大の課題は干ばつ、河川水位の低下、水温の上昇だという。。「冷却水の供給力が重要な要素となるだろう。将来、水を原子炉の冷却に使うのか、それとも農業に使うのかという選択を迫られる局面があるかもしれない。しかも、水温は現在よりはるかに高くなっているため、使用前に冷却せねばならず、排水が生態系に戻される際の対処も課題となる」
カギを握るのは人的要因
スイスの原子力発電の将来を議論する際、CO₂排出量とテクノロジーだけに焦点を当てるべきではない――英国アバディーン大学のローナ・フィリン名誉教授(応用心理学)は言う。「原子力発電所の安全なオペレーションにはヒューマンファクターもきわめて重要だ」
フィリン氏は、原子力、航空、石油などのハイリスク産業における安全文化、リーダーシップ、人間の行動の相互作用について長年研究を続けてきた。原子力産業のリーダーや規制当局を対象とした安全文化に関する欧州版研修プログラムの開発に携わった人物でもある。
フィリン氏は、原子力を段階的に廃止している国も、人材問題を軽視してはならないとくぎを刺す。既存の原子力発電所の運転、廃炉、放射性廃棄物の管理には今後何十年にもわたり熟練の専門家が必要であり続ける。人工知能(AI)やロボット工学などの新技術は新たな可能性だけでなくリスクももたらす。「どうすれば人間と機械が効果的に協働できるのか、機械が機能しなかった場合に何が起こるのか、我々は引き続き学ばなくてはならない」
技術的な専門知識だけでなく、コミュニケーション、チームワーク、重圧下での意思決定などノンテクニカルスキル(非技術的能力)や、起こりうるリスクについて従業員が安心して率直に話すことのできる企業文化も重要だ。
「たとえ上司相手でも、従業員が率直に問題や懸念点を打ち明けられる環境が必要だ。そして指導的立場にある管理職は部下の発言に自発的に耳を傾け、相応の行動をとらなくてはならない」。原発新設か段階的廃止の継続か――スイスが今後どちらの道に進むとしても、こうした安全文化は原発の確実なオペレーションのために欠かすことができないとフィリン氏は言う。
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編集:Veronica DeVore、英語からの翻訳:鈴木寿枝、校正・一部追記:ムートゥ朋子

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